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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第七章
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回答

「端的に言えば、彼女を捕らえるか、君が敵に捕まるかの二択かな」

 クリスは伏し目になると、低い声で答えた。隣の塩沢は下らないという顔を浮かべた。

「文香君から、彼女は川崎にある廃工場を拠点にしているということは聞いただろう?」

「ええ、大量の危険物もあるとか……」

「そんなところに『第一級危険人物の中里時雨に会わせろ!』と怒鳴り込む、あるいは、忍者のように忍び込みたいのならともかく、直接こちらから赴くのは非現実的だ」

 クリスは話を続ける。

 そうなると、彼女に会うには、彼女が一人か、あるいは限りなく少人数で行動しているときを狙うしかない。さらに、彼女が他の殺し屋に狙撃される可能性もあるため、すぐに安全な場所に移す必要がある。そのためには、彼女の身柄を確保しなければならない。素直についてきてくれるのならば問題ないが、抵抗されれば厄介なことになる。

「中里の能力を考えると、周囲の人間を危険に巻き込むことになる。僕は反対だ」

 話に霧矢が割って入った。しかし、塩沢の時とは異なり、クリスは話に割り込まれても、嫌そうな表情を浮かべることはなかった。むしろ、ご指摘の通りと素直に認めた。

「……じゃあ、俺が捕まるってのは……」

「捕虜として、彼女に会う機会があるかもしれない。君は契約主だから、利用価値がある存在として、殺される可能性はそこまで高くないんじゃないかな」

「冗談じゃないよ!」

 セイスは椅子から立ち上がった。あまりの大声に、隣にいた西村と美香はぎょっとした表情を浮かべた。セイスの手にはマジックカードまで握られている。憤慨のあまり、無意識のうちにポケットから取り出してしまっていたらしい。

「龍太を奴らの手に渡した後、身の安全はどうなるの!」

 クリスは手で座るように促す。セイスは渋々といった表情でソファーに腰を下ろすと、自分の心を落ち着かせるために、お茶を何度か口に含んだ。

「結局のところ、どちらも非現実的さ。彼女が自発的に来てくれるというのならともかく、こちらから接触を図るなんて、そもそも無茶な話なんだ」

 クリスはそこで言葉を切ると、渋い表情でふんぞり返っている塩沢を一瞥した。そしてしばらく逡巡したのち、クリスは口を開いた。

「…文香君からはもう聞いているだろうが、僕はマリー・ハーシェルの暗殺を計画している。そうすれば、中里時雨の危険人物指定は解除されるからね」

 西村は無言で首を縦に振った。セイスは軽く息を吐いた。その一方で、美香は聞き慣れない人名に首を傾げたが、話に割って入ってこようとはしなかった。クリスは続ける。

「…ただ、マリーは今日明日中に、日本を出るらしい。行先もよくわからないし、国外まで追いかけていく余裕もない。だから、今日明日中に始末できなければ……」

 クリスはそこで言葉を切った。西村の顔から一気に血の気が引いていく。同じくクリスが言いたいであろうことを察した霧矢が、彼の言葉を引き取った。

「危険人物指定が残り、そう遠くないうちに、中里は捕縛、あるいは始末されてしまうと」

「……認めたくはないけど、そういうことだよ」

 クリスは自分のお茶に口をつけると、視線を西村に向けた。西村は絶望的な表情を浮かべていたが、それでも気を強く持とうとしていた。思考が絶望感で黒く塗りつぶされようとしていたが、それでも必死で抗い、次の質問を考える。

 西村が考えている中、霧矢が問いを発した。

「今、マリーを殺すつもりで、しかも時間もないと言っていたが、だったら、こんな話をしている余裕なんてあるのか? さっさとマリーを探し出して消せばいい。その後で、無害化した中里と会う計画を練ればいいじゃないか」

「もっともな指摘だが、マリーは基本的に午前中には活動しない。だから今は時間がある」

「……そういう問題かなあ……」

 今一つ納得できずに、霧矢は腕組みをした。霧矢がそれ以上は話さないのを見て、今度はセイスが口を開く。

「仮にマリーを消すことに成功したとして、中里時雨はどうなるの? 確かにマリーが死亡すれば契約は消滅して、彼女は契約主から普通の人間に戻る。でも、彼女は浦沼高校を生徒ごと焼き払った。契約異能が使えなくなって危険人物指定が消えたとしても、その事実は変わらない。その後、彼女の責任はどうなる?」

 セイスの問いに、全員が静まり返った。クリスは困り顔を浮かべ、そのまま沈黙していた。彼が隣の塩沢に目くばせすると、塩沢はぶっきらぼうな口調で答えた。

「何だ」

「君の方がその辺のことはよく知っているんじゃないかと思ってね」

「俺から発言権を奪っておきながら、都合の良い時だけ発言を求めるのか。お前は」

「まあ、そう怒るな。僕からの質問じゃなくて、龍太君からの質問だと思って」

 塩沢はため息をついた。しかし、大人気なく回答を拒否したりはしなかった。

「危険人物指定が解除されれば、賞金稼ぎに狙われることはなくなる。その点、今よりは身の安全は確保されるだろう。ただ、あれだけの規模の事件を起こし、多くの犠牲者を出したのだから、身の安全が完全に保障されることはありえない。残念ながら」

 浦高火災事件の犯人が中里時雨だということは、表社会ではほとんど知られてないが、裏社会では周知の事実となっている。被害者、あるいはその関係者の誰かが裏社会の情報に触れる機会があれば、犯人が彼女だということは簡単にわかる。

 それを知った被害者関係者が、復讐として時雨を襲撃する可能性は決して低くない。直接復讐することができなくても、裏社会の殺し屋などに彼女の殺害を依頼することで、間接的に復讐を果たすことは十分に可能だ。

 さらに、裏社会の誰かが、彼女の行動は許されない、あるいは将来的に彼女の存在が邪魔となると判断すれば、躊躇なく抹殺を図って来ることもありうる。事実、相川探偵事務所も、許しがたい行為をしたと判断した裏社会の人物を何度か制裁として殺害している。

「裏社会に身を置くというのはそういうことだ。俺がこれまでに消した人間の数は自分でも覚えていない。その度に、恨みを持つ人間から襲撃されて、それをまた返り討ちにすることで今日まで俺は生きてきた。彼女も俺と同じ有様になってしまったようだがな」

「じゃあ、中里は、もう元の暮らしには戻れない…のか?」

「何を今更。もはや、彼女は立派な戦闘員だぞ。危険人物指定さえされていなければ、きっと、各方面から引く手あまたの期待の新人だっただろうな」

 塩沢は表情を変えずに淡々と答えた。セイスも納得したようにうなずいたが、西村はパニックと絶望が同時に押し寄せて、口をパクパクとせわしなく動かし始めた。となりの関から見て、美香は哀れに思ったのか、西村の肩を叩いた。

「龍太さん、あなたは時雨さんに会うためにはどうするか、今は、その論点だけに注目すべきです。他のことは後回しにしても構わないはずですわ」

 西村は意外な人物から意外な忠告を受けたことで目を丸くした。同時に、その驚きでパニックが沈静化し、頭が落ち着きを取り戻していくのを、自分でもはっきりと感じ取れた。

「そうだ。俺は、中里に会いたい、そう思っていたんだ……」

 西村は深呼吸すると、美香に頭を下げた。そして、クリスの目を凝視した。

「……中里に会う。今は、それだけです。他の良い方法を考え付く限り、お願いします」

 西村の声は落ち着いていた。その一方で、クリスの表情は曇ったままだった。

「他の良い方法と言われてもねえ……素直に会わせてくれと言って、あの廃工場を訪ねたところで、門前払いされるのがオチだろうし、仮に、彼女が君に会ってくれたとしても、君をそこから素直に帰してくれるかどうか……」

 クリスの話の意図がわからず、西村はどういう意味なのかと尋ねた。

「そのまま監禁される可能性もあるということだ。彼女はそんなことは望まないだろうけど、他の教団の連中もそう思うとは限らない。何と言ったって、君は契約主で契約異能は地盤の破壊だから、大規模な破壊活動にはもってこいだ。僕が連中だったら、君を抑留してでも仲間に誘い込むだろうね。幸いなことに中里時雨という精神的な鎖も用意できる」

「だめ。それなら、龍太を止める。無理にでも魚沢に連れて帰る。たとえ命令があっても」

 セイスは即座に拒否の意思を示した。霧矢もセイスに賛成の意思を示した。

「だからね。もうネタ切れだよ。他に名案と言われても、僕にはもう限界さ」

 クリスは塩沢にも意見を求めたが、塩沢も無言で首を横に振るだけだった。しばらくの間、何も意見が出てこない状態が続いたが、突如、その沈黙が破られた。

「私、名案を思いつきましたわ」

 その途端、全員の視線が一気に美香に集中した。

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