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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第六章
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65/86

修正

 三月二十一日 木曜日


「……ねえ、無言なんてあまりにも味気ないわ」

「……そりゃ、すまん。ただ、今はそんな気分じゃないんだ」

 トーストにバターを塗りながら、霧矢は美香に素っ気なく言葉を返した。美香は不機嫌な表情ながらも、上品な手の動きでベーコンエッグを口に運んだ。

「例の西村君というお友達のことで悩んでいるみたいね。それと塩沢さんで」

 霧矢は危うくバターナイフを取り落としそうになった。霧矢は美香をにらみつけたが、彼女は気に留めることもなく得意げな表情を浮かべていた。

「……昨夜、僕が電話していたとき、盗み聞きしていたな!」

「使用人部屋のドアは結構薄いのよ。これからは気を付けるといいわ」

 霧矢はもはや何も言う気になれず、下を向くとトーストを口に押し込んだ。

「あなたのお友達は、今日で帰るんじゃなかったのかしら?」

「……その予定だったらしいがな。西村とセイスは間違いなく残るはずだ。晴代と木村、霜華がどうするつもりなのかは、僕にはわからないが……」

 抗議の意を込めて無視してしまおうかとも思ったが、それでも霧矢は答えた。美香は楽しそうな表情を浮かべて、紅茶に口をつけた。

「…で、あなたはどうするの?」

「どうすると言われてもな……」

 霧矢は返答に窮して、言葉を濁した。美香は楽しそうな表情を浮かべたまま続ける。

「もし、手伝ってほしいと言われたら、あなたはどうするのかしら?」

「……内容による。あまりにも危険なことならば断る」

「例えば?」

「……誰かを殺すとか、直接、敵の拠点に乗り込むとかかな……」

 時雨、またはマリーの暗殺、あるいは、敵アジトの攻略などを念頭に置きながら、霧矢は例示した。少なくとも、昨日の文香の話を聞く限り、自分にできることはないように思われた。それでも、西村はそのどれかを実行しようとする可能性があった。

「……一言で言ってしまえば、塩沢さんがやるようなことね」

「否定はできないな。ただ、今回に限って言えば、暗殺は塩沢じゃなくて、その知り合いのクリスという人がやろうとしているらしいが……」

 とても富豪の邸宅、それも穏やかな朝食の場で話すような話題ではないと思いながらも、霧矢は、もうすでに部分的に盗聴されてしまったであろう内容を口にした。

「そのクリスさんという人と、あなたのお友達の西村君が会おうとしているのでしょう?」

「……今日の午前九時に渋谷で会うらしいな。今朝、奴からメールが来た」

「ねえ……」

 美香は興味津々といった表情で話を振ってきたが、霧矢は彼女が何を言おうとしているのかを余裕で察した。彼女の先を制して、霧矢は告げる。

「おっと、お前が首を突っ込む必要はないし、そもそもそんな権利はない。お嬢様はお嬢様らしく、この豪華なお屋敷の中で安全に過ごすべきだな」

 美香は残念そうな表情を浮かべると、ため息をついた。しばらく二人の間に沈黙が流れたが、やがて、何かを閃いたような表情を浮かべ、美香は口を開いた。

「では、その西村君とお話がしたいので、一緒にお食事でもいかがでしょうか。六本木に非常に美味しいレストランがありますので、予約を入れておきますわ」

「却下だ。それと、急にお嬢様口調になるな。気持ち悪い」

 霧矢はぴしゃりと言い放つと、コーヒーを口に運んだ。美香は懲りることなく、次のアイディアを考えているようだった。

「詳しく説明する気はないが、あいつにはもう時間が残されてないんだよ。のんびりと高級レストランで昼飯を食っている余裕なんてないはずなんだ」

 言い終わった後で、霧矢は胸が少し痛むのを感じた。

 残り時間が少ない中で、手負いであるにもかかわらず、親友は全力で事態を打開しようとしている。それに対して、自分は口先だけの心配をするだけで、こうしてのんびりとコーヒーをすすっていることが、少し情けなく感じられた。

「……もう時間が残されていないって、どういうこと?」

「詳しく説明するつもりはないと言ったはずだ。何度も言うが、裏社会の事情に、箱入りお嬢様が首を突っ込むのはよくないし、そんな必要もない」

「それは、箱入りお嬢様だけじゃなくて、著名な学者の息子だって、同じことでしょう」

 ぶっきらぼうに答えた霧矢に対して、同じくらいぶっきらぼうな口調で美香は返した。

「僕はすでに巻き込まれてしまった身だが、お前は違うだろう。これ以上、無関係な人を巻き込むのはよくない。きっと、あの塩沢だってそう言うだろう」

「普段は嫌っておきながら、都合の良い時だけ、彼のことを持ち出すのね」

 今度は霧矢が黙り込む番だった。言い負かされたような気持ちになり、もやもやとした気分で、霧矢は乱暴にクリーンサラダをフォークで突き刺すと、口に放り込んだ。

「……もう一度聞くわ。もう時間がないというのは、どういう意味なのかしら?」

 霧矢は美香のしつこさにため息をついた。ここではぐらかしても、美香のことだから、霧矢が答えるまで、ずっと質問を続けてくるであろうことは明らかだった。

「……中里、西村の会いたい相手は、裏社会で手配されているんだ。プロの集団が彼女をつけ狙っているから、急ぐ必要がある。そういうことだ」

「へえ……意外とシャレにならない状況なのね」

「そうだ。だから、お嬢様が首を突っ込んで状況を厄介なことにするな」

 霧矢はぴしゃりと言い放つと、コーヒーを口に運んだ。その一方で、美香は興味津々といった表情を浮かべつつ、自分が関与できないことを残念そうに思う顔をしていた。

「そろそろ、僕は自室に戻らせてもらう。少し、一人で考え事をしたいからな」

 美香の返答を聞くことなく、霧矢はコーヒーカップをソーサーに戻すと、そのまま席を立った。美香は恨みがましい顔をしていたが、霧矢はあえて無視した。

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