類似
「霜華でしょ。龍太にいろいろ吹き込んだのは」
「……まあね。でも、遅かれ早かれ、契約主なら知っておくべきことだと思うけど」
ツインルームのベッドの上で霜華はのんびりとくつろぎながら、テレビのリモコンを操作していた。セイスは風呂上がりの濡れた自分の金髪をドライヤーの熱風で乾かしながら、鏡に映る霜華の姿を見つめていた。
「まさか、龍太が私に契約主として命令してくるなんて思わなかった。それも、半端な気持ちじゃなくて、本気の意志で命令してきた」
「それで、そんなことを吹き込んだ私に文句でも言いたいの?」
霜華は悪戯っぽい口調で問いかけた。セイスはドライヤーのスイッチを切ると、ため息をつきながら、霜華の方に顔を向けた。
「…別に文句があるわけじゃないよ。私も限界だと思ったら、有無を言わせず、龍太を連れて逃げるつもりだから。ただ……」
セイスは言葉を濁すと、自分の足に視線を落とした。彼女の表情には、憂いの色が濃く浮かんでいた。
「うらやましいんでしょ? 中里時雨が」
霜華は優しい口調で、セイスが押しとどめたであろう言葉を彼女に代わって発した。
「……そうかもね。いや、きっとそうに違いない」
セイスは自分の足を見つめながら、霜華の言葉を認めた。
「…姿はあの晩にちょっとだけ見たけど、話をしたことはない。私はどんな顔の人だったか、もう覚えていない。龍太があんなに熱をあげる人なのに」
「……私も素顔は見てない。ただ、人物像について大体の想像はつくよ。自分の大切な人やものを傷つけられたら、その危険を排除するために、どんな手段だってとる。そして、その行動の是非は考慮しない。そういう人」
セイスはパジャマの襟を指で撫でながら、足元に落としていた視線を上げた。
「その結果が、浦高の大火災でしょ。そして、結局、教団のテロリストにまで落ちぶれて、挙句の果てに、第一級危険人物に」
一呼吸置くと、セイスは椅子から立ち上がり、両手を広げて天井を見上げた。
「……そんな人でも、付き合えるなんて、私の契約主は何と心が広いのだろう」
セイスの行動があまりにもわざとらしかったので、霜華は思わず吹き出してしまった。
「笑うほどのこと?」
「だって……そんなこと、初めからわかりきったことじゃない。西村君の心が広いことなんて。誰だって知ってるよ」
セイスは苦笑いを浮かべると、ベッドに体を投げ出した。
「……そーだね。龍太の心の広さはユーラシア大陸並だよ。そして、その広い心が私だけのものだったらよかったのに……なんてね」
大の字になって天井を眺めながら、セイスは疲れたような口調でつぶやいた。
「……あの時、マリーの言っていたことが、少しわかったような気がするな」
セイスはそれ以上、独り言をつぶやくことはなかった。霜華はテレビの電源を消すと、セイスと同じくベッドの上で大の字になりながら、天井を眺めた。
「自分の一番近いところにいた人が、他の誰かに取られそうになると、イライラするよね。イライラする権利なんてないってわかっているのに、どうしようもない」
セイスは起き上がると、髪を指で弄りながら、大の字になっている霜華を見た。
「…そうだったね。霜華は、霧矢を取り戻しにわざわざ来たんだよね」
「取り戻すんじゃない。そもそも、取られてなんていないから。釘を刺しに来ただけ」
「……強がり言っちゃって。このお菓子の送り主は、もうどれくらい霧矢のことを攻略しちゃったのやら」
セイスは菓子箱から取り出したクッキーを空中高く放り投げ、器用に口でキャッチした。咀嚼して飲み込むと、やや自嘲的な表情を浮かべて口を開いた。
「…ぐずぐずしていると、私と龍太みたいな関係になっちゃうよ」
あまりにも予想外の台詞だったことと、彼女の口調がいつものそれとはかけ離れていたため、霜華はベッドから跳ね起きてしまった。
「……どういう意味で言ってるの、それ」
「自分の契約魔族としてしか見てくれないってことだよ。契約してない霜華の場合、それですらないけれど。少なくとも、護とユリアみたいな関係には絶対になれないってこと」
セイスはヌガーを口の中に放り込んだ。霜華は何も言えず、ただ沈黙していた。
「……何だかんだで、私たちは似てる。類似した状態にある」
「……それで?」
「…私に協力してくれたら、霧矢との関係で一定の協力を惜しまないよ」
いきなり助力を要求してきたセイスに、霜華は面食らった。それと同時に、今までの会話は全てこの話題の導入のためであったことを察した。
「あのさ、私に何を頼みたいのか知らないけど、もう少し上手な会話の運び方というものがあるでしょ。唐突過ぎるよ」
霜華が苦言を呈すると、セイスは困ったように苦笑いを浮かべた。
「やっぱりわかっちゃう? どうも私は交渉が苦手だからね……」
霜華が黙っていると、セイスは首を何度か振ると、霜華の目を直視した。
「話は簡単。龍太の護衛を手伝ってほしい。それだけ」
「ハイリスク、ローリターンにも程があるよ。爆発物、危険物が山盛りの場所に、発火を操る契約主と火の魔族がいるんでしょ?」
「だからこそ、冷却が専門の霜華に頼んでるんだよ。爆発物や危険物は冷やしておけば、安全とまではいかなくとも、少しくらいはマシになるから」
セイスの口調は真剣だった。しかし、霜華は気乗りしなかった。
「私が、契約主のいないハーフの魔族だってこと、知ってるよね。周囲の空間ごと、それこそ、爆発物が反応しないレベルまで冷却するなんてできると思ってるの?」
実際のところ、まったくできないわけではないが、廃工場のような広い場所となると難しい。大気中の水分を集めて氷を生成したり、手で触れたものを冷却するのとは違って、空間ごと周囲を冷やす場合、膨大な魔力を必要とする。今の霜華では、到底足りない。
「……だから『霧矢との関係で一定の協力』をするって言ってるんだよ」
霜華は話の流れがよく見えず、何も言えなかった。セイスはペットボトルのお茶を一口飲むと、話を続けた。
「……そもそも、私にはずっと疑問だった。あれだけ強大な魔力の持ち主と、同居するほどにまで親密な関係になっておきながら、契約しないなんておかしすぎる。確かに、初めは風華の契約主にするつもりだったらしいけど、風華は光里と契約してしまったから、霧矢をキープしておく必要はもはやない。属性も水で一致。性格はやや難ありと言っても、今の霜華を見てる限り、そんなのは微塵も問題じゃない」
「まさか……」
霜華はセイスの言おうとしていることを察した。セイスは続ける。
「おそらく、契約しないのは、何らかの理由で霧矢が契約を躊躇しているから」
「……いや、別にそういうわけでも……」
霜華は口をはさんだが、セイスはお構いなしに続ける。
「だから、私が契約の後押しをする。これで、二人の仲はある程度、進展!」
「……いや、だからね……」
霜華は腕を伸ばすと、セイスの肩を軽く叩いた。セイスは疑いの眼差しで霜華を見た。
「違うの?」
「別に、契約していないのは、する必要がないからであって、彼が嫌がっているとか、そういうわけじゃ……」
「必要は、今、生じた。爆発物の冷却」
「だから、そんな危険なことをしなければならない義務はない! 霧君がそうしろというのならともかく、命令されてもいないのに、そんな危険は冒したくない!」
霜華が強い口調で言い放つと、セイスは意外そうな表情を浮かべた。
「……契約してないのに、霧矢に命令されれば聞くんだ」
「…まあね。契約主でなくても、実際のところ、契約主みたいなものだし」
セイスはやや落胆した表情を浮かべると、ベッドに体を投げ出した。
「……だったら、霧矢を説得するしかないかな……」
天井を眺めながら、セイスはつぶやいた。




