説得
「何か、気の利いた説得文句でも、考えてきた?」
セイスは西村から取り上げた杖を手元で弄びながら、顔を背けたまま問いかけた。
「……セイス。俺の目を見ろ」
セイスは杖を回すのをやめると、ゆっくりと振り返って、西村の目を見た。
「ほら、目を見たよ。それで、龍太はどうするつもりなの?」
セイスの視線は、容赦なく西村の目を突き刺してくる。気圧されまいと西村は気を強く持ちながら、口をゆっくりと開いた。
「……俺は、中里に会いに行く。だから、俺に構うな」
「大量の爆発物が保管されていて、相手は発火を操る契約主。しかも、その相手は裏社会の殺し屋に狙われている。巻き添えを食って死なないという保証はあるの?」
「……ないさ。俺は弱いからな」
「だろうね。だから、私は契約魔族として契約主の身の安全を考えると、とても賛成はできない。特に、今の契約主は病み上がりで、傷がいつ開くかもわからないしね」
セイスは杖で西村の下腹部を指し示した。西村は首をゆっくりと横に振った。
「……でも、俺だって、自由に行動する権利くらいはある。本当にヤバそうだったら、自分の身の安全をきちんと確保する。だから、杖を返してくれ」
セイスはため息をつくと、ポケットに手を突っ込んだ。
「……いい加減にしてくれないと、私は本当に怒るよ。私は、お母さんから龍太の世話を任されてる。仮に運良くその過程での死傷を免れたとしても、龍太がそんな危険なことをするのを許したと知れたら、私の信用はいったいどうなるの?」
セイスは素早い動きでポケットから手を出した。その瞬間、彼女の手にあった種が発芽して蔓となり、目にも留まらない速さで伸びて西村の両手を絡め取った。
「どう、少しでも反応できた? できないでしょ。仮に反応できたとしても、どうやって防ぐことができた? それもできなかったはずだよ」
西村は両手を縛り付ける蔓を引き裂こうとしたが、傷が痛むため、力を込めることもできない。両腕を捻りながら、蔓をねじり切ろうともがいていたが、結局それもできず、両手が縛り付けられたまま、だらりと腕を下ろした。
「降参だ。ほどいてくれ」
疲れた口調で西村が頼むと、セイスは指を鳴らした。そのまま、両手を縛っていた蔓は煙となって消失した。セイスは伏せ目がちになると話を続ける。
「だから、私は認めるわけにはいかないんだよ。西村家は私にとって、居心地の良い場所だし、龍太は契約主としては決して悪くない人間だから。失うのは惜しい」
西村は沈黙していた。セイスは西村に背を向けると、客室のドレッサーの前の椅子に腰を下ろした。鏡に映る自分の顔を見つめながら、セイスはただ座っていた。
西村は深呼吸すると、口調に少し力を込めて、口を開いた。
「……譲歩する。じゃあ、俺に従え。お前が俺を守れ。だから、お前もついて来い」
セイスはピクリと動いた。そして、鏡に映る西村の顔を凝視して動きを止めた。
「私には何のメリットもない。それなのに、そんなことをしなきゃならない理由はない」
セイスはぶっきらぼうに言い放った。西村は鏡に映るセイスの顔をにらみつけた。
「……契約主としての命令だ。俺に従え」
セイスはゆっくりと振り向くと、西村の目を見た。
「……本気で言っているの? 本気で、私に命令するつもりなの?」
セイスの口調は西村が一度も聞いたことのないものだった。決して無感情ではないが、それでいて喜怒哀楽のどれにも属さない声が響いた。
「本当は命令なんてしたくはない。俺とお前は対等な関係だから。俺は、教団の連中みたいにお前を道具でも下僕とか、そんなつまらない存在として見てはいない。俺はきちんとお前のことを一人の独立した存在として認めている。ただ、今回は、それを破ってでも、命令しなければならない。それだけ、俺にとって重要なことだから」
セイスは無言のまま、西村の目を凝視し続けていた。それは話を続けるようにというメッセージだと理解し、西村は深呼吸すると最後の言葉を告げた。
「だから、契約主としての命令だ。俺に従え、セイス・ヒューストン」
セイスは目を閉じた。そして、数秒ほどの後、再び目を開けた。ただ、その様子はいつものセイスとは明らかに違っていた。細めた目で西村の顔を見つめながら、彼女はそのまま、西村の足元にひざまずいた。
「わかりました。私は貴方に従います」
西村は、彼女の予想外の行動に呆気にとられていた。セイスはゆっくりとした動きで立ち上がると、壁に立てかけてあった杖を取り上げ、西村に差し出した。
西村が杖を受け取ると、ようやくセイスの雰囲気がいつものそれに戻った。
「で、具体的に、龍太はこれから何をする気なの?」
「……木村の話していたクリスの事務所に行くつもりだ。そこで、情報を集める」
「…オッケー。で、その次に何をするの?」
「情報にもよるが、居場所がはっきりしたら、準備ができ次第、そこへ乗り込む」
「……もしも、その居場所が文香の話に出てきた廃工場だとすれば、護衛は私だけで何とかなるとは思えないね。下手したら、みんなまとめて吹き飛ぶ」
「……爆発物を見張る人が必要になるってことか?」
「適任は霜華。爆薬だったら冷凍してしまうに限る。でも、霜華の協力は期待しない方がいい。私だったら、一度も会ったことのない人のためにそんな危険は冒さない」
西村はしばらく黙っていた。
仮に、手伝ってくれるにしても、霜華を厄介事に巻き込もうものなら、霧矢が激怒するであろうことは想像に難くない。普段は素っ気なく扱っているが、本音では彼女のことを大切に思っているのは、親友の目から見ても明らかだった。
「…それは、後で考えよう。とにかく、クリスから情報を聞き出すのが最優先だ」
「……で、今から行くんだろうけど、アポくらい取っておいた方がいいんじゃないの?」
セイスの真っ当な指摘に、西村は言葉に詰まった。先程まで悩み抜いていたため、常識的な観点が欠落していた。
「文香に聞いてみたら? 電話番号くらいは聞いたんじゃないの?」
セイスは部屋の戸を開けると、そのまま廊下に出て行った。西村は杖をつきながら、のろのろとした動きで、彼女に続いた。




