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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第六章
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告白

「では、霜華さん。おやすみなさい。その包みを皆さんにお渡ししてください」

「……ええ、わかりました」

 不満ではあったが、霜華はレイの依頼を了承した。高級な菓子の包みの入った手提げ袋を受け取ると、霧矢を乗せた車が走り去るのを見届け、ホテルに入った。

「……第一級危険人物かあ」

 自分も、こちらの世界で大暴れすれば、裏社会から手配されてしまうこともありうる。

 むこうの世界でも手配されたことはあるが、暴力に対して暴力で抵抗しても、何ら問題のない無法地帯での話である。追手は殺せばよく、怪しい相手も殺せばそれで済んだ。殺したところで、さして問題視されることもなく、追手が増派されることもない。手出ししない限りは無害な魔族一人を殺すために、人手が足りない内戦状態の中、返り討ちに遭うリスクを負ってまで、刺客を送り込むほどの余裕もないからだ。

 しかし、こちらの世界ではそうもいかない。抵抗すればするほど、抹殺するためにより効率的な手段を講じてくる。表社会の平和に対する脅威を排除するために、裏社会はあらゆる方法を尽くして対象を狙う。

 そのことが抑止力となって、さらに脅威は縮小傾向となる。あえて、問題を起こそうとすることも少なくなる。裏社会に追われることを考えると、軽々しくは動けない。

(やっぱり、こっちの世界の方が、数段、優れているなあ……)

 万人の万人に対する闘争よりは、はるかにましではある。ただし、姿の見えない敵に命を狙われるのは御免であることは言うまでもない。

(私も、下手なまねだけはしないようにしないと……)

 中里時雨という人物を他山の石とすることで、こちらの世界での暮らし方の参考とすることができた。それだけでも、この旅行は意味のあるものであったと言えるだろう。

「…私はそれでいいけれど……問題は……」

 エレベーターのドアが開くと、霜華は部屋に向かって歩いていく。廊下の曲がり角まで来たところで、聞き覚えのある話し声が聞こえ、足を止めた。

「……なあ、木村。俺は、どうしてこうも運がないんだろうな…」

「…運不運は、人にはどうにもできん。人の力で、どうにかできるのであれば、開運グッズの売れ行きがもう少し良くてもよいはずだ」

「……俺に運がなくても別にいいんだ。中里に……あいつに運があれば……」

「…貴様は、どうなってほしいのだ? 物事がどう動くのが理想なのだ?」

 文香の問いは、西村だけではなく、彼女自身に対しても発しているように聞こえた。

「……あいつには、生きていてほしい……もう、十分なくらい、苦しい日々を送ってきたんだ。そろそろ、幸せに、自分の生きたいように生きていいはずだ……」

「……そのために、私たちに何ができるのか?」

 文香は問いかける。その問いに答えることはなく、沈黙が流れた。

「…では、質問を変えよう」

 文香の声は苦々しかった。彼女自身、この問いを何度も繰り返していたのだから。

「…西村龍太は、何をしたいのか?」

 またしても沈黙が流れた。しかし、今度は文香が質問を変える前に答えた。

「中里に逢いたい。逢って話がしたい」

「……続けろ」

「……たとえ、あいつが何人、人を殺そうと、無数の殺し屋に命を狙われようとも、俺は、あいつが好きなんだ。すべてがあいつを見放しても、俺だけは味方でいたい」

「そのための障害は? 乗り越えるべきものは?」

 一瞬の沈黙が流れた。そして、西村は硬い口調で答える。

「セイスだ。倒すべき相手じゃなくて、説得すべき相手だがな……」

 文香は黙り込んだ。セイスが障害になっているとしても、それは西村本人の身の安全、ひいてはセイス自身の身の安全、そして、彼自身の現在の健康状態を考えれば、当然のことであるのは全員が知っていた。

 彼に覚悟はある。ただ、覚悟だけでどうにかなる問題ではない。だから、セイスは邪魔をする。そして、彼は愚かにも、それを無視しようとする。

「そこまで、逢いたいなら、いい方法があるよ」

 霜華は曲がり角から顔を出すと、二人に近づく。二人は驚いたように、いきなり現れた存在を見つめた。

「霜華……」

「セイスにね、『これは契約主としての命令だ』と言えばいいんだよ。これで聞いてくれないことは稀だよ。大体はこれで何とかなる」

 西村は呆気にとられたような表情で霜華を見上げた。その表情には信じられないというメッセージが如実に表れていた。

「盗み聞きしてごめんね。でも、聞こえちゃった」

「…いや、それは別にいいんだが、本当に、それだけで、セイスが言うことを聞くのか?」

「二人の間に信頼があるのなら。ただ、命令をみだりに使っちゃだめだよ。契約主の命令は安っぽく使うようなものじゃないからね。本当に重要なこと、他の何かを犠牲にしてでもやり遂げなきゃならないこと、そういう時に使うんだよ」

 西村はしばらく霜華の目を凝視しながら瞬きをしていた。そして、霜華が嘘を言っていないとわかると、ゆっくりと深呼吸した。

「……ならば、今がその時だ」

 よろよろと立ち上がると、壁伝いに体を支えながら、西村はセイスの部屋に向かって歩き出した。文香は、そんな彼の姿を複雑な表情で見守っていた。

 西村がセイスの部屋をノックし、彼女の部屋に消えると、文香は霜華を凝視した。

「なぜ、そんなことを? 西村の今の状況を考えると……」

「それは、セイスが考えるべき問題。本当に無理、無茶苦茶だと考えるのならば、契約主の命令であっても、セイスはきっと拒否する」

 文香の表情は若干非難めいたものだった。しかし、霜華は何食わぬ顔で答える。

「……西村君は、決して不幸じゃないと思うよ」

「何をもって、不幸と定義するかは、その人による。結局は主観なのだろうな」

「さすが、よくわかってる」

 霜華はわざとらしく文香にウインクすると、レイから受け取った菓子の包みを強引に押し付けた。その時、文香が霜華に向けた目つきは、晴代に向けるそれとよく似ていた。

「セイスが渋っている理由は、西村君の健康状態の他に、何かあると思うんだ」

「……私にはわからんな。だか、そうだとしても、何らおかしなところはない」

「お菓子だけに?」

 文香は呆気にとられたような表情を浮かべる。霜華はくすくすと笑った。

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