表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第六章
PR
56/86

推論

 霜華を引き連れ、霧矢は夜の池袋を歩いていた。

「…なあ、お前が、中里と遭遇した場所ってどこなんだ?」

「ここからそれなりに近いよ。実際に見たいのなら、案内するけど」

「いや、遠慮しておく。僕は腹が減ったから、まずは夕食だ」

 見たいという気持ちもあったが、霧矢は空腹を理由に霜華の申し出を断った。ゆっくりと歩きながら、何となく目に留まったラーメン店に吸い寄せられると、霧矢はそのまま、のれんをくぐった。

「ここに入るの?」

 霧矢はゆっくりとうなずくと、食券の自動販売機に硬貨を投入し、気の向くまま、詳しく確認せずにボタンを押した。

「担々麺? 霧君って、辛いものがそんなに好きだったっけ?」

「…まあ、気分に任せただけだ。お前も好きなものを頼めばいい」

 お釣りと食券をつかむと、霧矢はカウンター越しに食券の半券を店主に渡した。セルフサービスの水をコップに注ぐと、霧矢は店の奥の方のテーブル席に腰を下ろした。

 コップの水をちびちびと飲みながら、霧矢はテーブルについた傷を凝視していた。注文を終えた霜華は霧矢の対面の位置の椅子に腰を下ろしたが、霧矢は何も反応することなく、テーブルの傷を眺め続けていた。

「霧君、質問」

「……何だ」

「この事件、どうするつもりなの?」

 霧矢は顔を上げた。霜華の顔は、普段と変わらない穏やかな表情をしていた。しかし、霧矢には、彼女の瞳に不安の色が浮かんでいるように感じられた。

「言いたいことはわかる。お前は、一刻も早く僕を浦沼に連れて帰りたいんだろう?」

「…まあ、ね。あんまり長く東京にいると、路銀も尽きちゃうだろうし」

 霜華は伏せ目になると、ゆっくりと首を横に振った。しかし、その理由が本当の理由でないことを霧矢は見抜いていた。

「違うな。下手したら、クリスマス、護の事件のような状況に陥りかねないからだろう」

「…お見通し、か」

「しかし、今回はクリスマスの事件とは、一見、状況が似ているように見えるが、実際のところは、何もかもが異なっている。しかも、こちらは何の準備もできていない」

 雨野護の契約異能は彼自身に対して非常に幸運に作用した。彼は彼の能力を生かし、解決にかなりの貢献をした。むしろ、事件の解決は彼が主役だったと言ってもよい。

 主役となるべき人物が退院してから間もないというのは共通している。しかし、その人間の健康状態は全く違う状況にある。退院したばかりでも、護は契約異能のおかげでほとんど健常者と変わらない状態にあった。しかし、今の西村は、戦闘は言うに及ばず、歩行ですら支障をきたしており、実際、何もできない状態にあると言ってもよい。

「…どうしたものかね……」

 一人ため息をつきながら、霧矢はテーブルに目を落とした。

 西村が動けないのなら、他の人間で補うしかない。しかし、まともに戦力として動けるのは、霧矢と霜華、そしてセイスくらいのはずだ。だが、それ以前の問題として、どうすればこの問題を解決できるのか、その具体的な方策がわからなかった。

 直接、敵の本拠地に突入して時雨の身柄を確保するのが一番シンプルでわかりやすい作戦だが、仮にそれに成功したとしても、大変なのはその後だ。時雨を教団から奪取したところで、裏社会の賞金稼ぎが時雨を狙うのをやめるわけではない。むしろ、教団という裏社会の集団から離れたことで余計に狙われやすくなるだけだろう。

「だからといって、マリーを……」

 そんなことができるほど、霧矢は度胸のある男ではない。時雨を救うためとはいえ、風華との約束を反故にし、殺人者としての道を歩む覚悟などない。

「……セイスか私なら、できないこともないかも」

 先程の言葉は霜華の耳に入っていた。霧矢は顔を上げると、霜華の目を見た。

「本気で言っているのか?」

「私は嫌だよ。こっちの世界にまで来て、そんなことはしたくないって、前にも言ったはずでしょ。絶対に避けて通れないのならばともかく、今はその時じゃない」

「だろうな。それは僕もよく知っているよ。お前には関係の薄いことだしな」

 霜華にとって中里時雨の価値は低い。風華や霧矢とは比べ物にならないほど低い価値の人間のために殺人を犯すことはもちろん、戦いに参加することもないだろう。

「セイスだったら? あいつは殺人を躊躇しない」

 霜華は表情を曇らせた。霧矢は意外な反応を見せた霜華に面食らった。

「セイスはきっと、自分の意志では動かない。動くとしたら、西村君に命令されたとき」

 霧矢は話の筋がよくわからず、首を傾げていた。しかし、霜華は続ける。

「セイスは、西村君の彼女さんにいい感情を持ってない。それに、そんな人のために、自分の身を危険にさらせるほど、利他的な子でもないよ」

 その点は霧矢も理解していた。西村は時雨に振り回された挙句、生死の境目をさまよう羽目になってしまった。西村の死は自らの死とほぼ同義である以上、時雨に直接の責任はないとはいえ、彼女のことを快く思っていないとしても、全く不自然なことではない。

「ただ、西村の命令だったら、セイスはやるって言うのか?」

「……芹島の命令だって聞いたくらい。命令するのが西村君なら推して知るべし」

「いや、それはないだろう。セイスは、もう裏社会の人間じゃない」

 即座に否定した霧矢に、霜華は首を横に振った。

「魔族にとって、契約主の命令は決して軽いものじゃない。たとえ、契約主と意見の合わない魔族でも、最後まで従わないケースはまれ」

「いや、セイスは西村の言うことなんて聞かないイメージがあるが……」

 霧矢は腕組みする。セイスの日頃の行動を見る限り、とてもそうとは思えなかった。

「……それは、西村君が本当の意味での命令をしないから。強い口調で『これは命令だ』と言えば、普通は言うことを聞く。聞かないとしたら、相当の理由がある」

 霜華はきっぱりとした口調で答えた。

「本当の意味での命令か……」

 言われてみると、西村が本当の意味での命令をセイスに下すような場面を、思い浮かべることはできなかった。できればこうしてほしいといった依頼や要請をすることはあっても、強い口調で命じることは、彼の性格からしてあまり考えられない。

「じゃあ西村が、真剣にマリーを始末しろと命じたら、セイスは手を下すのか?」

「可能性としては十分にあると思う。不本意ではあるかもしれないけど」

 霧矢はコップの水を飲むと、煤けた天井板を眺めた。

「契約主って、契約魔族からそんなに大切にされるものなのかねえ……」

「文字に注目。何故、契約の人間側を『契約主』と呼ぶのか。何故、契約魔族に対応する言葉が、契約人間ではないのか。それをよく考えてごらん」

「そりゃ、魔力を供給するのが人間側だからだろう。そして、魔力は魔族にとって生命維持に必要不可欠なものだから。故に、人間は『ご主人様』となるってことか?」

「さすが霧君。推論は得意だね。私が教えてもいないのに、よくわかってらっしゃる」

 霜華はわざとらしく拍手した。霧矢は苦笑いすると、霜華の顔を見た。

「じゃあ、ウインズ・デイビッドは、魔族としては、例外的なパターンなのかな」

 霧矢は、元旦に会った魔族のことを思い出していた。彼は契約主である若林彼岸を自らの従者として引き連れ、女漁りにふけっていた。基本的に彼女の忠告は聞き入れず、自分は彼女の主人として振る舞っていた。

「まあ、そうなるかな。でも、本当に命令すれば、きっと聞き入れるはずだけど」

「僕はずっと、契約主と契約魔族の関係は対等だと思っていたが……」

「それはその人による。対等になることだってあるし、人間が上位になることもある。本当に稀なケースだけど、魔族が上位になることだってあり得るよ」

 霧矢が今までに出会った魔族のほとんどは、契約主と対等な関係を築いていた。セイスや風華、有島などがその好例だった。

 そう考えると、時雨がマリーとどのような関係を築いているのかが気になった。マリーの性格から考えて、時雨を虐待したりこき使ったりはしていないだろうが、良好な関係を築けているかについては、期待しない方がよいのかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ