衝撃
「……じゃあ、昼間、私が戦った相手は……」
「身体的特徴にしても、話し方にしても、契約異能のいずれにしても、話を聞く限りで辻褄の合わないところはない。その契約主は時雨だ」
文香の話を聞き終わり、霜華は昼間の出来事について話していた。
「私、彼女に会ったことはなかったからなあ……そうだったのか……」
「私もないよ。写真すら見たことない。でも、こんなところにいたなんて意外だね」
割と平然と反応していた霜華とセイスに対して、西村と晴代はショックで口も利けない状態だった。終始無言のまま、文香の話を聞いていたが、右から左へ抜けていくといった様子で、まともに理解できていたのかさえ怪しい状態だった。
「連続放火事件の犯人は中里か……まあ、あの塩沢がこんなところにいるからには、何か変なことが起きているのは予想できたが……まさか中里が……ねえ」
霧矢は頭を掻きながら、視線を隣に移した。顔を青くして口をパクパクさせている西村が目に入ってきた。その隣にも、親友と同じ顔をした幼馴染がいた。
「それにしても、第一級危険人物か。裏社会に指名手配されるって……」
「それだけ、危険視されているということだろう。行きつく先は、殺害か拘束だが…」
「殺害はともかく、拘束されたらどうなるんだ?」
「クリス曰く、どこかの施設に一生軟禁されるとのことだ。それに抵抗すれば……」
文香はそこで言葉を切り、首を横に振った。無言のメッセージを察した霧矢は目を閉じると、ゆっくりとため息をついた。
「それはまたおかわいそうに。一時の感情に任せてマリーと契約なんかしたせいで、あちこちから身を狙われることになったのか」
セイスは、所詮は他人事といった軽い口調でつぶやいた。しかし、彼女の契約主は平然としてはいられなかった。そして、ここにきてようやく言葉を発した。
「中里は……殺されて……しまうのか……?」
かすれた声で西村は文香に問いかけた。その問いかけに、文香は硬い口調で答える。
「先程も言った通り、危険人物の指定が解除されない限り、そうなる可能性が高いとクリスは言っていた。時雨が助かるためには、マリーが先に死ななければならない」
「……だけど、マリーはまだ生きている。どうしようもない」
「クリスは、マリーを暗殺しようと画策しているようだ。だが、彼は、暗殺は不得手だと言っていた。あまり期待しない方がいいのかもしれない」
文香は険しい表情で話を締めくくろうとした。部屋に戻るため席を立とうとしたら、西村がそれを引き留めた。
「…なあ、どうにかする方法はないのか?」
「……ない。少なくとも、私たちには」
文香は平坦な口調で言い放った。しかし、その言葉には彼女の悔しさとも言うべき感情が滲み出ていた。
「…ねえ、魔族との契約の合意解約って、どうなの?」
晴代の言葉に、西村は反応した。しかし、セイスも霜華も首を横に振った。
「はっきり言うよ。合意解約なんて正気の沙汰じゃない。ハーフであったとしても」
セイスの言葉に、霜華も首を縦に振った。セイスは続ける。
「確かに、お互いが契約を破棄したいと思うのなら、できないこともない。でもね、解約すると、お互いの心身に重大なダメージが及ぶ。怪我や病気なんてレベルの障害じゃない。身体は不随になるし、精神は廃人になる。悪ければ、そのまま死ぬ」
セイスは考えただけでも恐ろしいとばかりに身震いした。霜華が説明を続ける。
「正直なところ、現実的に契約が終わる局面は限られてる。それは二つだけ。一つは、ユリアのように、契約主との信頼関係が完全になくなったとき。そして、もう一つは……」
「契約相手が死亡したとき…だろう」
西村は霜華が言うよりも先に答えた。
だから、マリーを殺すほかない。しかし、そんなことが許されるのだろうか。中里時雨の命とマリー・ハーシェルの命を天秤にかけて、沈む皿の上にいるのはどちらだろう。
その答えは、わかりきっている。少なくとも、ここにいるすべての人間の意見は一致している。しかし、殺害を是とするかはまったく別の問題だった。積極的に殺害に関与したいと思っている人間などいないだろう。しかし、それを消極的に容認するのか、それを否定するのかはきっと、この中で意見はきっと割れている。
「……もういい。話は終わりだ。私はこの件について、私たちにできることはないと確信している。せめて、時雨には生き延びてほしい。それを願うばかりだ」
彼女はきっとマリーの死を願っている。霧矢にはそう思えた。
文香はゆっくりと席を立つと、そのまま晴代と一緒にエレベーターホールへ歩き去った。
「…僕は飯を食べてくる。霜華も来るか?」
霜華は黙ったままうなずくと、そのまま席を立った。
後には、打ちのめされたような表情を浮かべた西村と、無表情のセイスが残された。




