資金
「しかし、結局、ファミレスかあ。別にいいんだけど、何というか……」
「…セイスの食事の量と、俺の財布の中身を調整すると、ここが限界なんだ。面目ない」
西村は晴代に頭を下げた。晴代から見る限り、どうやら彼は本気で済まないと思っているらしい。晴代は慌てて首を横に振った。
「そ、そんなことないよ! あたしはほんとに気にしてないから!」
二人の間に重苦しい雰囲気が漂っている中、セイスは黙々と大皿に乗った料理を口に運んでいた。伝票の額はそろそろ五桁に届こうとしている。
西村は財布の入ったポケットと伝票を交互に見ながら、青息吐息で料理を口に運んでいた。ほとんど味を感じておらず、ゴムか何かを噛んでいるような感覚だった。
「はあ……」
セイスはため息をついてスプーンを置くと、青い顔をしている西村に語り掛けた。
「そんな暗い顔してないで、味わって食べなよ」
「この額を見て、味わえだなんて、どの口が言うか!」
伝票をつかみ上げると、西村はセイスに突きつけた。しかし、セイスは呆れたようにため息をついた。西村はそれを見て余計不機嫌になる。
「……だったら、今日の食事代は私のポケットマネーから全額払う。それでいい?」
「はあ?」
何を言っているのかわからないとばかりに、西村は呆れ顔になった。
「私が自腹を切ると言っているの。旅行に現金を持ってこないほど非常識じゃないよ」
セイスは諭すような口調で言い放つと、内ポケットから財布を取り出した。財布を開くと、西村の目の前に数枚の一万円札を叩きつけた。
その瞬間、西村と晴代の目が点になった。
「お、お前、どこからそんな金手に入れたんだ?」
「……私がお金を持ってるのが、そんなに意外なの?」
「……まさか、お袋はそんなにお前に小遣いを渡しているのか? 俺の何倍もの!」
「元から、持ってたお金だよ。イリーガルではあるけれど」
その言葉で、西村の顔から一気に血の気が引いた。一方、晴代はイリーガルという英単語の意味がわからず、ポカンとしていた。
「芹島から生活費をもらっていたから、その残りがまだあるし、塩沢にやられてからすぐに、あいつの預金を全額引き出したからね。私には百万単位の資産があるんだよ」
さらっととんでもないことを口にしたセイスに、西村は絶句していた。一方、晴代は話についていけず、ただ頭を回しているほかなかった。そして、こんがらがった話を頭の中で整理したいと言って、ドリンクバーの方へ立ち去ってしまった。
残された西村は、低い声でセイスに尋ねた。
「おい、今の話、初耳だったぞ。芹島の預金とか……」
「私は裏社会の人間だったんだよ。お金の動かし方に関して、それくらいの心得はあるよ」
こともなげに答えて、料理を食べ終えたセイスは、メニューを開いて次のオーダーを決めようとした。
「お前…まだ食う気か?」
「もちろん。このお店のメニュー、すべて食べる気だから」
「……俺はもう何も言わないぜ」
西村はジュースを一口飲むと、窓から夜の街を眺めた。セイスは呼び出しボタンを押すと、楽しそうな表情を浮かべながら、鼻歌を歌った。
「…とんでもないやつだと思ってるんでしょ? 私のこと」
「……まあな」
「でも、ああいう仕事とは、もう縁を切ったのは本当だよ。龍太に迷惑はできるだけ掛けたくないし、やっぱり、命の危険にさらされて暮らすのは落ち着かないしね」
セイスはしみじみとした口調でつぶやいた。西村はセイスの落ち着いた口調を珍しく思いながらも、ため息をつき、そして、冗談めいた口調で返した。
「俺に迷惑を掛けたくないのなら、もう少し、節食してくれ」
「それとこれとは話は別」
きっぱりと言い放つと、セイスはテーブルに来た店員にオーダーを告げた。店員はセイスの食欲に苦笑いを浮かべると、端末を操作しながら、かしこまりましたと言った。
「…わっかんないなあ……」
手にジュースの入ったコップを持って、晴代が戻ってくる。表情は完全にちんぷんかんぷんの人間が浮かべるそれであり、声には困惑の色があった。
「結局、セイスって、何者なの?」
「殺し屋の元助手。今は農家見習い。一番ストレートに言えばそうなる」
「殺し屋の元助手って……」
晴代が困惑したようにつぶやくが、セイスとしてはそれ以上に適当な言葉はなかった。
「そうとしか言いようがないよ。芹島がやった人間の数なんて両手の指の数より多いだろうしね。私は直接手を下したことはないけど、間接的に手伝ったことならある」
彼女の表情は平然としていたが、声には自嘲的な色が含まれていた。
「とても街中のファミレスでするような話じゃねえな……」
西村は低い声でつぶやく。晴代に至っては少し顔を青くしていた。
「幸か不幸か、私の利用価値はまだあるらしいから、私の命が狙われることはないと思うけれど、龍太はわからないからね。そこはずっと用心してきたけれど……」
セイスは視線を尖らせると、西村をちらりと見た。西村はその視線を浴びた途端、胸が苦しくなるのを感じた。
決してセイスは自分を責めているわけでも、不満を表明しているわけでもない。それは、はっきりとわかっている。しかし、自分の無力さを実感させるには十分だった。
自分は、素人のナイフ一本で生死の境をさまよった程度の強さの人間でしかない。
「西村君?」
西村は、はっと顔を上げた。そこには、少し心配そうな表情をした同級生の顔があった。
「悲しそうな目をしてる……」
西村は首を横に振ると、飲み物を喉に流し込んだ。セイス以外の女の子に、自分の弱いところを見られたくはなかった。
「…悪い。何でもないんだ。本当に、何でもない……」
その弱々しい声に、晴代は返答に窮した。彼女は助けを求めるようにセイスの目を見たが、セイスは穏やかな表情で微笑むだけだった。
晴代は飲み物を一気に飲み干すと、大声を出した。
「この話は終わり! 話題を変える!」
いきなり大声を出した晴代に、西村は呆気にとられたように口を開けた。晴代はしめたと思いながら、適当な話題を探し、そして、その話題に移した。
「そう言えば、西村君とセイスは、お昼に霧矢と会ったってことは、京浜製薬のお嬢様にも会ったんだよね? どんな人だった?」
「どんな人だったと言われても……」
西村はやや困惑した声を上げた。セイスは無表情になっている。
「すぐ別れたからね。一言くらいしか話はしてないよ」
セイスの言葉にはどこかトゲがあった。晴代はそこが何となく気になった。
「…何かあったの?」
「別に何かあったわけじゃないけど、私はどうもあの人とは感触が合わなかった」
「そうか? 俺は、別に悪い人じゃないと思ったぞ」
疑問を呈した西村に、セイスは頬杖をついて答えた。
「悪い人ではないのはわかるよ。でも、あの人は私の好みの性格の人間じゃない」
「…どんなところが?」
具体的な点を突っ込んできた晴代に、セイスは天井を見上げて答えた。
「振る舞いが猫を被りすぎている。明らかに本性は違うはずだよ。それに、あの霜華があんなに拒否反応を示すくらいだから、あんまりいい性格じゃなさそう」
「確かにな。あの塩沢相手でも、霜華は穏やかだったしな。それなのに、あの顔は……」
西村も遠くを見るような目で思い返している。晴代はもっと聞きたいと思って、片平美香についての質問を続けることにした。




