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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第五章
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47/86

取引

「契約異能を消してしまう。そのためには、果たして何をすればよいのか?」

 赤い液体の入ったワイングラスをゆらゆらと揺らしながら、クリスは文香に問いかけた。その表情は至って真面目であり、嘘や冗談などではなかった。

「契約を解消する。あるいは、契約主と契約魔族を別世界に引き離す……だったか。私は、あまり魔族との契約については詳しくないので、これ以上はよくわからない」

 文香はメインディッシュのステーキをナイフで切り分けながら答えた。クリスはワインの香りを楽しむ動きをすると、グラス越しに文香を見た。

「正解だ。ただ、前者はともかく、後者は非効率的で不確実だから除外する。問題は、契約を解消するとするならば、どのような方法をとるべきか、ということだ」

「……さあ?」

 ステーキを一切れ口に運ぶと、文香は咀嚼しながら首を傾けた。クリスは、一呼吸置くと、先程マリーに対して突きつけていた拳銃をテーブルの上に置いた。文香は一瞬慌てそうになったが、何とか平常心を保って話を聞こうとした。

「…どちらかを亡き者にすれば、契約は消える」

「まさか……それで、マリーを?」

「その通り。マリー・ハーシェルを殺害すれば、中里時雨の契約異能は消滅する。そうなれば、彼女を危険人物にしておく理由もなくなる」

 文香は黙っていた。やはり、相手は裏社会の人間であり、誰かを殺すことを手段として選ぶことを辞さない類の者だった。

 しかし、ここで文香はあることに思い至った。

 マリー・ハーシェルは危険人物に指定されてはいない。つまり、彼女を殺害したところで報奨金は一文も出ない。そんな何の得にもならないことを、何故クリスはあえてしようとしているのかと。

 文香がそのことについて尋ねると、クリスは拳銃をしまい、料理に手を戻した。表情を変えることもなく、淡々と肉を口に運びながら答えた。

「僕は、金のためにこの仕事をしているわけじゃない。裏社会の側から人助けをし、表社会の安全を守ることを目的としている。それは忌々しいが塩沢と同じだ。そして、そのためには、中里時雨を殺すよりも、マリー・ハーシェルを殺す方がベターだと確信したからだ。初めから報奨金なんて僕の眼中にはないんだよ」

 文香は感心のあまりクリスを凝視した。クリスは声の調子を落として話を続ける。

「ここしばらくの間、僕はずっと彼女たちを観察してきたが、人気の少ない場所や狙撃されやすい場所を通ることをできるだけ避けている。この行動スタイルは、危険人物指定が発表される前からずっと続いていた」

「で、最大のチャンスの時に、私がその場に居合わせてしまったと」

 文香は視線を落としながら、低い声で言った。クリスは苦笑いを浮かべると、ワインに口をつけた。頬を少し赤くしながら、弱い声で答える。

「僕は、暗殺は苦手なんだ。銃火器の扱いもそれほど上手いとは言えない」

「それでも、腐っても裏社会の人間なのだから、一通りの心得くらいはあるだろう」

「一通りの心得で殺せる相手ならそれでもいいけれど、ああいう類の相手は、生半可な腕じゃ殺せない。下手したら返り討ちに遭う。僕みたいに情報収集が中心の人間じゃ難しい。殺しあるいは戦闘専門の人間じゃないときついんだけど……」

「あの『葬儀屋』塩沢のような?」

「……まあ、そうだね。でも、あいつの手は借りたくないな」

「それでも、あなたはやろうとした。無理を押してでも」

「…危険人物指定が発表された以上、彼女は狙われる。身の安全はそう長くはもたないだろう。もう時間がないんだ。ある程度の危険は承知の上でやるしかない」

 認めたくないような渋々といった口調でクリスは続ける。

「でも、雨野レポートやここ数週間の出来事を見る限り、僕は、あんな危険な相手とやりあいたいとは、とてもじゃないけど思えない。翌日に焼死体となって見つかりましたじゃ、洒落にもならないからね。でも、このまま放っておくわけにもいかない」

「雨野レポート?」

 文香は、まさかと思いながらも聞き返した。クリスは普通の調子で答える。

「君の学校の生徒会長の雨野光里が書いた報告書のことだよ。浦沼高校火災事件の真相について記録してある。認定組織の連絡会議で配布されたけれど、一介の高校生の書いたものとは思えないほど、そのクオリティは高かったね」

「会長が書いた?」

「……彼女は契約主でね。ツテのあった相川探偵事務所が報告させたらしいが」

「それは知っているが、雨野光里という名が、裏社会に知られていることが驚きだった」

 契約主であるにしても、雨野光里は単なる高校生であるというのが文香の認識だった。それなのに、裏社会で名の知られた存在となっていて、その評価も高い。

「何でも、近年まれに見るレベルの喧嘩の達人だということで通っているね。一対多数の状況で敵を一蹴したり、魔族相手でも完勝できたりするという話じゃないか。君もそれは知っているのだろう?」

 文香は黙ったままうなずいた。クリスは興味深そうな表情を浮かべた。

「…よし。じゃあ、こうしよう」

 いきなりやる気に満ちた声を上げたクリスに文香は目を細めた。

「雨野光里の情報と、中里時雨の情報。これを交換だ」

「……その利用目的は?」

 文香は警戒心を抱きながら慎重に尋ねた。クリスはやや目を泳がせるように動かしたが、それでも堂々とした声で答えた。嘘をついている声ではない。

「まあ、将来の人材確保のためかな。僕は、彼女を見込みありの優良株だと思ってる。いずれ、彼女をスカウトすることもあるかもしれない」

 文香は目を細めた。クリスは裏社会での人材として雨野を欲している。しかし、自分の一存で、他人を裏社会に放り出すことなど、許されるはずもない。

「……時雨の情報と引き換えに会長を売れと?」

「彼女の身柄を捕らえてどうこうしようなどという気は毛頭ない。もう何年か経って、彼女の才能が引き続き見込みありと思うなら、勧誘しようと思っているだけだ。彼女が、気が進まないと言うのならば、それ以上しつこく迫るつもりもない」

 文香はしばらく迷ったが、心の中で雨野に詫びながら首を縦に振った。

「…知りたい情報は?」

「彼女の特徴。具体的には、戦い方、契約異能、性格、人間関係などだ」

 文香はためらったが、ステーキを咀嚼して飲み込むと、深呼吸して語りだした。

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