本音
三条霧矢の問いに、内野英輔は興味深そうな表情を浮かべた。
「警察は、裏社会のことをどこまで知っているか…か……」
薄笑いを浮かべた内野に、霧矢は警戒を解くわけにはいかなかった。霜華や塩沢がここまで嫌悪感を示す相手というのだから、侮ってかかるわけにはいかないということはわかっていた。そして、その余裕の表情が何よりも明確に物語っている。
「君は、どれくらいだと思う?」
内野は猫なで声で霧矢に問う。塩沢は嫌悪の表情を浮かべ、ため息をついた。
「……塩沢が知っているくらいの情報は、持っているのではないかと」
霧矢は塩沢を一瞥すると、やや戸惑いながらも答えた。内野も塩沢を眺めたが、塩沢は我関せずといった顔で、知らんぷりを決め込んでいた。
「…まあ、ご名答。一応、警察は、裏社会の情報について、警察が認めた組織から報告させているからね。情報自体はそれなりにあるよ」
「…あくまで、情報自体はな」
内野の答えに、塩沢は尖った声で横槍を入れた。内野は少し不愉快そうな表情になる。
「では、どうして、警察は裏社会の事情について。ある程度のことは知っているのに、動こうとしないのか。霧矢君、君はどうしてだと思うかな?」
「……わかりません」
「答えは、知っている人間が警察内部のほんの一部であること。それと、介入しようにも、警察という国家権力による機関の活動には、根拠となる法律が必要とされるからだ」
内野が答える前に、塩沢が乱暴な口調で答えた。目には内野に対する蔑みの光がある。
「…法律の留保ってやつだったな。侵害留保説だっけ……行政法でそんなの習ったなあ。詳しくは忘れたけど」
「公務員、しかも警察官のお前がそんな程度の理解でいいのか?」
呆れたようにつぶやく塩沢に、内野はくすくすと笑った。
「まあ、とりあえず、警察が正規の手続きで取り締まりをすると、令状を取って逮捕し、証拠を押収して、送検して、検察が起訴して、公判で有罪の判決を取らなきゃならない。確かに普通の暴力団とか、国際犯罪組織ならそれでもいいだろう。でも、魔族とか、契約主とかの犯罪の嫌疑で、逮捕状を請求しても、裁判官が発行してくれると思うかい?」
霧矢は黙っていた。内野はため息をつくと、塩沢を一瞥する。
「新たに根拠となる法律を作るとしても、国会議員の多数がそれに関しての知識を持っていることが前提となるし、国会での立法化となると、マスコミの報道の対象にもなる。現状でそんなことができるかと言われたら、僕はノーとしか答えられらないね」
「……僕も、それはそうだと思います」
霧矢は内野の言葉にうなずくことしかできなかった。彼は何も間違ったことを言っていない。魔族や契約主についての情報など、実際に見たわけでもなければ、誰が信じるというのだろうか。
「警察の権限の拡大には、反発する政治勢力が多いからね。あえて抽象的で不明確な条文で権限を拡大させて、魔族に関しての捜査権限をそこに読み込めるようにすることも実際にできなくはないだろうけど、そんなことをしたら、リベラル派の袋叩きに遭うだろう」
「……よくわかりません」
「まあ、大人になるとわかるさ。政治っていうのは、厄介なものだから」
政治についての話題は一介の高校生に過ぎない人間にはややこしすぎた。理解するのが難しく顔をしかめている霧矢に内野は苦笑いを浮かべた。
「法律を無視して行動する。つまり、正規の手続きを踏まずに被疑者を拘束し、極秘のうちに処分することも、実際にできないことではないだろう。だが、もしその秘密が漏れてしまったら、警察への信頼はガタ落ちだ。下手したら、時の内閣が潰れかねない。それだけ、警察という組織への世間の視線は厳しいものだから」
内野は残念そうにつぶやいた。
「まあ、逆に言えば、異能を使わない裏組織だったら、警察も動けるんだよ」
にやりとした表情で内野は塩沢を見ると、ポケットから手錠を取り出し、プラプラと見せびらかした。
「君みたいに、拳銃や刃物で仕事をしている人間なら、逮捕できる。何なら、今ここで、銃刀法違反の現行犯で、君を逮捕してみようか?」
「やれるものならやってみるがいい。警察が認定組織の人間を、規約違反もないのに、単なる銃刀法違反程度で逮捕してみろ。日本中のあらゆる認定組織が離反するぞ」
「まあ、そうだね……」
内野は残念そうな口調で答えると、渋々手錠をポケットに戻した。
「認定組織?」
「相川探偵事務所のように、裏社会の情報を警察に提供したり、特定の仕事を警察の代わりに行ったりすることで、一定の非合法活動について、黙認された組織のことだよ。不特定多数の目に付かないようにするとか、周囲に危険を及ぼさないこととかを条件にね」
内野は、そんなものに頼るなんて世も末であるが、と付け加えた。
「ところで……」
内野は話題を変えると同時に口調も変わった。一気に真面目さが消え、からかいを含んだ声色になった。塩沢の表情はさらに嫌悪を露わにした。
内野の視線を追うと、そこには霜華と美香がいた。霧矢はため息をついた。
「…君と、そこの二人はどういう関係なんだい?」
「……黙秘権を行使させていただいてよろしいでしょうか」
霜華と美香はにらみ合いを続けていた。霜華は露骨に敵意に満ちた表情を向け、一方、美香は余裕に満ちた表情で霜華に侮蔑の視線を向けていた。
「…三角関係…か」
全てを察したような口調で内野は納得の表情を浮かべた。霧矢は何も言い返さなかった。そもそも、内野には、昨日の美香とのデート(仮)を目撃されており、今更否定することなどできなかった。
「で、どっちを選ぶ気なんだい? それとも、二股でもかけるのかい?」
「…黙秘します」
霧矢は暗い表情になるとソファーから立ち上がった。内野に一礼すると、そのままうなだれたまま、オフィスのドアに向かって歩き出した。
「二人とも、帰るぞ」
霧矢は疲れた口調で話し、のろのろとした動作で戸を開けた。しかし、二人はまだにらみ合いを続けていた。
二人が、霧矢がオフィスからいなくなったことに気付いたのは、それから五分経った後だったという。




