変化
上川晴代は怒っていた。
「何なのよ! ドタキャンとか!」
親友から届いたメールを見ながら、ホテルのベッドの上で足をバタバタさせると、天井をにらみつけた。
せっかく夕食は一緒に食べようと思って、ネット上を走り回って、おすすめの店を探しておいたにもかかわらず、この有様である。予約していたわけではないので、キャンセル料云々の問題はないが、それでもいきなりキャンセルされては憤らずにいられなかった。
枕を上に放り投げると、晴代は窓から夜景を眺めた。いったん日が沈んでしまうとあたりは街灯しか明かりのない田舎とは違って、都会の夜はあちこちのネオンの光で明るく照らされていた。
ため息をつきながら、昼間、池袋を駆け巡って手に入れた「戦利品」とも呼ぶべきグッズの入った買い物袋に手を突っ込んだ。だが、中身を取り出して、目を通そうとした瞬間、客室のドアがノックされた。
「は、はい!」
一瞬、心臓が止まるかと思ったが、とっさに手に持っていた冊子を袋の中に押し込み、その袋をまた、カバンの中に押し込んだ。ここまで一秒フラット。
何とか心を落ち着かせると、ドアノブを回した。ドアを半開きにすると、カールした金髪の女の子の姿が見えた。
「晴代、もうご飯食べた?」
「いや、まだだけど」
「じゃあ、どっか食べに行かない? 私達、これから街に繰り出すつもりなんだけど」
「行く! ぜひとも行く!」
「じゃあ、ロビーで待ってるから。それと……」
セイスは少し表情を曇らせると、声を低くして尋ねた。
「…霜華がまだ戻ってきてないんだけど。晴代、何か知らない?」
「いや…あたしも、特に連絡は受けてない。霧矢と一緒にいるんじゃないの?」
「ふーん。じゃあ、文香は?」
セイスの質問に対して、晴代は眉間に青筋を立てると、それでも笑顔を保って答えた。
「……ミスマッドサイエンティストは、人の約束なんてどうでもいいらしいよ」
セイスは鬼気迫る様子の晴代をまじまじと見つめていた。しばらくして口を開く。
「……ご愁傷様」
苦笑いしながらセイスはドアを閉めた。準備すると言っても、チェックインしてからまだ数十分しか経っていないため、そんなに手間取るようなものではない。晴代は客室のクローゼットを開けると、コートを着込み、ハンドバッグの中身を確認して部屋を出た。
エレベーターホールでは杖を突いた短髪の男と、ふわふわの金髪の女の子の二人がいた。
「……おう、大分早いな…」
「まあね。そんな準備に時間なんてかかるもんじゃないし」
淡々とした口調で晴代は西村に答えると、エレベーターに乗り込む。西村は杖を突きながらのろのろとした動きでセイスの後に続くと、エレベーター内の壁に寄りかかって大きく息を吐いた。
「やっぱり、病み上がりにはきつかったかなあ……」
「別に、大丈夫だ。俺は、単に気分を紛らわせたいだけだ。俺だけの責任でここに来た」
晴代は険しい顔をした西村を見て、やや複雑な心境になった。
「無理はしないでね。あたしはよくわからないけど……」
「ああ……」
いつもと比べて元気のない西村だったが、それ以外でも、あの事件以来、何かが変わったと晴代は感じた。表情が堅くなっており、何かに対する決意のようなものが見えた。
エレベーターのドアが開くと、晴代は先に出た。セイスが「開」のボタンを押し続け、その間、西村はのろのろと外に出た。その様子を見ていると、晴代としては、よくこんな体で横浜まで行けたものだと感心せざるを得なかった。セイスの介助の存在も大きいだろうが、彼の体への負荷に対する耐久力は、霧矢や雨野には及ばないものの、あの事件以前と比べて、確実に増していると感じた。
しかし、それでも、彼が自分の体に無理を強いていることに変わりはない。少し動くたびに、苦痛に顔を歪ませているのは誰からでも丸わかりだった。
「さて、どこに行くか……」
ひとりつぶやく西村に、晴代は少し暗い表情で言う。
「ねえ、フロントに頼んでタクシーを呼んでもらおうよ? 西村君このままじゃ、傷が開いちゃうよ」
病み上がりにもかかわらず、彼を連れ出してしまったのは他ならぬ自分であり、それに加えて、彼の様子を見ている限りこれ以上の無理をさせるわけにはいかなかった。
「別に、平気だぜ……俺は大丈夫だ」
「ダメ。霧矢にだって怒られたでしょ」
そう答えたのはセイスだった。西村は気まずい表情になると、セイスと晴代の顔を両方見て、ゆっくりと無言でうなずいた。
「わかった。タクシーに乗ろう」
素直に聞き入れた西村にセイスは笑顔になると、フロントの方へ歩いて行った。西村は遠い目でセイスを眺めると、そのまま崩れ落ちるようにロビーのソファーに座り込んだ。
「何というか…変わったね。西村君」
「変わらないといけないんだ。俺は」
そう答えた彼の声は、どこか悲しそうだった。




