口論
「これはこれは、霜華さん。逮捕されたと聞きましたけれど」
「……霧君? ちょっと説明してくれるかな?」
「ノーコメントということでよろしく頼む」
内野に案内され、オフィスに通された霧矢と美香を見て、霜華の表情はかなり険しくなっていた。霧矢は彼女の表情を見て、自分の言動次第では氷の矢が脳天に突き刺さる危険性があると直感した。
「…別に彼女は逮捕されたわけではない。単に、重要参考人として……」
「塩沢さんは少し黙っていていただけますか?」
霜華はぴしゃりと言い放つと、仏頂面をした塩沢を脇に押しのけ、霧矢に迫る。
「霧君、説明。なぜ彼女がここにいるのか」
「……ついてくると言って聞かなかった。永田町駅で何度帰れと言ったことか……」
「…重大な事件に関する話題だってことわかってる?」
霜華は低い声で脅すようににらみつけてくるが、霧矢にもどうしようもなかった。
「…僕は単に、お前の身柄を引き取りに来いと言われたから来ただけだ。お前の後ろの男の姿がある時点で、事件の香りはするが、僕には関係ないぞ。当然美香にもな」
塩沢を一瞥すると霧矢はため息をついた。挨拶もせずに、視線を塩沢から内野に移す。
「ところで、身柄を引き取りに来てほしいとのことでしたが、何か手続きとかは?」
「特にないよ。別に補導とか逮捕とかじゃないから。君の連絡先も控えてあるし」
「じゃあ、連れて帰っていいですね?」
淡々と事務的な口調で話を終わらせようとしている霧矢に、内野は残念そうな表情を浮かべた。霧矢も塩沢がここにいる時点で、何かよからぬことが起きているということは理解していたが、深入りするなどもってのほかだと考えていた。
「せっかくだから、少し君と話がしたいんだけど……ふむ、ひょっとして、君の後ろのお嬢さんは、昨日、新宿で一緒にいた娘じゃないか?」
霜華とにらみ合いを続けている美香を一瞥すると、内野は納得したように手を叩いた。霧矢はその様子を見て、内野が昨日、声をかけてきた刑事であることを察した。
「…昨日は、どうも。いきなり逃げ出したりして、すみませんでした」
「びっくりしたよ。まあ、いきなり、見知らぬ土地で警察に声をかけられたら、逃げ出したくもなるかもしれないけれど」
内野は円を描くようにオフィスの中を歩き回る。そして、もう一度霧矢の正面に立つと、少し話したいことがあるから付き合ってほしいと言った。
「……内容によります。そこの男が関係する話題なら、失礼させていただきます」
塩沢を眺めながら、霧矢は告げる。内野は苦笑いを浮かべるとともに、優越感を抱いたような顔をした。しかし、その表情は見る側からしたら、気持ちの良いものではない。
「塩沢、君って、本当に彼に嫌われているんだねえ……」
「…お前だって、話しているうちに嫌われるだろう。お互い様だ」
吐き捨てるように塩沢はつぶやくと、ソファーに乱暴に腰を下ろした。
「警視庁は、客人にお茶すら出さないのか?」
「…お茶でも飲むかい? そこの御嬢さん方も」
塩沢の指摘に、内野はバツの悪そうな顔で問いかけた。
「……いえ、長くなるのもあれなので。できれば、すぐに帰りたいですから」
霧矢は無言でにらみ合いを続けている女の子二人を背にして、苦い顔で答えた。内野はにやりと笑うと、ソファーに座るように言った。霧矢はためらいながらも、塩沢とはテーブルを挟んで対角線上になるようにして座った。内野は塩沢の隣に座ると、ポケットから片眼鏡のようなレンズを取り出し、霧矢をレンズ越しに眺めた。
「……こりゃあ、何というか……部屋が青色に染まっているというか……」
「だから言っただろう。反則級だと」
「……よくまあ、狙われなかったね。普通だったら、裏社会のどこかの組織に目をつけられて、一巻の終わりになるんじゃないかい?」
「…一回、教団に狙われたが、それ以来は、特に危険な目には遭っていない」
霧矢が答える前に、塩沢が遮った。内野は不審そうな表情で霧矢と塩沢を交互に見た。
「霧矢君、君に一つ聞きたいことがあるんだが、君は相川探偵事務所の関係者ではないだろうね? あるいは、将来的にそうなるつもりがあるのかい?」
「ないですよ。ただ、去年の大晦日に身辺警護の手伝いをしました。それと、情報提供の代わりとして、必要に応じて事務所に協力するように約束させられましたが、そのくらいの関係です」
内野は険しい表情になると、塩沢をにらみつけた。塩沢はうんざりした表情で、弁解と愚痴の入り混じったような台詞を口にした。
「中里時雨の家族についての情報提供を行う代わりに、必要に応じて協力することを約束させたらしい。俺は関与していないが、相川さんがそう決めた以上、俺は何も言うまい」
「やっぱり、相川探偵事務所は、三条霧矢を取り込むつもりじゃないか! もし、これ以上、彼との関係を強化しようとするのなら、警視庁としては……」
「俺に言わないでくれ。文句があるのなら、うちの上司に直接言うがいい」
霧矢は二人を見て、逆に質問したい気分になっていた。そもそも考えてみれば、葬儀屋という通り名で知られている裏社会屈指の殺し屋と、表社会の代表格である警視庁の刑事がこんなところで言い争っている自体、異常なことなのではないだろうか。
「あの、内野さん。警察は、裏社会のこと、どれくらい知ってるんですか?」




