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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第四章
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38/86

合流

 赤信号で止まっていると、突然、霧矢のポケットが振動した。

「どうかしましたか……?」

「携帯に着信が来てるんです。しかも、見たこともないような番号から」

 レイは信号機に注意しながら、霧矢のディスプレイを覗き込んだ。

「…この局番は都内の固定電話ですね。片平家や京浜製薬関係の番号ではないですが」

 片平家関係者からの電話でないとするならば、かかってくるような心当たりはない。不審に思いながらも、霧矢は通話ボタンを押した。

「もしもし……」

「私、警視庁の内野と申します。三条霧矢さんの携帯電話でよろしかったでしょうか?」

「警視庁!?」

 とんでもないところから電話が掛かってきてしまったことに、霧矢は愕然とした。

「北原霜華さんの身柄をこちらで保護しております。身柄を引き取りに、本庁までお越しいただきたいのですが、お時間はよろしいでしょうか?」

 霧矢が呆気にとられているうちに、信号が青になり、車はゆっくりと進み始めた。霧矢は頭の中を整理しながら、聞き返すべきことをまとめた。

「…あの…霜華が何かしたんですか?」

「…つい数時間前に起きた、池袋での爆発事件の重要参考人としてお話を伺わせてもらいました。犯人らしき人物を見たとのことで、いろいろと……」

 霧矢は車のドアミラーを見た。自分の青ざめた顔が映っている。

「警視庁まで来てほしいと言いますが、桜田門の?」

「はい。本庁までお越しいただければ、受付の者に、刑事部の内野に会いたいと申し付けください。こちらから出向きます」

「……わかりました」

 霧矢は電話を切ると、レイを見た。レイはやや困惑した表情で霧矢を見返すと、霧矢の言葉を待った。霧矢は一呼吸をおいて、口を開いた。

「どこか適当なところで降ろしてください。桜田門まで急用ができました」

「……わかりました。では、板橋駅でよろしいですね?」

 レイはうなずくと、駅の方へ向かってウインカーを上げた。やがて駅に近づくと、レイはできるだけ丁寧な動きで、車を止めた。

「では、何かあったら、先程教えた番号に連絡をお願いします」

 霧矢は車を降りると、そのまま駅に向かって歩き出した。後ろで車が走り去る音を聞きながら、春の心地よい陽光の下で背伸びをした。

(いい天気だなあ……)

 表情を綻ばせながらあくびをして、浦沼ではまだ味わえない春の暖かさを霧矢は満喫していたが、その幸せな時間は突然終了してしまった。

「こら、霧矢!」

 突然背後からかけられた声に振り返ると、そこには怒りの表情を浮かべた迷子のお嬢様が立っていた。

「…こんなところにいたのか……」

「姿をくらませたのに、連絡の一つもよこさないなんて、何を考えてるの?」

 美香は強い口調で不満を口にするが、説教をしたいのは霧矢の方だった。

「…連絡できたら、もうしている。携帯も持たずに姿を消したのはお前だろうが!」

 霧矢の反論に、美香は慌ててポケットに手を突っ込んだ。しばらくして、バツの悪そうな笑みを浮かべて、ごまかす言い訳を言ったが、霧矢は何も言う気になれなかった。

「ところで、こんなところで何をしているの?」

「……急用ができて、桜田門まで行く必要ができた。レイさんと一緒にお前を探していたけど、それももう終わりだ。お前はさっさと帰れ」

「帰れと言われても、私、ここからどうやって帰ったらいいのかわからないわ」

 埼京線で新宿に行って、新宿から地下鉄に乗り換えろなどと、目の前のお嬢様に言ったところで、また迷子になるのは火を見るよりも明らかだった。特に、今の美香は携帯電話を持っていないため、万が一道に迷ったとしても地図を見ることもできない。

 時計を見ると、美香を家に送り届けてから、改めて警視庁に向かう時間的な余裕はなかった。途中で別れるか、警視庁まで一緒に来てもらうしかない。

 しかし、幸運なことに、霧矢はある電話番号を手に入れていた。霧矢は携帯電話を取り出すと、つい数十分前に手に入れた番号に掛けようとした。

「ちょっと、待ちなさい!」

 霧矢がダイヤルしようとした瞬間、美香は霧矢の携帯をいきなり取り上げた。美香は携帯のディスプレイを眺めると、表情を曇らせた。

「消去」

「おい! 何てことをするんだ!」

 美香は霧矢に携帯を返したが、ディスプレイを見ると、電話帳から大崎礼子の項目が削除されていた。無論、霧矢は彼女の電話番号を番号のまま覚えてはいない。

「レイに電話して、私を厄介払いしようったって、そうはいかないわよ」

 どうやら霧矢の意図は完全に読まれていたらしい。霧矢は無言で携帯をポケットに戻すと、あたりを見回し、近くに停まっているタクシーに向かって歩き出そうとした。しかし、美香は霧矢の動きを見逃さずに言い放った。

「タクシーに乗っても、私、運転手に家までの道順を言えないわ」

 霧矢はしばらく美香を眺めていたが、ここまで来ると観念する他なく、駅の改札口に向かって歩き出した。美香はそんな霧矢の後ろについてくる。

「で、桜田門と言えば、まあ、警視庁よね。何があったのかしら?」

「……呼び出しを食らった。今すぐ来てほしいそうだ」

「…まさかとは思うけれど、昨日の新宿のアレ?」

「それはない。少年二人を補導するのに、わざわざ本庁の人間が出てくるか?」

「じゃあ、何なの? 呼び出されるような心当たりでも?」

 霧矢は美香の問いに対して沈黙することを選んだ。改札にICカードをかざしてホームに出ると、混み合った電車が前に現れた。電車に乗り込むと、霧矢は適当に物思いにふけることにした。しかし、それが美香の癇に障ることになった。

「……私、無視されるのは嫌いよ」

「……そうですか」

「何か言いなさい。私は、沈黙もあまり好きじゃないわ」

「……それは残念」

 霧矢が素っ気ないので、美香の機嫌は一気に悪くなる。しかし、霧矢としては、このまま機嫌が最悪になって、霧矢とは別に帰ると言い出してくれることを期待していた。

 池袋駅に着くと、霧矢はJRから地下鉄に乗り換えるため改札から出た。今日は、同じところを行ったり来たりばかりしているような気もするが、もはやそんなことを気にしても仕方がない。美香がはぐれないようにゆっくりと歩きながら、地下通路を歩いていく。

「…永田町でいったん降りる。お前をそこで南北線に乗せる。そこからはもう乗換はないから、迷子にならないはずだ。麻布十番で降りろ。そこからなら歩いて帰れるな?」

 頭の中の地図を説明しただけでは不安なので、霧矢は駅の券売機の上にある地下鉄路線図でルートをチェックしながら美香に帰り道を教えた。しかし、美香の様子を見る限り、霧矢の説明は右耳から左耳へと抜けているようだった。明らかにわかっていない。

「おい、聞いているのか」

「…桜田門までついていくわ。一緒に帰るのが一番簡単でわかりやすいから」

「あのな、何でわざわざついてくるんだ。これは僕一人の用事で、お前には関係ない」

「いいじゃない。それとも、私に知られたら困るようなことなの?」

「…僕はそれほど困らないが、相手はきっと困るだろう。むしろ、困ると言うよりは、嫌な気分にはなると言った方がいいだろうな」

 霧矢は改札を通ると、ひんやりとした空気の地下鉄ホームに出た。美香はやはり新鮮な体験で、気分が高まるのか公共の場にもかかわらず、ホームでくるくると回っている。

「やめろ、人目もあるんだから。いい年したお嬢様のすべき振る舞いじゃない」

「レイや川内みたいなことを言わないでよ。あなたと一緒にいるときくらい、お嬢様とは相容れない行動をしたいのよ」

「その割には、都合のいい時だけ、お嬢様の皮をかぶって、妙な振る舞いをするよな」

「嫌ですわ、そんなことございませんことよ。霧矢さん」

「……気色わるっ!」

 霧矢は聞こえるか聞こえないくらいの声の大きさでぼそりとつぶやいたが、美香には聞こえていたようだ。くすくすと笑うと、再び、片足を軸に一回転した。

 トンネルの奥から車両の走行音が近づいてきて、やがてドアが開いた。電車に乗り込み、運よく空き席を見つけると、二人で腰かけた。ドアが閉まり、ゆっくりと走り始めると、美香がまた話しかけてくる。

「ところで、さっき、私に知られたら、相手は困ると言ったけれど、それって誰なの?」

「……霜華」

 美香はその名前を聞いて、ニヤリと笑った。霧矢はため息をつくと、車内の天井を眺めた。一方、美香は続きを話せとばかりに霧矢の肩を叩いてくる。

「警視庁にご厄介になったそうだ。身柄を引き取りに来いと言われたんだよ」

「へえ……いったい、彼女は何をしたのかしら?」

 霧矢は、明らかに彼女は単なる好奇心で聞いているのではないと確信した。昼での借りを返すためのいいネタになりそうだとでも考えているのだろう。

「……ここ最近の放火事件の犯人と思しき人物を見たらしい。重要参考人ってやつだ」

「なあんだ。じゃあ、何か犯罪や非行に走ったわけではないのね?」

「そうだが、何でそんなに残念そうな口調なんだよ」

「別に。でも、まあ、警察にご厄介になっただけでも、十分いじるだけのネタに……」

 美香は意地の悪い笑みを漏らした。霧矢は女性の持つ黒さの一面を垣間見て、余計気分が沈んでいくのを感じた。

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