照会
「…改めて自己紹介しよう。僕は内野英輔、警視庁の刑事、建前上は窓際族ってことになってるけど、特殊犯罪を取り扱ってるよ」
警視庁の一室で霜華と内野は向かい合っていた。とはいえ、ドラマなどで見られる狭い取調室のような部屋ではなく、普通のオフィスにある応接室のような部屋だった。
「さて、本題に入るけれど、まず、一つ目の質問だよ」
内野はポケットから片眼鏡のようなレンズを取り出すと、レンズ越しに霜華を眺めた。
「……なるほど。これなら話が早く済みそうだ」
霜華が不審な表情をしていると、内野は笑みを浮かべて、レンズを机に置いた。
「霜華君。君は、魔族と契約主、どっちなのかな?」
内野の問いかけに、霜華は先ほどのレンズが何だったのかを理解した。
「それ、魔力分類器ですね?」
「おお、さすがだ。知っているんだね?」
「どこから手に入れたんですか?」
「知り合いから譲ってもらったんだよ。もっと高性能なものが手に入ったからってね」
内野は得意げに語る。霜華も相手が魔族方面の話題について詳しく知る人間であるとわかり、少なくとも素性を明かしても問題ない相手であると認めることができた。
「私は魔族のハーフ。属性は水で、氷の術を使います」
「ふむふむ。では、君の身元保証人、あるいは、契約主の名前は?」
「契約主はいません。身元保証人は………」
霜華は途中まで話して言葉を切った。順当に答えるのならば、身元保証人は三条理津子、あるいは契約主に準じる人間としては三条霧矢になるのだろうが、ここでそう答えてしまうと、後々迷惑をかけてしまうことになるのではないかと思ったからだ。
「身元保証人については、黙秘させてもらいます」
「……うーん。それは残念だなあ」
内野はわざとらしく大袈裟に残念がると、ポケットから取り出した手帳を開いて、パラパラとめくった。そこでピクリと特徴的な挙動を示した。
「…北原霜華……魔族のハーフ……いや、しかし、昨日の子とは特徴が違う……」
内野は何やら悩ましそうな表情で手帳と霜華を交互に眺めた。霜華は何も言葉を発さずに、首を幾度と往復させる内野の姿を眺めていた。
内野は頭痛を抱えている人間のごとく、手を額に当てるとしかめ面で霜華を見た。
「…君、もしかして、昨日の昼頃、新宿にいた?」
「いいえ。今日、東京に来たばかりです」
「…ということは、都内の人間ではない。まあ、薄々そんな気はしていたけれど」
「ええ。魚沢というところから来ました」
「目的は、観光かな?」
霜華がうなずくと、内野は困惑したように顔をしかめ、唸り声を上げた。内野はしばらく悩んだ挙句、思い切った様子で少し声を張り上げて尋ねた。
「君、三条霧矢という人を知っているかい?」
霜華はその名前につい反応してしまった。次の瞬間、しまったと思ったが、もはや後の祭りだった。内野は、これは当たりだという満足の表情を浮かべた。
「……なるほど、確かに、水の魔族と彼なら接点があったとしても、おかしくないか」
内野はもう全てわかっているのだから話せとばかりに霜華を見るが、霜華は沈黙を続けていた。その様子を見て、内野は残念そうに口を尖らせた。
「君、別に、僕らは君や彼を捕まえてどうこうしようというわけではないんだ。単に、情報が必要なだけであって、それ以上でもそれ以下でもないんだよ」
説得するような口調で内野は語り掛けるが、霜華は口を真一文字に結んだまま、一言たりとも発しなかった。ついに根負けした内野はため息をついた。
「……仕方がない。なら、二つ目の質問に移ろう」
机の上にあった魔力分類器をポケットに戻すと、内野は手帳を机に置き、指先でボールペンをくるくると回した。
「……今日の池袋での事件、話せることを話してもらえるかな」
「…相手は、火の契約主です。魔族ではないと思います」
「なるほど。他に何か思い当たることは?」
「…能力を見る限り、まわりの可燃物を発火させる能力だと思われます。若い女性で、身長は一六〇センチくらい。帽子と眼鏡を掛けていて、素顔はよくわかりませんでした」
急に協力的になった霜華に、内野は面食らいながらも、手帳に内容を書き留めていく。
「どうして、契約主だと思ったのかな?」
「…魔族にしては、攻撃のバリエーションが少なすぎました。それに、私の冷気を打ち消すこともできませんでした。貧弱すぎます」
「なるほど。つまり、君との相性が最悪だったということになるのかな?」
霜華がうなずくと、内野は手帳にとったメモを再び読み返していく。そして、しばらく考え込んだのちに、残念そうな表情を浮かべてため息をついた。
「…大体わかった。犯人は十中八九特定できた。ありがとう」
内野は手帳をしまうと、霜華に付いてくるように言った。そのまま部屋を出ると、しばらく庁内を歩き、小さなオフィスのような部屋に入った。
「…まあ、座ってくれ。今、お茶を入れるから」
デスクが六つほどあり、その隣には大きな応接用のソファーがあった。内野は壁際にあるコーヒーメーカーからカップにコーヒーを注ぐと、砂糖入れとミルクとともに、お盆に入れて持ってきた。
「あんまり美味い銘柄ではないけど、まあ、そのへんはご勘弁」
内野は自分のカップに大量の砂糖を入れると、スプーンでかき回していく。底にたまった砂糖とスプーンが底を擦るジャリジャリという音が響いた。
「…内野さんは、相当の甘党のようですね」
「よく言われるよ。今朝も知り合いにそんなことを言われた」
砂糖味のコーヒーなのか、コーヒー味の砂糖水なのかわからないような液体を内野は口に含むと、携帯電話を取り出し、パネルを操作している。
人をお茶に誘っておいて、携帯をいじるという奇妙な行動に、霜華が気を取られていると、次の瞬間、内野はとんでもない言葉を口にした。
「あ、もしもし。塩沢? 北原霜華の身柄を確保した。話がしたいから、警視庁まで来てくれ。あと、ついでに……」
霜華は塩沢というワードを聞いた途端、背筋を伸ばした。内野は意地の悪い表情を霜華に向けると、口元を笑わせて尋ねた。
「…三条霧矢の連絡先及び彼についての情報が欲しい。至急だ」
それだけ言って内野は通話を終わらせた。霜華の表情は強張らずにはいられなかった。
「やっぱり、塩沢雅史の名前くらいは、聞いたことがあるんだね。まあ、君は、三条霧矢の関係者のようだし、彼についても、それなりに知っているとは思ったけれど」
内野はコーヒーをもう一口飲む。一瞬置いて、内野の携帯が鳴った。届いたメールを見て、内野は満足そうな笑みを浮かべたが、傍から見ると、それは相手を不愉快にさせる笑顔以外の何者でもなかった。
「なるほど、では、連絡を取ることにしようか。おいおい、そんな怖い顔をしないでほしいな。君が言わないんだから、仕方ないじゃないか」
内野は挑発的な薄笑いを浮かべて、自分をにらみつけている相手をなだめた。




