挑発
警察署の中で、霜華は居心地の悪さと戦いながら、椅子に座っていた。事情聴取を担当している警察官も、非常に不愉快そうな顔をしている。
霜華は、あくまで行き倒れの怪我人を見つけて通報しただけで、それ以上のことは知らないとしらを切り続けていた。爆発音が聞こえたので裏路地の方へ行っただけだと繰り返していたが、警察としてはそれで満足できるわけもなかった。そもそも、霜華も爆発によって軽微な傷とはいえ手のひらや腕に擦過傷を負っており、刑事がそれを見逃すはずもなかった。担当の刑事は無言で霜華に真実を話せと圧力をかけて続けているが、霜華も手のひらの傷については沈黙を続けており、ただ時間だけが流れていた。
(霧君、怒るだろうなあ……警察沙汰に巻き込まれたなんて知ったら……)
心の中で後悔していると、担当の刑事に部下が近寄ってきた。
「あの……課長」
「何だ、今忙しいんだ」
一向に詳細を話そうとしてない霜華のせいで、相手の声は非常にとげとげしい。部下は、こんなことを上司に伝えなくてはならない自分の不運に打ちひしがれている表情をしていた。
「…本庁の内野刑事が、彼女と話がしたいとのことで、お越しになっています」
「内野だと!」
内野という名前を聞いた途端、彼の表情は一気に険悪になった。声はますます荒っぽくなり、顔色は真っ赤になっている。
「ええ……あの内野刑事です。どうしますか?」
「追い払え! この事件はうちの管轄だ!」
部屋中に響く雷鳴のような声で刑事は部下に怒鳴った。しかし、怒鳴られた部下は弱々しい声で切り返してきた。
「…応じないのであれば、本庁の人事部に駆け込むと言っていますが……」
「あの若造め…バックにあの青葉光雄がいることをいいことに……」
刑事が歯ぎしりをしていると、後ろから眼鏡を掛けたスーツの男が突然現れ、音もなく背後に立った。しかも、悪口を言われているにもかかわらず満面の笑顔を浮かべていた。
「つまり、虎の威を借る狐と仰りたいのですね?」
いきなり話しかけられた刑事はびっくり仰天して飛び上がった。部下は自分に飛び火しては困るとばかりにさっさと姿をくらませていた。
「……初めまして。僕は、警視庁の内野と言います。北原霜華さんですね?」
慌てている刑事を無視して、内野は笑顔で霜華に自己紹介した。霜華は彼を胡散臭く思いながらも、とりあえず名乗ることにした。
「…はい、私が北原霜華です」
「ふむ……ここではなんですから、本庁でお話を聞かせてもらっても構いませんね?」
「それは……その……」
霜華が言葉に窮していると、血相を変えた刑事が割り込んできた。
「これはうちの事件です。本庁のお手を煩わせるほどのことではありません」
「……いえいえ。どうも、この事件はとある組織犯罪との関与が疑われていますので、まず先に、本庁で事情聴取をしておきたいんですよ」
「じゃあ、何で君が出てくるのだね。組織犯罪なら、その専門の部署があるだろう」
「…そこは、僕は閑職、便利屋ですからねえ。担当はお忙しいのでしょう」
傍から聞いていて、霜華はこれほど白々しい会話もないと思えた。言葉は丁寧だが、声の奥底では、相手に対する敬意というものが微塵も感じられない。
「じゃあ、せめてその組織犯罪が何なのかくらいは説明してもらいたい」
「閑職に回されている僕に、そんな重大な情報を教えるほど、本庁の人間は間抜けではないですよ。僕は単に彼女を本庁まで連れてこいと命令されただけですから」
余裕の笑みを浮かべて慇懃な口調で話す内野に、相手の怒りは沸騰点に達しようとしていた。おそらく相手も内野は嘘をついていると直感的に思っているのだろうが、それを裏付ける根拠もないので、その点についてはただ黙っているほかないのだろう。
「これ以上、うちの上司を待たせてしまうと、僕は大目玉を喰らってしまいますから。彼女の身柄は僕が責任をもってお預かりしますね。では、お邪魔しました」
相変わらずの白々しい口調であいさつすると、内野は霜華の手を引っ張ると、そのまま部屋から連れ出した。霜華はわけもわからず、眼鏡の男に従って歩くほかなかった。
警察署の建物から出ると、内野は霜華を車の助手席に乗せた。やがて、内野も車に乗り込むと、ドアを閉め、まわりに人がいないのを確認すると、おもむろに口を開いた。
「最近、首都圏では不審火が相次いでいるんだ。死傷者も数多く出ているが……」
「……私が、さっき遭遇した事件もそれだと言うんですか?」
内野は車のエンジンをかけると、そのままアクセルを踏み込み、素早い動きで道路に出た。信号を待つついでに、内野は霜華に説明を続ける。
「…どうも、手口が普通の放火とは思えないんだ。普通ではありえない場所から出火していたり、燃えにくい素材でできているのに、燃え広がっていたり……そう、まるで、超能力か魔術でも使ったかのように、不思議な燃え方をしているんだ」
内野は目で霜華をちらちらと見ている。霜華は内野が自分にカマをかけていると瞬時に理解した。しかし、霜華としても内野がその事件の背景について、どれほどの理解があるのかはわからないため、いきなり核心について話してよいのか悩ましかった。
「内野さんは何も知らされていなかったのではないのですか?」
内野はクスリと笑いをこぼした。信号が青になり、スムーズに車は進み始めた。
「あれは君を連れ出すための方便だよ。この事件の捜査権限は僕たちの部署にあるから、何が起きているのかは、きちんと知っているよ」
悪びれもせずに、内野はしゃあしゃあと答えた。霜華は内心で呆れながらも、この男は食えない人間であると理解した。言葉を選ばなければ、簡単に乗せられてしまう。
「失礼ですが、先程の様子を見る限り、内野さんは、あまり警察関係者の方に好かれていないようですね。好かれていないどころか、大いに嫌われているというか……」
内野は乾いた声で笑うと、その通りだと認めた。横目で霜華を見ながら続ける。
「…仕事柄、いろいろな方面で喧嘩を売ることが多くてね。特に、所轄の警察関係者からの評判はさっぱりさ。まあ、詳細を説明できない仕事だから仕方ないんだけど」
霜華は返答に窮し、そのまま沈黙を続けていた。車の運転には慣れているのか、混み合った道路でもすいすいと走り抜け、気が付いた時には桜田門のすぐそばまで来ていた。
「警視庁へようこそ」




