吐露
「…霜華のことをどう思っているか……ですか?」
「はい。霧矢さんが霜華さんのことをどう思っているのか、お聞かせ頂けると幸いです」
唐突なレイの質問に、霧矢はかすれた声で返答するのがやっとだった。しかし、レイは気に留めることもなく、真剣な表情を崩していない。
「……それを聞いて、どうするんですか……」
「あなたの心次第では、お嬢様の想いが無駄になるかもしれませんから。知るのであれば、早い方が良いのではと思ったのです」
レイは真っ直ぐに霧矢の目を見据えている。霧矢は顔から汗が滲み出てくるのを感じた。
「お答えできない、したくないのであれば、それでも結構ですよ」
「……それは…その……」
霧矢は返答に窮していた。レイは無理に話させるつもりはないようだが、本心から話してほしいと思っているのは明らかだった。
嘘の回答をすることもできる。適当にごまかすこともできるだろう。しかし、レイは誠意を見せておいた方が良い相手でもある。
しかし、問題なのは、霧矢が話せばレイはそれを美香に伝えてしまうことだ。この気持ちは美香や霜華には知られたくない。たとえ、いつか知られてしまうにしても、それが今であってほしくない。
「…話してもいいんですが……ただ……」
「…何でしょうか」
この気持ちは知られてはならない。だから、今まで誰にも話したことはない。親友である西村にも、師匠である雨野にも一切話さなかった。きっと、それは噂話として、誰かから誰かへと伝わり、本人の耳に入ることになるだろうから。
霧矢は視線を机の上に落とすと、ぼそぼそととても小さな声でつぶやいた。
「…美香に絶対に話さないと誓ってもらえるのなら……」
レイは少し面食らった様子で霧矢を眺めた。無理もない。美香に伝えるために聞くと言っているのに、霧矢が美香に話すなと言ったからだ。相手が相手なら憤慨してもおかしくないだろう。
恐る恐る霧矢は視線を上げた。憤慨、もしくは侮蔑的な表情を浮かべたレイがそこにいるかと思っていた。しかし、レイは微笑を浮かべていた。
「わかりました。お嬢様には一言たりとも漏らしません。お誓いいたします。ですから、お聞かせください。あなたが、霜華さんのことをどう思っているのかを」
「……わかりました」
霧矢は今の自分の心境に対して、複雑な思いを抱いていた。この事実は絶対に人に知られたくない秘密である。しかし、他方で誰かに知ってほしいとも思っている。
また、その相手はよく知らない人間で、そして、その相手も自分のことをよく知らない。だからこそ、そんな矛盾した気持ちを抱いたのかもしれない。
「…僕は、霜華の気持ちに気付いています」
これは、今までに口に出したことも、文字に書き起こしたこともない。
「今まで、ずっと、気付かないふりをしてきました。人から指摘されても、ごまかしてきました。僕はとんでもない鈍感な人間であると思わせるために。でも、僕はきちんと知っています。霜華は僕に好意を抱いているって」
「……でも、なぜ敢えて気付かないふりを続けているのですか?」
レイは理解に苦しむとばかりに、表情を硬くした。
「状況が変な方向に行くと、面倒だからです。僕には今の状態が一番いいんです。これ以上、下手に関係を深めて、もしも、厄介なことになったらと考えると……やはり…」
霧矢はそこで言葉を切った。沈黙を続けている霧矢にレイは口を開いた。
「意外と霧矢さんは、臆病な人なのですね」
「……そうかもしれません。いや、そうに違いありません」
あっさりと認めた霧矢に、レイは苦笑いを浮かべた。基本事なかれ主義で、面倒事を好まない霧矢にとって、何もしないで今の状況を保ち続けるのが最良だと信じていた。
レイは元の真剣な表情に戻ると、また一つ霧矢に質問した。
「背景事情についてはわかりました。ですが、霧矢さんは霜華さんのことをどう思っているのかについて、まだ、直接的な言及がないのですが、どうなのでしょう」
霧矢はしばらく沈黙したのち、やがて、深呼吸して口を開いた。
「……料理も上手いし、性格も決して悪くない。素性がよくわからないのと、少々子供っぽい一面があるのが玉に瑕ですが、根はしっかりしているのでまあよしとします。きっと、どちらかが相手に対して愛想を尽かすとしたら、僕が愛想を尽かされる側になるんじゃないかと思います。ええ……決して嫌いではないです」
我ながら何ということを話してしまったのだろうと今更になって思ったが、もはや後の祭りである。顔を赤くしながら、霧矢は視線を落とした。
「霜華さんの気持ちに気付いているのであれば、お嬢様との対立もご存知なのでは?」
レイの質問に、霧矢はため息をついて答えた。
「…ええ、知っています。一言で言ってしまえば、僕の取り合いですよね……」
「でも、表面上はなぜ仲が悪いのかさっぱりわからないふりをしている。下手に首を突っ込んで、状況が変な方向に行くと困る。つまり、臆病者だから」
レイはやや攻撃的な口調を見せていた。しかし、本気で霧矢を責めているわけではなく、目は優しい光を帯びていた。霧矢は苦笑いするとすべてその通りだと認めた。
「では、霧矢さんと霜華さんの仲では、お嬢様のあなたへのアプローチはすべて徒労に終わるのでしょうか?」
これが、レイが最も聞きたかったであろう質問であることは霧矢も即座に理解した。霧矢は答える。嘘やごまかしではなく、本心を。
「無駄ではないです。僕だって人の子ですから、心は大きく揺れ動きます。霜華より、美香の方が魅力的だと思う日も来ないとは言い切れません」
はっきりとした口調で答えた霧矢に、レイは安心したように微笑を浮かべた。霧矢は続けて答える。
「僕が、大学を卒業して、資格を取って、きちんと生活できるようになったら。それがタイムリミットですかね。その時点で、選べる相手がいれば、きちんと選びます」
霧矢は残っていたコーヒーに口をつけると、笑みを浮かべて締めくくった。
「以上が、僕の秘密です」




