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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第三章
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目撃

 ホテルに荷物を預け、特にやることもなくなった霜華は、東池袋の街を適当に散策していた。以前、東京に来た時に池袋も訪れているので、大体の感覚はつかめている。今日は特に目的があるわけでもないので、めぼしい観光スポットではなく、あまり人気のなさそうなスポットを見てみようと考えていた。

 浦沼とは違い、人ごみの中では様々な魔力の流れが生まれている。自然から発生する魔力が流れている浦沼とは対照的に、東京の人ごみからは人間が発する魔力が混ざり合うようにしてあたりに立ち込めていた。

「それにしても……どこに行っても、人ばかりだなあ……」

 できるだけ人が少ない方へと考えて歩いてきたが、その甲斐あってか、霜華は人気の少ない裏路地に入り込んでいた。

「何か、嫌な感じがするなあ……」

 高層ビルが立ち並んでいるためか、裏路地は太陽の光が届きにくく非常に薄暗かった。嫌な感じはするものの、霜華自身としては、このような場所は決して嫌いではない。火が届かずじめじめと湿ってはいるが、それは水の魔族として適した環境でもあった。

 ただ、感覚的に心地よい方向へ向かって、霜華は歩き続けていた。傍から見たらただの放浪癖のある人間があたりを徘徊しているようにしか見えないかもしれない。

「ん……これは……」

 霜華はふと足を止めた。水の魔力を用いて活動している霜華にとって、対となる火の魔力については非常に敏感だった。

 路地の先から、何かが燃えているのを感じる。それも、普通の火とはまた違った感触だった。この先で起きていることは、日常的に起こりうるそれとは違うと霜華は直感した。

 少し、気分を引き締めると、霜華は火の力をより強く感じる方へ向かって足音を立てないようにして進んでいく。

(…近い…それに、やっぱり、これは自然の火じゃない!)

 人気が少なくなるにつれて、どんどんと霜華は強く感じていった。そして、人には感知できない魔族由来の力ではなく、純粋な熱として感じるようにもなっていた。さらに、熱だけではなく、何かが焼ける鼻につく臭いも広がっていた。

 もはや路地はかなり狭くなり、幅は一メートルほどしかない。車はとても入れず、自転車でもすれ違うのに苦労する、そんな幅だった。

 曲がり角まで来ると、霜華は確信した。この先に誰かがいると。

 様子をうかがっていると、ふと、奥から声が漏れてきた。

「ひっ……く、来るなぁ!」

 声色は中年男性のものだった。霜華は角から顔を出すと、その様子を見た。

「い…命だけは、助けてくれ……」

 周囲に焼け焦げた臭いが立ち込める中、地面を這って逃げようとしている男は、普通の人間だった。しかし、その男を無言で追い詰めていた人間は普通の人間ではなかった。普通の人間であれば放出しているはずの魔力がない。

(魔族! 予想通り!)

 顔はよくわからないが、後姿から、若い女性であることは間違いない。霜華は気付かれないように、背後に回り込もうとした。

 足音を立てないようにして、曲がり角を曲がった瞬間、襲撃者の後ろ側に現れた霜華の姿を認めた男が、急に声を上げた。

「た、助けてくれ! こいつに殺される!」

(なんて余計なことを!)

 今更物陰に隠れても仕方がない。霜華は覚悟を決めると、手に氷の塊を作り出した。しかし、霜華の警戒とは裏腹に、当の襲撃者は霜華に対して何もしようとしなかった。

「……あなた、魔族ね」

 黒ずくめのスタイルで、帽子を深くかぶり、口元はマフラーで覆っている。そのため、霜華は彼女の表情を捉えることはできなかった。

 霜華は警戒を解かずに、一歩近づく。目で男に逃げろと合図するが、男はパニックに陥っているのか、ただ、情けない声を上げて地べたを這いずり回るだけだった。

「見られちゃったか……でも、口を封じるにしても、相手が魔族じゃなあ……」

「……何をしているの」

 相手は余裕を崩していない。声の抑揚が異常に低く、何を考えているのかも読み取りづらい。その筋で手慣れている人間と考えて間違いないだろう。

「た、頼む、そのバケモンを早く追っ払ってくれぇ!」

「うるさい」

 女は相変わらず抑揚のない、しかし冷たい声を出すと、男に向かって手を振り下ろそうとした。しかし、霜華はその瞬間を見逃さなかった。

 一瞬、ヒュン! という音がしたかと思うと、彼女は痛みの呻きを上げ、手をもう片方の手で押さえていた。霜華の放った氷の塊は彼女の手を弾き飛ばし、威嚇という役目を終えた氷の塊はコンクリートの壁に当たって砕けた。

 もっとも、氷の剣という形で相手の体に突き刺す、本物の戦闘で用いる攻撃的な術を放ったわけではないので、相手の身体に外傷はない。単に、手を弾き飛ばされ、行使しようとしていた何らかの術を妨害されただけだ。

「氷の塊…水の魔族か…」

「そういうあなたは、火の魔族でいいのかな。今、何をしようとした?」

 やや不満そうな声を出すと、彼女は親指で帽子のつばを押し上げた。彼女の顔が見えると思いきや、眼鏡を掛けていた。あくまでこちらに素顔は見せまいとしているのだろう。

「焼き殺そうとしたけど、あなたに邪魔された」

「殺すだなんて……何があったの」

 完全に喧嘩を吹っかけてしまった以上、こちらもそう簡単に引き下がるわけにはいかない。少なくとも、相手が本格的に戦いを仕掛けてくるまで、逃げるのは得策ではない。

「仕事だから。私の仕事。邪魔はしないで」

 プラスチックの焦げる刺激臭が鼻につく中、二人はにらみ合っていた。命を狙われている男は、腰が抜けてしまったのか、立ち上がることもできない。

「人殺しはこちらの世界じゃルール違反。捕まればただじゃすまない」

「そんなこと、私の知ったことじゃない。法律なんて無用だから」

 霜華に対して興味が失せたのか、彼女は踵を返すと、男を始末しようと再び歩を踏み出そうとした。霜華は術をもう一度放つべく身構えた。

「はあ……邪魔だな」

 足を止めると、彼女は初めて感情を込めた声を発した。うんざりした様子でため息をつくと、ゆっくりと霜華の方を向いた。

「あなたは、あくまで私の邪魔をするつもりということでいいの?」

「私の目の前で人を殺してほしくはない。そんなのはもうたくさんだよ」

「もうたくさん、と言うからには、あなたも人を殺したことがあるのか」

 彼女は再び抑揚のない口調に戻ると、眼鏡越しに霜華を見据えた。霜華は不愉快な気分になりながらも、吐き捨てるように答えた。

「あるよ。でも、それが嫌でこっちに来たんだから!」

「……魔族なら、別に珍しいことでもないのでは」

 彼女は冷静な口調で答えた。しかし、この問答で慌てだしたのは、彼女でも霜華でもなく、男の方だった。

「ふ、二人とも…さ、殺人経験ありだったのか…お、俺は、もう、おしまいだ……」

 その瞬間、男は動かなくなった。恐怖で気絶したと考えて間違いない。

「静かになったね。あとは、あなたを警察に突き出すだけ」

「……魔族を倒すのは骨が折れる。どっか行って」

 霜華は一歩下がる。強気な姿勢なのに一歩退くという妙な行動で、相手に一瞬の隙ができた。霜華はそれを見逃さなかった。

 次の瞬間、相手の頭上に激しい雹の雨が降り注いだ。

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