敗者
池袋駅の北側で、片平美香は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。顔は赤くなっており、目元はもはや半泣きになりかけている。
「何よ! ちんちくりんのくせに!」
一人、大声を上げると、美香は駅通路の壁を蹴りつけた。まわりの通行人は何事かと驚いた顔をするが、すぐに何も見なかったかのように、自分のペースで歩き続けていく。
「誰が、世間知らず、猫被り、出しゃばり、ろくでなし、浅知恵よ!」
霜華の指摘は正確すぎた。ただ単語を羅列するだけではなく、美香の行動を具体的に引き合いに出し、霜華は事細かに当てはめと論証を行っていた。そのため、美香は一切反論できず、彼女の前で涙を見せる前に、さっさと退散するほかできなかった。
「…あの半雪女…今度会ったら覚えてなさい……」
一人でぶつぶつつぶやいているうちに、北口から外に出てしまっていた。しかし、美香はもはや何も考えることなく、気の向くまま歩き続けていた。
(霧矢は、電話すらよこさないし……何をやってるのかしら)
苛立ちが募るものの、こちらから電話をかけようという気にはなれない。普通こういう時は、男の方から何かしらフォローを入れるべきだと美香は考えていた。それなのに、霧矢は何らのアクションも起こそうとはしていない。
(もしかしたら……)
昼間の駅の中で、みっともない大喧嘩を繰り広げた自分に、霧矢は愛想を尽かして、霜華と一緒にどこかに出掛けてしまったのではないか。
自分は、彼女よりも先に彼に対して、それも明確な言葉で自分の気持ちを伝えたというアドバンテージがあるが、それでも、共に過ごしてきた時間の長さは比べるまでもない。結局のところ、霧矢は、自分よりも彼女といた方が快適なのかもしれない。
「…でも、手に入れて見せる!」
変化が欲しければ、誰かから与えてもらうのではなく、自分の手で手に入れろと言ったのは、他ならぬ霧矢だ。今の自分はその言葉に従っているだけだ。
暖かな春の日差しに照らされながら、美香は池袋の街並みを歩いていく。誰にも付き添われずに、一人で街を歩くなど、初めての体験だった。
ハンカチで涙目になった目を拭うと、美香は深呼吸した。埃や排ガスを大量に含んだ都会の空気だったが、それでも、調子を元に戻すには十分だった。
(こうなったら、とことん、一人きりを楽しんでやる!)
霧矢かレイが自分を呼び戻すまで、徹底的に一人歩きを楽しんでみよう。そして、呼び戻されたときは、気が済むまで怒鳴り散らしてやることにしよう。そう思った。




