失踪
「おや、霧矢さんお一人だけですか?」
駅のロータリーに一人戻ってきた霧矢にレイは尋ねる。霧矢は疲れた声で答えた。
「……美香と霜華で喧嘩をおっぱじめました。僕の手には負えません」
「……喧嘩とおっしゃいますと……」
「殴り合いまでは、いってません。単純な口喧嘩です」
「……大方予想は付きますが、どのような喧嘩をなさっているのですか?」
「ひたすらにお互いの欠点を指摘しています。僕の手には余ります」
「……止めた方がよろしいのでは?」
レイが心配そうな表情を浮かべたが、霧矢はうんざりした顔で首を横に振った。
「放っておけばいいんです。そのうち、二人とも飽きて、こっちに戻ってきますよ」
霧矢はため息をつくと、東京の青空を見上げた。しかし、レイは逆にそわそわとした様子で、駅の方へ歩き出そうとする。
「どうかしましたか?」
「いえ、霜華さんが、どれくらい道に詳しいのかは存じ上げませんが、お嬢様は、このような場所では迷子になる可能性がありますので……」
霧矢は嫌な予感が背筋を走るのを感じた。レイは携帯電話を取り出すと、美香の番号にかける。しかし、電話に出る気配はない。レイが不審な表情で車のまわりをうろうろしていると、あっ、という驚きの声を上げた。
「どうかしましたか?」
「……携帯を車の中に置き忘れています……」
ガラス越しに車内を覗き込むと、後部座席に美香のスマートフォンが無造作に転がっていた。レイは焦りの表情を浮かべて霧矢を見た。
「…霧矢さん、至急探してきていただけますか?」
駐車禁止にうるさい都会では、車から離れるわけにはいかない。レイは、車にあった美香の携帯電話を霧矢に手渡し、車に乗り込むと駅の駐車場に向かって走り去った。
霧矢は駆け足で再び駅の構内に戻っていく。しかし、もはや改札口には霜華の姿も、美香の姿もなかった。
「やっちまった……」
霧矢はこの状況をレイに報告しようと、自分の携帯電話をポケットから引っ張り出したが、そこで、自分はレイの電話番号を知らないことに気が付いた。
背に腹は代えられず、勝手にいじって悪いと内心で思いながら、美香のスマートフォンから電話をかけようともしたが、こういう時に限って、端末にロックがかかっていた。
「畜生!」
霜華は携帯を持っていない。美香も携帯が手元にない状態にある。霜華は時間が来れば今日泊まる予定のホテルに行くのだろうが、美香はそうもいかない。クレジットカードは持っているようなので、最後の手段として、タクシーで家まで戻ることもできなくはないだろうが、どこかで迷子になってうろついている可能性が高い。
しばらく待っていれば、どこかの公衆電話から電話をかけてくるかもしれないが、それが霧矢の携帯にかかってくる可能性は低い。霜華は霧矢の番号を覚えているが、美香はあくまで携帯の電話帳から三条霧矢の項目を選択しているだけで、霧矢の番号を覚えているわけではない。
(…こうなったら……アレをやるしかないのか……?)
このご時世、同い年の相手に、迷子放送を依頼するなど虫唾が走る。しかも、何千何万という人間の中でなら、なおのことだ。それにこの建物の中に、他に彼女を知る人間がいる可能性も否定できない。
仮にも美香は名門女子校に通う良家の子女である。このような場所で、自身を呼び出す迷子放送を知り合いに聞かれでもしたら、彼女にとって赤恥以外の何者でもないだろう。
そこまで残酷なことができるほど、霧矢も鬼ではない。しかし、それ以外の方法は思いつかない。
「久々に、大失敗をしてしまった……」
人ごみの中で、霧矢は頭を抱えた。




