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Absolute Zero 5th  作者: DoubleS
第三章
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接触

「おーい。クリス君、いるかい?」

「……その声は…内野巡査部長……だね。入っていいよ」

 渋谷の裏路地にある小さな雑居ビルを内野は訪れていた。狭い廊下に立ちながら、油の切れたドアを開けると、お世辞にもきれいとは言えない事務所が広がっていた。

 大量の本や雑誌が散らばっている中、ドア越しに返事をした男がゆっくりと本の山の中から起き上がった。背はあまり高くないが、やや長めで艶のある黒髪を後ろでくくっていて、若さを感じさせる。実際の年齢は内野と大差ないのだが、外見は完全に二十歳になりたての大学生といった感じだ。

「……内野さん、久しぶりだね。でも、わざわざここに訪ねてきてくれたということは、また、あのバカが何かやらかしたと考えた方がいいかな?」

 散らばっている本を本棚に押し込みながら、クリスと呼ばれた男は、ソファーに置いてあった雑誌類をどけた。口調は内野のそれとほとんど同じだが、声は軽いながらも落ち着いた調子で、いつも明るく爽やかであることを心掛けている内野とは対照的だ。

 内野に座るように促すと、彼は冷蔵庫からお茶の入ったペットボトルを取り出し、グラスに注いでいく。

「……バカが何かやらかしたわけではないけどね。彼には数時間前に会ったよ」

「それで、あいつはなんて言ってきたんだ? 僕も最近彼とは会っていないんだ」

 クリスはお茶の入ったグラスを内野の前のテーブルに置くと、再び、本を棚に戻し始めた。内野はお茶に口をつけると、窓から都会の喧騒を見つめながら口を開いた。

「教団のアジトを…川崎にあるらしいが、それを叩きたいらしい」

 クリスは意表を突かれたように真顔になって顔を内野に向けた。

「珍しい。あいつにしてはまともなことを言うじゃないか」

「そのアジトに何があるのかを知ったら、評価も変わるよ。きっと」

「……何があるのかな」

 クリスは足元にある本をすべて棚に押し込むと、内野の向かいの椅子に腰を下ろした。内野はつい先程、塩沢から渡された報告書のコピーをクリスに手渡す。

「……やっぱりあいつはバカだったね」

 報告書に目を通したクリスは呆れ声を上げた。内野は同意したようにうなずく。

「…大量の可燃物を保管してあるアジトに、火の魔族、同じく発火を操る第一級危険人物、まわりは住宅地。こんなところに、乗り込もうと言うのか。あいつは」

「乗り込みたいようだけど、実際に行動に移すかどうかは別問題。あくまで最終的に決めるのは青葉さんだしね。ただ、仮に依頼があったとしても、塩沢も本気で乗り込むつもりがあるのかははっきりしないし、他の裏組織だって……」

「……アホな裏組織ならやりかねないかも。その…第一級危険人物、中里時雨の……」

 クリスは途中まで話して言葉を切った。しかし、内野はその言葉を引き取る。

「公安が裏金を使って懸賞金をかけている。中里時雨の身柄確保で三千万円、殺害でも一千万円さ。金に目がくらんだ連中なら、危険なんか考慮しないかもね」

 他人事のように話す内野に、クリスは眉をひそめた。

「青葉警視は何と言っているんだ?」

「…まだ何とも。ただ『外注』することには消極的だね。いくらなんでも、こんな状況じゃ、リスクが高すぎるし、下手したら、神奈川県警と断交状態になるかもしれない」

「……でも、彼女は首都圏で火をつけて回っているんだろう?」

「…まあ…そうだね。でも、被害者は今のところ、彼女を狙う裏社会の賞金稼ぎが返り討ちにされたりしている程度だし……それ以外でも、ヤクザくらいだから……」

 内野は目を宙に泳がせると、クリスの反応を待った。一方、クリスは無言でテーブルに視線を落としている。

 しばらく沈黙があたりを漂ったのち、先に口を開いたのは内野だった。

「…塩沢はどう動くと思う?」

「……さあね。殺すことで解決できるなら、問答無用で殺す男だ。ただ、もっと合理的で適当な方法があると言うのなら、そっちをとると思うけれど……」

「断言できないのが困った話だね。スナイパーライフルで遠くからズドンとか……」

「……それが一番、周囲に危険を巻き込まないやり方ではあるけれど……」

 クリスは途中で言葉を切った。一呼吸置いて、口を開く。

「…相手もそれくらい理解した上で行動しているよ。人ごみの中で動いて、障害物の多い路地を通っているようだ」

 内野は面食らったように背筋を伸ばすと、やや驚き顔でクリスを見た。

「何? と言うことは、君は彼女をマークしてたのかい」

 先ほどまで、まるで他人事のように話していたクリスが、彼女を追っていたということは内野にとって意外な事実だった。

「…やっぱり、懸賞金目当てだったりする?」

 猫なで声で問いかけた内野に、クリスはしかめ面になり、憮然とした口調で答えた。

「誰が、単なる金目当てで、人を殺したり、捕らえたりするものか。そこらの殺し屋と一緒にしないでほしいな」

「へえ、じゃあ、何の目的で、彼女を狙っているんだい?」

「……僕が狙っているのは、彼女じゃない。彼女の契約魔族の命だよ」

「…懸賞金が掛けられているのは、中里時雨であって、マリー・ハーシェルではないよ。そいつをぶっ殺したところで、何の意味もないんじゃないか?」

 内野は首を傾げてクリスに問いかけた。クリスは呆れ顔になると、軽い声で言う。

「…警視庁の人材ってのはおバカだな」

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