思索
レイの運転する車に乗って、霧矢と美香は都心の高架道路を突っ走っていた。専属の運転手とは異なり、レイの運転は多少荒っぽいが、それが逆に霧矢を安心させていた。
「それで、今日はどんな予定になっているんですか?」
「一応、時刻表を調べたところ、霜華さんの一行は正午くらいに池袋駅に着くようです。それまで、上野の美術館にでもお連れしようかと思ったのですが、お気に召されなければ他のところでも構いませんよ」
「いえ…もうそれだけで感謝感激です…」
平坦な口調で霧矢は答えると、うんざりした様子で後ろへ流れていく景色を眺める。
地元とは違い、東京に一切雪はなく、気温も非常に高くコートは必要ない。春物のジャケットのみで事足り、靴もスニーカーで問題ない。
(過疎化が進むわけだよなあ……)
霧矢の隣に座っている美香は、非常に楽しそうな表情で霧矢の横顔を眺めている。霧矢の気分と美香の気分は反比例するらしく、今の霧矢の気分の重苦しさは、そのまま美香の気分の高まりになっているようだった。
「……ところで、池袋で彼女と合流することになった後は、どうするおつもり?」
「知るか」
乱暴に霧矢は言い放つと、両目を閉じた。美香は美香で鼻歌を歌いながら霧矢に寄りかかろうとする。霧矢は身をかわして、助手席に座るべきだったと後悔した。
やがて、減速を始めた車は、美術館の前で止まった。
「…時間になったらまたお迎えに上がります。それまでごゆっくりご観覧ください」
レイはチケットを渡すと、そのまま車で走り去った。後に残された霧矢は、隣に立っている美香を眺めながらため息をついた。
「どうしろって言うんだ……まったく」
「…私のガイドをしてくれるのではないの?」
「……僕には、絵のセンスはもちろん、知識すらない。無理を言わないでくれ」
「美術を解せない男性ってがっかりするわ。もっとしっかりしてちょうだい」
「……勝手にがっかりするがいい。見るだけ見るが、僕は多分何も感じないだろう」
ゲートでチケットを渡して回廊に入ると、見事な風景画が並んでいた。
「…前衛芸術でないだけましだな。何を描いているのかわかる」
「……何を描いているのかじゃなくて、画家は何を伝えたいのかを考えて観るものよ」
美香に諭され、霧矢は絵の細部に目を凝らしてみる。しかし、霧矢には表層的な理解しかできなかった。霧矢にとって、絵に描かれているものは図としての意味しか持たず、何か深層に宿した伝えたいものがあるようには思えなかった。
次の絵に視線を移してみても、霧矢には風景画であること以上のことを感じることはできなかった。一方で美香は、感じ入ったように、絵の隅から隅までを眺めて、時折感心したようにうなずいている。
気が付いた時には、霧矢はもうすべての絵を観終わっていた。しかし、美香はまだ最初のフロアにいてじっくりと眺めている最中だった。先に観終わってしまった霧矢は、美香の邪魔をするのも気が引けたので、ロビーのソファーに腰を下ろした。
文学は好きだった。しかし、絵画はよくわからない。具体的なことは理解できるが、抽象的なものは全くと言っていいほどわからない。記号化されていなければ、ほとんどのものが理解できない。そんな人間が自分だった。
自分はつまらない人間かもしれない。芸術を解することができず、人に好かれるような振る舞いもあまりできない。やがて多くの人は自分から離れていくだろう。しかし、その時までに、孤独に耐えられるだけの心の強さを得られるだろうか。
独りを苦に感じなければ、人生は大概上手くいく。霧矢が十六年の人生の中で導き出した結論だが、それを実践できるほどの境地には達していない。境地に達したいと感じることもあれば、それを恐怖に感じることもある。
結局のところ、自分は中途半端で、何をするにも無駄が多い。非情になりきることもできなければ、優しさを徹底することもできない。
捻じ曲がった根性は、扱いに困る。その中途半端さ故に。




