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魔王立軍士官学校の聴講生  作者: ナナダイク


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9/12

第二話 勇者を倒せ!(4)

 4



「ごおおおおおおおおおお!」

 オークが人間離れした咆哮を上げた。


 超低周波の重低音が大気を激しく振動させ、音圧で地面の石が揺れ動く。バルフェルムがとっさに自分の耳を塞いだ。重低音は教官室の玻璃にヒビを入れ、木にしがみついた見物人を振り落としていく。どうやら初手で相手の聴覚を壊すのが、本気を出したオークの戦法であるらしい。チップも両手を耳に当てがい、音圧の直撃を避けるため右へ左へ走り回っている。逃げ惑う姿は笑いを誘うほど滑稽であったのだが、滑稽さに目を奪われ、大事なことを忘れてしまっていた。


 チップの手に剣がないのだ。


 耳を抑えるために投げ捨てたかと思われたが、地面にも落ちていない。


 剣の移動先を誰よりも先に見つけ出したのはスパイクであった。間近でチップの術を見たことが幸いしたようだ。呆けたように上空を見つめるスパイクの視線を追って、ぽっちゃりマダムをはじめ、他の教員も空を見上げる。視線の先に見えるのは、キラリと輝く銀色の光点。白昼に光る不思議な星はチップの真上に位置していた。


「あれは⋯⋯なんですのん?」

 ぽっちゃりマダムが疑問を呟く。

「あの小柄な少年が持っていた剣ですよ。たぶん」

 マダムの隣に立つスパイクが応える。

「彼が剣を持ち上げていた時、重さでふらついていた訳ではなく、勝手に飛び出そうとする剣を必死に抑えていたのでしょう。今は解放された剣が一撃必殺の機会を狙い定めている最中なのかもしれません⋯⋯これは、まずいことになりそうです」

「え?」

「以前、あの少年が言ってました。魔力を上手く制御できないため、常に最大出力になってしまう、と」

「やばいやん⋯⋯」

 マダムの顔色が変わる。そして、すぐに後ろを振り返った。

「ちょっと! 甦生(そせい)術の心得がある先生おらはります!? あとは回復魔法に効薬もあった方がよろしいやろ。お兄ちゃんも一緒に来てや」

 マダムがスパイクの魔導服を引っ張る。

「大魔老師にも手伝うてもらいますえ。なんやもう、大いそがしや」

「ホッホッホ、賑やかだのォ」

 にわかに騒がしくなった教官室の中、空に浮かぶ銀色の星を見上げて沈痛の面持ちを浮かべるスパイクであった。


 一方、錬士場内にいる者の中に銀の星を認めた人間はまだ存在しなかった。

 大勢の視線を集めるのはオークとチップ、そして飛び散る無数の石礫である。


 大地を踏み鳴らしてチップを襲うオーク。しかし、既(すんで)のところでチップは身を翻す。予備動作もなく身の丈を超える跳躍に見物人から歓声が湧き上がる。重力の影響をまったく感じさせない軽やかな動きは、まるで目に見えないロープで吊り上げられているかのようだ。


 いったい、どこからロープが伸びているのか。観客の目が空を見上げる。視線を上げた先で見つけた銀色の星にどよめきが起きた。彼らはようやくチップの手から剣が失われていることに気づいたのだ。


「おい、あれ⋯⋯」

 魔法に自信のある三年生女子の一団が宙に浮かせた絨毯の上に乗っていた。

「ああ。少年が持っていたはずの剣だ。攻撃ではなく回避に使うとは考えたな」

 背中を反らし、両足を投げ出した格好でくつろぐ女の子がニヤリと笑う。

「どういうことだよ」

 理解が追いつかない様子の少女が唇を尖らす。


「前に授業でやったろ? 何度も魔力を流し込んでる無機物に限界値を超える魔力を流し込むと増幅されて術者に戻ってくる、って現象だよ。たとえば、今乗ってるこの絨毯。アッシが子供の頃から何度も魔力を注いで鍛え上げたシロモノだ。今もこうして両手をついて魔力を流し込んでいると、わずかだけど絨毯から戻ってくる魔力を感じる。あの聴講生が使ってる剣は訓練で何度も魔力を注がれ続けた剣だ。条件としては申し分ない仕上がりだろう。そこへ膨大な魔力が注入されて、剣が持つ素質を覚醒させちまったのさ。あの剣の本質は誰かを傷つけるためのものではなく、持ち主をとことん守る”守りの剣”なんだろうな」

「じゃあ、今の状態は剣が術者を操ってるの?」

「うーん⋯⋯」

 眉間に皺を寄せ、一人称がアッシの女の子は唸る。

「わからん!」

「わからんのかよ!」

「じゃあさ、ここにいるみんなでこの絨毯に魔力を注いでみようぜ。逆流した魔力でどうにかなれば、アッシーナの解説が正しかったって証明になるし!」

「おい、やめろ!」


 きゃいきゃいと喧(かまびす)しい声を撒き散らしながら、絨毯が大きく揺れる。

 だが、その動きが注目されることはなかった。


 観衆の目を惹きつけたのはチップ対オークの新たな展開である。


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