第二話 勇者を倒せ!(5)
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ブンブンと大木のごとき太い腕を振り回すだけでは一向に勝負がつきそうもない。授業の時間は有限なのだ。チップを捕えることに固執した様子のオークだったが、すぐに戦法を変更する。広範囲への攻撃だ。魔法実技の授業らしく、手のひらに魔力を押し留め、小石くらいの大きさに圧縮。灼熱を帯びた光球を放つ攻撃魔法が次の一手となる。腕の角度次第で狙った方向に撃てる上に、魔力量によっては連射も可能なため、使い勝手がすこぶる良い。上達すると、ここに様々な属性を付与することができるようになるが、オークのレベルではまだ灼熱が精一杯のようだ。
チップの軽やかな跳躍が阻害された。飛んだ場所に火の弾が飛んでくるのだ。当たれば火傷は確実。当たりどころが悪ければ、死も免れまい。
眼球すれすれの位置を火焔を帯びた空気が横切る。
——遊びの時間は終わりだ
チップの中からチップのものでない声がした。
体の奥底に満ちる無限の魔力。その黒々とした深淵の奥からチップの心を覗き込む双眼に瞼はない。正面だけをじっと見据える黄檗色の眼。瞳孔と虹彩の一部は黒いため、果実の断面にも見える。
——我が力、とくと味わうがよい
チップを吊り上げていた銀色の光が膨張する。瞬く間に巨大化したそれが、濃い瘴気によって年中どんよりとした曇り空を強いられている森を眩しく照らす。視界が漂白され、眩惑する人々。光に慣れた目が再び視界を取り戻すと、そこには驚くべき物体が出現していた。
一言で表すなら”銀色のドラゴン”であろうか。
錬士場の約半分を占める巨体の表面を覆うウロコは一枚一枚が極限まで磨き抜かれた幅広の両刃剣を思わせる形をしており、それらが呼吸するかのように開いたり閉じたりの動作を繰り返している。尻尾から頭に向かって絶え間なく波打つ銀の輝きは感嘆に値する美しさだ。やはり頭が弱点であるのか、巨大な銀色の鳶型盾が載っている。その下、顔とおぼしき場所に目鼻は見当たらない。例えるなら帆船軍艦の船首楼だろうか。窓に当たる部分は黒で塗りつぶされ、なだらかな曲線を描いて下顎のようにも見える船嘴へと続いている。口がどこにあるのかも不明だった。
どうやら口から炎を吐き出して大暴れするタイプではないらしい。
短い前足、太い後足。二足歩行と思われる躯体において最大の武器が尻尾のようだ。長い尾の先端には頭と似た形の楼閣がついていた。いや、楼閣に似た模様の戦棍と言った方が正しいだろう。芥子の鞘を思わせる形状をしており、至る所に銀色の棘が突き出している。これを振り回して相手に致命傷を負わせるのだ。
「あのウロコの剣が”竜殺しの剣”のネタ元になってたりするのかなぁ」
誰かがぽつりと呟いたその一言が、美しさに目を奪われていた観衆を一気に我へと返らせる。
「たしかに! オークが竜を倒せば竜殺しの剣だけじゃない! 刃でできた竜鱗の鎧だって手に入るんだ! オレはオークを応援するぞ!」
「竜を倒せオーク!」
「その竜に隠れてる小さな勇者にも勝っちまえ!」
「オーク! オーク! オーク!」
打算に目が眩んだ学生たちがオークに声援を送り始めた。
そんな下心アリアリの声援でもオークの力にはなったようだ。
呆気に取られていたオークの目に活力が蘇る。
「ごおおおおおおおおおおおおおお!」
オークが吠えた。
二大怪獣による煉獄の死闘はついに決着の時を迎えようとしていた。




