第二話 勇者を倒せ!(6)
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これ見よがしにドラゴンが尻尾を振る。
受け止めるつもりなのか、オークは両腕を広げて待ち構えていた。
棘だらけの戦棍の鞘はもちろん、その手前の小さな刃にまみれた部分でさえも掴めば腕をも切り落とされかねない。それでもオークの野生の勘がそこに勝機を見出したということなのか。観衆は固唾を飲んで二大怪獣の動向を見守っている。
尻尾が大きく撓った。勢いをつけて戦棍をオークにぶつけようと、ドラゴンは巨体を半回転させたのだ。”死”という文字が勢いを殺すことなくオークへと襲いかかる。
当たれば”死”。かすっても”死”。受け止めても”死”、だと本能で察したのだろう。オークは容姿から想像できない素早さでドラゴンの足元に向かって回避した。ドラゴンもその動きを視認したらしく全身の鱗をハリネズミのごとくそばだてる。結果、鱗の切先が四方八方からオークに向けられることとなったのだが。
理性と知性を兼ね備える一般人であれば、素直に負けを認め、降参するであろうこの場面でも、オークは諦めなかった。
なにを考えてか体内に秘めた魔力を身体の表面に纏い始めたのだ。属性はもちろん灼熱。魔力にて鱗の刃を溶かしてしまおうという算段なのだろうか。
「ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
オークが吠えた。
吐き出す息ですら、かなりの熱を帯びているようだ。
もはや、どちらがドラゴンなのかわからなくなってくる。
銀のドラゴンからも困惑が伝わってきた。
この奇怪な生物を嫌ったのか、銀のドラゴンは距離を空けることにしたらしい。後頭部から背骨に沿って尻尾に至る文字通りの竜骨に変化が現れた。透明感のある翼が出現したのだ。二、三回大きく羽ばたくとスーッと音もなく浮き上がる。ドラゴンにとって翼は巨躯を浮かせるためのものではなく、空中での姿勢を安定させるために必要とするようだ。
地上で闘魂を燃やし続けるオークと空中へと舞い上がったドラゴン。戦いは新たなプロセスへと移行する。
ドラゴンが宙へと移動した際、浮遊術を使って見物していた三年生の幾人かが驚いて墜落したが、大事には至らなかったとのことなので安心してほしい。
ともあれ、対地・対空戦闘である。
こんな場面でこそ魔力弾が効果を発揮すると思われるのだが、肝心のオークはすでに魔力切れであった。持てる魔力をすべて出し切って己の身に纏ったのだ。バカなことをした、とオーク本人も思っていることだろう。バカな点は他にもある。灼熱を纏ったことによってオーク自身が大火傷を負ったのだ。本来であれば攻撃に用いるべき魔法を防御の一環として術者自身に纏わせる場合、ダメージを負わないために踏む手順がある。だが、オークは人並外れた腕力を過信し、知力の増強を怠ってきた。その行いがここにきて露見したわけだ。二大怪獣の対決は自業自得によるオークの自滅という形で、あっけない幕引きとなった。
オークから殺気と魔力の反応が消失したためか、空中のドラゴンにも変化があった。輪郭がぼんやり滲んだかと思うと、ドラゴンの巨躯が淡く光る雲に変じたのだ。雷雲に見える小さな雲の塊は、やがて濃い瘴気に溶けて同化してゆく。それに紛れてゆっくりと降下する物体があった。雲と瘴気の帯を引いて落ちていくそれは地上の近くで姿を現す。剣を携えたチップである。
こちらも魔力と体力、精神力を振り絞って戦っていたのか、地面に足を着くなりパタリと倒れてしまった。
ぽっちゃりマダムを先頭にやってきた救援部隊がオークとチップを取り囲む。それを見越していたかのように終業の鐘が鳴った。全校生徒と教職員を巻き込んだ一大イベントがここに終了したのだ。
散りぢりに去っていく三年生たち。口から出てくる話題はどれも同じく「どっちが勝ったのか」だった。
貴賓室から勝負の行方を見守っていた生徒自治会役員の面々も同じである。侃侃諤諤と議論を交わし、現状では6対4でチップが優勢のようだ。しかし、「果たして、ドラゴン=聴講生という認識は正しいのか」という議題が上げられた結果、議論は更に混迷を深めていくのだった。
「セリーニ様はいかが思われますか?」
議論の輪から少し距離を置いた位置に立つ小柄な少年がセリーニへ話を振った。彼女からの返事はない。セリーニは今、机の上に広げた分厚い書物と真摯に向き合っているのだ。その様子に少年は興味を惹かれたらしい。大きな丸眼鏡の奥に収まった冷静な細目を見開き、机上を覗き込もうと首を伸ばす。だが、積まれた別の本が邪魔をして肝心な部分が見えてこない。少年はこっそりと足を動かしベストポジションを模索する。右往左往の結果、ようやく見つけたポジションは奇しくもセリーニの真横であった。
「⋯⋯マルベル総書記」
セリーニが声を出す。
「魔導教官のスパイクを呼んできてちょうだい。大事な話があるの」
「は、はいっ!」
役職付きで名前を呼ばれた少年は折り曲げていた腰をまっすぐ伸ばし、行進訓練の動作で部屋を後にする。
指示を下してもなおセリーニの目は目の前の本に釘付けだった。
開かれた本に記されていたのは図版である。錬士場に出現したドラゴンととてもよく似ていた。
「あれがもし神界と人界とを繋ぐ梯子船だとしたら⋯⋯お父様に褒めていただけるわ」
声を押し殺して笑うセリーニの表情はかなり苦しそうなものであった。




