第三話 書を捨て、旅に出よう(1)
1
「軽傷者は他の先生に診てもらい! オーク君はこのまま寮に運ぶで! そっちのちっちゃい子は⋯⋯どないしよ、スパイク先生お願いしてもええやろか?」
「あ、はい」
激闘が終わってしばらく経つも錬士場は騒然としていた。二学年寮の寮母であるぽっちゃりマダムを筆頭に、魔導教官たちが忙しく動き回っている。名指しされたスパイクはチップのもとへ駆け寄ると、砂埃にまみれた彼の体をそっと抱え上げた。顔についた砂を払うも見える範囲に出血などは見当たらない。細い腕も筋肉とは無縁の薄い身体を包む服もひどく破損はしていないようだ。スパイクはホッと胸を撫で下ろす。だが、問題はまだ解決していなかった。
チップは聴講生である。
生徒であれば寮のベッドで療養もできるだろう。しかし、チップにはそのベッドがない。医務室の使用も考えたが他の生徒の目もあるため、できれば避けたい。彼はもう魔王立軍士官学校において有名人なのだ。見物人が後を絶たないようでは授業にも支障が出ることだろう。教員宿舎も考えたが、生徒をベッドに連れ込むとなると、いらぬ疑惑を招きそうなのでスパイクとしては避けたいところだった。だからといって、この状態で帰宅させるのも気が引けるのだ。
「スパイク先生」
途方に暮れるスパイクの背後から彼の名を呼ぶ声がした。チップを抱えたまま振り返ると、そこに立っていたのは生徒自治会執行役員において総書記を担当する少年である。
「ああ、君はたしか生徒自治会の——」
とっさに名前が出てこない。
「一学年にして総書記に任ぜられましたマルベルです。マルベル・レシュウォット」
大きな丸眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら答える。
「一年生か。体の方はもう大事ないのかい?」
「他の一年のことはよくわかりませんが、私は彼らより回復力が高いらしいのです。あの程度の傷であれば半日で完治しますよ」
強気を装ってはいるが、当のチップを前にして冷徹ぶりに綻びが見え隠れしている。そのあたりが年相応の反応に見えて、なんとも微笑ましい。そんなスパイクの表情に気づいたのだろう。マルベルは顔から感情的な要素を消すと、事務的に要件を述べた。
「セリーニ様がお呼びです。大至急、貴賓室までお越しください」
セリーニの名を聞いて、スパイクははたと膝を打つ。
決してヤジ馬を寄せ付けず、絶対的な安静かつ安全が保障できる場所をひらめいたのだ。
「よし、行こう!」
チップを抱えたまま、スパイクは速やかに移動を開始した。




