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魔王立軍士官学校の聴講生  作者: ナナダイク


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第一話 騶強龍弱の学舎(3)

 3



 チップの実技デビューから数日経ったある日の朝。


 濃い瘴気(ミアズマ)によって森は白の世界に沈められていた。禍々しい魔王の城も背後に聳える黒き山も真白き雲で覆い隠され、まるで誕生したばかりの無垢な大地に立っているかのような錯覚さえ覚える。これほどまでの濃い瘴気に身を置いていても肉体は人としての形を保っていられるのだろうか。男はふと湧いた疑問を確かめるため、片方の腕を目の前の虚空に突き出した。腕の動きに沿って瘴気が煙に似た動きをする。輪郭は霞んでいるものの、肉体も自意識もまだ溶け出していないことに安堵した。視程は腕一本分。これでは気配を殺した手練れが近づいてきても気づくこともないだろう。

 

「過酷な環境に子どもたちを集めて、いったいどんな強者を育てようとしているのでしょうか。あの魔王(ヒト)は」

 若い男がポツリと呟く。

 頬を隠すくらいに伸びた青みがかった長い髪。額には緑色の石が連なる帯状の飾りを纏っている。肌は病的に白く、瘴気との同化を心配する素振りも十分に納得できる色合いだった。長く華奢な手足と身体を覆うのは学校指定の黒い教員用魔導服。これさえ着ていれば、体力と戦闘力が自慢の腕力一辺倒型生徒にもナメられることはない。幸薄そうな顔立ちが災いしてか、あらゆる生物の中でも特筆して最弱だと思われやすいのだ。


 そんな彼の背後で瘴気が不自然に動いた。

「おはようございます!」

 一瞬、ビクリと身をすくませたものの、すぐに何事にも動じなかったかのように姿勢を改める。

「⋯⋯おはよう。早起きだね」

「先生こそ、どうしたんですか。こんな朝早くから」

 声をかけた生徒はチップであった。聴講生が参加可能な授業がない日でも学校には毎日通っているのである。目的は敷地内にある図書館だ。開館前から閉館時まで居座っているため、職員の間ではちょっとした有名人になっていた。今日の目的も蔵書漁りである。大きく膨らんだバッグの中身が気軽につまめる食料なのは言うまでもないだろう。


「⋯⋯僕はこの学校の地相を見ていたのさ」

「地相?」

 聞き馴染みのない言葉にチップの目が好奇に輝く。


「そう。たとえばこの瘴気。窪地や湿地に溜まるのは珍しくないけど、学校は開けた平地にある。魔王城の背後に立つ黒き山から吹き下ろすにしても、この森に溜まるのは不自然だ。もしかしたら地相的な仕掛けがあるのではないかと思ってね」

「自然の理と考えていた現象が実は人の手による事象だったということですか!?」

「興味深いだろう?」

 男がニヤリと笑う。

「ここの地相を図に表すと⋯⋯」

 男はその場にしゃがみこむと地面に木の棒で図面を描き始めた。


「この菱形が黒き山だ。尾根は四方に伸び、やがて白き山の尾根と重なるんだが今は省く。理気は高い山から生まれ尾根に沿って流れるとされている。白き山からは白き理気が。黒き山から黒き理気が生じると考えるなら、黒き理気は生命に悪影響をもたらすこの瘴気で間違いないだろう」

 几帳面な性格らしく、丁寧に図面を描き込んでいく。

「これを理気盤に当て嵌めると、黒き山の下にある魔王城と学校の位置は方位四色象(ししょくしょう)で朱炎となるが、正門の方角は青流だ。左側が高い黒き山、右に低い森という地形は地相的に騶強龍弱《すうきょうりゅうじゃく》の凶相とされ、その地に住むと血気盛んで攻撃的になってしまうが勝負事には強くなるという⋯⋯ふむ」

 男の動きが止まった。

 長考に入ったらしい。


「あの、先生?」

 困惑した様子でチップが声をかける。

「ああ、すまない。まだ結論を出すには早かったみたいだ」

 膝についた土を払い落とすと、ゆっくり立ち上がった。

「ともあれ、地相学に興味を持ってくれたのは嬉しかったよ。ああ、そうだ。自己紹介がまだだったね。僕はタグ・スパイク。上位魔導士として君たちを指導することになった者だ」

 握手を求めて手を差し出す。

「チップです。チップ・ピボット。聴講生として学校に通ってます」

 その言葉を聞いて、スパイクの顔がこわばった。

「⋯⋯すると、君が一年生を全滅させたっていう話題の聴講生か」

「すみません。まだ自分では魔力の加減ができないんです」

「ちょっと信じられない⋯⋯じゃあ、魔法を使う時は常に最大火力ってこと?」

「はい。自分の力を上手に使えるようになりたくて聴講生に応募したのです」

 チップの表情を見るに嘘をついているようには見えなかった。

 

 通常、魔法は経験を重ねることで威力も魔力も上っていく。たとえ大魔導士の血筋に生まれようとも、幼児の段階で究極魔法を扱うことはできない。それが常識だ。だが、チップは正当な訓練を受けてないにもかかわらず、訓練を受けた者たち全員を簡単に打ち負かしてしまった。もし、チップが例外中の例外でないとしたら、どうなるだろうか。チップの魔力を誰もが持って当然のレベルだとしたら。今度は選抜試験の有効性に疑問が生まれてしまう。幹部候補生全員の素質に疑いが生じてしまうのだ。


 だからといって、チップを即座に特別扱いすることはできない。学校側が一度だけの実績を実力として認めることはないのだ。相手が一年生だったことも大きいだろう。聴講生として校内施設の利用を許可しているということは、この先の魔法実技で才能を発揮してみよ、というのが学校としての考えなのだろうか。


「⋯⋯事情はわかった。僕も聴講生として座学への参加時間を増やせないか学校に掛け合ってみるよ。できれば、僕の授業に参加してほしいからね」

「本当ですか! ありがとうございます!」

 チップは素直に感謝を伝えた。

「もし、もっと学習機会を増やしたいのであれば魔法実技をがんばるといい。君にしかできない特別な能力をみんなに見せつけてやるんだ。次の相手は二年生になるだろうが遠慮はいらない。存分に腕を振いなさい」

「はい!」

「せっかくだから、僕にも一年生を打ち破ったという魔法を見せてくれないか?」

「もちろんです! ええと、すみませんが、その手に持ってる木の棒を貸してもらえませんか?」

「ん」

 拾って以来、指示棒のように振るっていた木の棒をスパイクは渡した。たまたま地面に落ちていたから拾い上げただけで、そこにタネも仕掛けもありはしない。


「では、いきます」


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