第一話 騶強龍弱の学舎(2)
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その日の夜。
瘴気がより濃く深く漂う森の最深部にその城は存在する。国民から魔王城の愛称で親しまれるその城に、今宵は珍しく燈火が灯っていた。この光は常日頃から慌ただしく世界を駆け回っている城の主人が在城している何よりの証でもある。
燭台から放たれる淡いオレンジ色の光がテーブルに並んだ料理と食事を楽しむふたりの人物を照らし出す。ひとりは燃え盛る炎を思わせる赤髪が印象的な黒いドレスの少女だ。生気あふれる金色の瞳に髪がかかるのを嫌ってか、ボリュームのある髪を耳の後ろでひとつに束ねている。軍士官学校の生徒にしては幼く見えるのは、人形のように整った顔立ちのせいだろうか。それとも、座面の下でぷらぷらと収まり悪く揺れる足のせいだろうか。
少女は額に垂れ落ちる髪の隙間からチラチラと向かいに座るもうひとりの人物を盗み見ていた。その人物は少女の視点からすると、頭が天井に届きそうなほどの大男であった。体躯の幅もテーブルのそれを優に超え、両手のナイフとフォークで料理をちまちま啄む姿はとても窮屈そうで滑稽ですらある。少女はその姿を見て声を殺して笑っていたのだ。
「⋯⋯なんだね、セリーニ」
視線に気がついたのか、大男は困惑した様子で声を発した。
「だって、お父様⋯⋯おっかしいんですもの!」
我慢も限界であったのか、名前を呼ばれた少女は口を大きく開けて笑い始めた。片手を痙攣する腹筋に押し当て、もう一方の手は椅子から転げ落ちまいとテーブルの端を掴んでいる。ドツボらしく、目にはうっすらと涙も輝いていた。
「そんなにかね。ふむ⋯⋯」
大男は手にしたカトラリーを静かに皿の上に載せ、節くれ立った指で尖った顎を撫でる。愛娘の笑い声はまんざらでもないようだが、燭台の光をもってしても照らし出せない黒い双洞は困惑を色濃く残したままだった。
小さな娘に翻弄される大男。これが世界を統べる大魔王の姿である。
鋭利に尖った顎、大きく平たい鷲鼻、窪んだ眼窩は洞窟を思わせるほどに深い。頭を飾る長い灰色の髪は美しく整えられており、気品と優雅さを見事に演出していた。セリーニと同じく黒を基調とした服装は背景の闇と同化し、胸元のナプキンだけが異質な白さを放っている。そのナプキンがリフレクターとなって、それぞれの顔を浮かび上がらせているのだ。魔王の場合、なんといっても目を引くのが顔中に刻まれた無数の皺であろう。光の加減によっては怒っているようにも笑っているようにも見え、魔王としての威厳を醸し出している。その皺の多くがかつて勇者との死闘によって刻まれた傷の跡だと信じている民も多い。セリーニのツボは顔の細かな造作ではなく、特異な体型にあった。
上半身を一言で言い表すなら正三角形。ものすごい撫で肩であり、その頂点に菱形の小さな顔がついている。サイズが小さければお洒落な折り方をされたテーブルナプキンに見え、食事の席でも違和感はなかっただろう。しかし、実際はナプキンの何百倍もの大きさなのだ。テーブルを覆わんとする三角形が小刻みに揺れ動きながら窮屈そうに食事をする様が、セリーニにはなんとも滑稽に見えたのである。
笑いの波が一段落して、セリーニはゆっくりと呼吸を整えた。食事の続きを無事に終え、食後の飲み物が運ばれてくる。
「おかしいといえば、今朝こんなことがありましたの。一年生の魔法実技での出来事ですわ」
ティーカップを持ち上げ、立ち昇る香りを楽しみながら、セリーニが静かに語り出す。
「新参の聴講生が信じられないくらい強力な魔法を繰り出して、一年生が全滅させられましたの。すぐに私が回復させたので大事には至らなかったものの、使った本人はなぜかキョトンとしていて⋯⋯思い返しただけでも腹が立ちます!」
「いつも冷静なおまえが感情を露わにするとは珍しい。そんなにすごい技だったのかね?」
「それはもう! お父様も一度見るべきだと思いますわ。あんな魔法、今までに見たことがないのですから!」
「ほうほう、それは実に興味深い。しかし、我とて多忙な身の上。かわいい愛娘の頼み事は是非とも聞き届けてやりたいが」
「でしたら上位魔導士を何人かお貸しください。あの男にギャフンと言わせないと気が済みません!」
魔王は再び大きな手を顎に添わせる。
「⋯⋯よかろう。魔神の封印解除にと思って連れている魔道士をひとり置いていこう。若いが腕は確かだ」
「ありがとうございます、お父様!」
テーブルの上を走って魔王に抱きつきそうなテンションでセリーニは感謝を伝えた。
「一日も早く魔神の封印場所が見つかることをお祈りしておりますわ」
「ああ、ありがとう」
魔王は目を細め、セリーニの言葉に頷いた。




