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今様趣味のお茶会

 蒼玉、紅玉、碧玉、宝石を液体に溶かしたような甘い炭酸水のグラスが並ぶ。

 あちらには緑の液体が入った装飾的なグラス。どこかのご婦人が砂糖だろうか、きらりと光を反射する白い粒をひとすくいした金の匙を乗せ水をたらす。儀式めいた作法を、アンナは不思議に見た。

 

「アンナさんには早いわよ」

 ソフィアが笑う。


 

 枯れていた芝生が柔らかい緑を取り戻し、花々のつぼみがほころび始めた今日、アンナはソフィアに連れられて、彼女に縁ある婦人と子どもたちの集いに参加した。

 春の暖かい空気を堪能できるガーデンパーティー。淡い色と機械織りレースのあふれる中にあって、ソフィアはひときわ美しい。

 ジャスミンの残り香を追い、アンナは首すじがかゆいのをこらえて淑女の笑みを浮かべる。

 王都に居を移してはや一年、少しはこの地になじんだだろうか。

 

「ソフィアさま、ごきげんよう。あら、こちらのお嬢さまは、もしや」

「ええ。息子の婚約者で、アンナと申しますの」

「まあ、お噂はかねがね……ふふ、少し、想像していた方とは違いそうですわね」

 値踏みするような視線が、アンナの全身を舐め回す。

「んまあ、悪い噂でなければよろしいのですけれど」

 紹介にあずかり淑女の礼をとった。うふふ、ほほほ、柔らかい笑顔の下から、何かよくない感情がにじみ出ているように感じてしまうのは被害妄想だろうか。

 田舎育ちのアンナは社交に慣れない。だからこそ、アンナはここでソフィアの背を見失うわけにはいかない。この婚約は王命。何があろうとも、自分は立ち続けなければいけない。

 

 少し離れた場所でひときわ華やかなざわめきが起きた。見やると子息たちが集まり、なにやら肩を小突きあいながら笑っている。中心にいるのはエリクス。

 この日のためにソフィアが見立てたのは、襟元と袖口にレースをあしらった象牙色のシャツ。胸元のリボンタイは黄みを帯びた明るい薄紅色。男性には難しい色遣いを嫌味なく着こなしている。対して同じ色の揃いの衣装の自分は、と悲観にくれかけ、レースのずれをなおすふりでそっと首元を搔いた。

 

「母上」

「ソフィおばさま!」

 

 しばし思考に沈んでいた間に、あちらで合流した婚約者とリリアがやって来た。今日のリリアは八重咲きの撫子。ドレスと共布の帽子にガラスのビジューが輝く。きらきらと、金の髪が風に揺れる。

 

「ま! エリクスさまとリリアさま、まるで一対の絵のようですわね」

 

 誰かの軽口に、アンナの胸がすっと冷えた。

 

「うふふ、うれしいわ! わたし、エリにいさまとはとってもなかよしなの」

 くるり、くるりと回り、そのまま芝に足をとられたところをエリクスが腕をとって支えた。

「あっ。にいさま、ありがとう!」

「まったく、リリアはおてんばなんだから。こんな従姉妹をもった僕の苦労を、みなさま察してくださいよ。それに…………」

 

 リリアの手を離してひと呼吸。ゆっくりと周囲を見回しアンナの隣に立つ。

 

「僕の婚約者は、このアンナですよ。今日の衣装だって、ほら、揃いだ」

 

 大げさに肩をすくめ片目を閉じる。冗談めかしたエリクスの演出で思わぬ注目の的になってしまい、アンナは内心縮こまる。が、幼い頃から叩き込まれた貴族の矜恃で、なんとかうつむくのをこらえた。

 

「ええっ、ずるい、にいさま! わたしを仲間はずれにしないで!」

「仲間はずれになんてしてないよ、リリア。ね、アンナも何か言ってやってよ」

「え……私は……」

「ずるいずるい! わたしもアンナさんとにいさまとおそろいがいい! ねえ、だめなの?」

「リリア、機嫌を直して。みなさまも困ってる」

「だって!」

 

 濃青の瞳に、みるみるうちに透明の膜が盛り上がる。アンナには対処法がわからない。おろおろしていると、ぱん! ソフィアが扇子を開いた。

 

「エリクス、二人に飲み物を取ってきてちょうだい。わたくしはいらないわ。……アンナさん」

 

 そっと扇子で耳元を隠され

 

「すまないのだけれど、合わせてくれないかしら。こうなると長いのよ」

「あ……はい」

 

「リリアちゃん、アンナさんもお揃いよ。だから泣かないで」

 リリアの手を取って微笑むソフィア。

「だって……アンナさんは……」

「アンナさんも、ね」

 

 ちらり、有無を言わせぬ視線を向けられ、アンナは心ならずもうなずいた。断る理由などどこにもない。ここで泣かれてしまって、パーティーが台無しになるよりよほど良い、と、つとめて自分に言い聞かせる。

 

「ほら、ね。エリクスと三人で、同じ撫子色よ」

 

「…………そうよね!」

 

 リリアは勢いよく顔を振り上げた。まばたきひとつで涙は乾いたらしい。あまりに急激な感情の乱高下にアンナが取り残されている間に、婚約者と揃いの衣装は『三人でおそろい』に書き換えられた。

 

「うふふ。おばさま、ありがとう! おばさまならわかってくださるって知ってたわ!」

 抱きつかれたソフィアは少し困ったように眉を下げ微笑んだ。まるで母が我が子に向けるような、その慈愛にあふれた表情が、ちくりとアンナの胸を刺す。

 

「リリアちゃん、お騒がせしたことをみなさまに謝りましょう?」

「はい! うるさくしちゃってごめんなさい」

「私からも、お詫び申しあげます」

 ガルシアに連なる者の不始末であれば、ここは自分も頭を下げるべき場面だろう。アンナは深く膝を折った。


 

 この騒動を、かわいい子どもの癇癪と周りは解釈することに決めたらしい。冷えた空気は暖かさを取り戻し、場にはふたたび衣擦れの音と笑い声がさざめく。

 

「……もう、おさまった?」

 

 見計らったような頃合いでエリクスが、器用に両手を使いグラスを三つ持って戻ってきた。

「んまぁ、エリクス。あなた、また……」

 苦言を呈しかけた母に、いたずらっぽい表情で、ぺろりと舌を出す。

「んもう」

 これみよがしにため息をつくソフィアに、エリクスが笑った。

「リリアは、はいこれ。こぼさないように取って」

 二つのグラスで挟むように絶妙の加減で持ったグラスを渡す。

「もう! にいさまったらずぼらなんだから。二回に分けて運べばいいじゃない」

「そうしたら、二回往復するのは僕の役目だろう?」

「とうぜんよ!」

「いやだよ。足が棒になってしまう」

 

 くすくす、笑い合うふたりと微笑むソフィア。慣れたやり取りがまぶしい。

 

「アンナは甘い炭酸水とレモネード、どっち?」

「ありがとうぞんじます。それでは、レモネードを」


 

 うっすらと着色された薄紅色のレモネード。皮ごとのレモンが沈められたそれは、思ったよりも苦かった。

 

 

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