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練兵場

 レグナリア王国軍王都練兵場。

 

 土を踏み固めただけの訓練場の一角に、週に一度の頻度で通う権利をアンナが得てから半年が経った。



◇◇◇

 

 初冬の乾いた風が吹き付ける中、木剣のぶつかり合う音を聞きながら、ヴィルヘルム・ガルシアは訓練を監督するランツ小隊長に短く問うた。

 

「どうだ」

 

「ずいぶんマシになりましたよ。突然長官がお連れになった時にはどんな冗談かと驚きましたが」

 自分が職務中に冗談を言うことなどなかろうに無駄な軽口を、と、わざわざ口にしない。多弁に重要な情報が埋もれる危険は減らすべきだ。

 

 小隊長が指し示した先、栗色の髪を後ろでみつあみに束ねた少女が一心に木剣を振っている。

 本格的な冬の到来を感じさせる肌寒さの中、くるりとうねった額のほつれ髪から汗の雫が散るのを見た。

 

「あまり、上手くはないな」

「当たり前です。木剣を握ってたった半年のレディに追いつかれたのでは、我々の立つ瀬がない」

「それにしても、だ」

 

 アンナの手からするり、すっぽ抜けた木剣が空を舞った。

 

「……誰にも、如何ともし難い素質というものはありますから」

 

 ランツは片手で口を覆い、笑いを噛み殺したつもりらしい。肩が震えていては隠せたことにはならないが。

 

 近くで鍛練していた兵が危なげなく受け止め、慌てた様子で駆け寄り頭を下げる彼女に、笑顔で返すところまで見届けた。

 

「ご安心ください。何も彼女を女剣士に育てる訳じゃあない。柔軟運動と型取り中心。有事の際、過剰に怯えぬ胆力がつく程度に、という長官のご指示通り指導しています。怪我はさせません」

 

 ランツが笑いの発作を収め、己の命を反復する。

 

「ならば良い」

 

「生兵法は怪我の元、とは言いますが、彼女ならそこも心配ないでしょう。あの歳で、己の分をよく弁えていらっしゃる」

「……評価が高いな」

「正しく観察した結果です」

 

 兵たちがアンナにコツを教えているのだろう。手本の動きをたどたどしくなぞる小さな後ろ姿。手を取って教えてやりたいが淑女に触れてはならぬと、中途半端な体勢でおろおろする男どもが、喜劇的で見ていられない。

 

「そりゃあね、名門文官伯爵家のお嬢様に剣を教えろとは、なんて面倒を押し付けられたのかと我が身を嘆きましたが、あんなに一所懸命にやられては、放ってはおけません」

「貴官は、文官派を嫌いだろう」

「文官派にも憎めない者がいると、情報を更新した次第です」

 

「……そうか」


 

 ガルシア子爵家とフェルミ伯爵家、両家の婚約と共に幾つかの契約が結ばれた。それからたったの一年足らず。アンナの父、クラウス・フェルミ伯爵の内が読めない笑顔を脳裏に浮かべる。泥臭いまでに真っ直ぐな娘とは違う、老獪な政治家。物腰柔らかく言葉数は多いが、周囲を煙に巻くことはあれど、つまらぬ嘘をつかない。曲者揃いの文官の中、責任を曖昧にしないところを、ヴィルヘルムは存外気に入っている。

 

「長官も、ほだされましたか」

 

 左の眉を意識的に釣り上げひと睨みするが、調子の良い部下はどこ吹く風だ。この男も余計な事を言うが、軽口の場所を間違えない。

 

「坊ちゃんは、良い方を娶られる。フェルミ嬢となら、良いご夫婦になられるでしょう」

 

 風に舞った土ぼこりが目に入りそうで、ヴィルヘルムは今の空と同じ鋼色の目を眇めた。


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