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慰霊祭

 木々の緑がもっとも色を濃くする季節。曇りで良かった、とアンナは全身を苛む痛みをこらえ、己の瞳に似た色の空を見上げた。多くの人々が集う今日、強い陽射しに炙られては具合を悪くする者も出るだろう。


エリクスのエスコートで馬車を降りる。手袋越しに触れた手のひらが、ずくん、と熱を持った。



 王都慰霊祭。終戦記念日に先の戦争で散った英霊たちに感謝を捧げ、称え慰める式典。アンナの故郷では玄関先でかがり火をたきそれぞれに祈るものだが、王都では中央教会の大聖堂に近隣の貴族が集まり、揃って黙祷を捧げる。


「アンナさん、あなた、今日はいつもに輪をかけて……なんというか地味……いえ、ねずみ色……んんっ、そう、そうよ、慎ましい色合いねえ」


 濃青の瞳を細められ、アンナはしおしおと肩をすぼめた。


「申し訳ありません、夫人。場に沿った衣装を選んだつもりでしたが、私、間違えたのですね」


「いや、法事の装いって意味なら間違ってはいないよ、アンナ。けど、王都じゃあ慰霊祭は悲しいだけのものじゃないってこと。慰霊()だからね。来年は君も夏のお洒落を楽しめばいいさ」


 エリクスが言い添える。ソフィアがそれ以上を言うことはなかったが、肩身の狭いアンナはますますうつむいてしまった。


 ソフィアはコルセットで胴を絞り上げ腰の後ろを膨らませた今様ドレス。薄浅葱のスカートから卵色の機械織りレースがたっぷりとこぼれる。浅緑のリボンを引き締め役に、装身具は透明度の高い薄紅色の指輪と、難易度の高い多色の組み合わせが嫌味なくまとまっているのはさすがである。


 エリクスは生成り色の麻の上下に天色のタイ。平服に近いが仕立てが良く、だらしのない印象にはならない。なんといっても色合わせが目に涼しい。


視線を巡らすと、同じような洒落た色使いの者が目についた。アンナのような喪に服した装いは、戦争を直接知る世代なのだろう、高齢の者が少数いるだけだ。


哀悼を示す鈍色の少女は、灰色の壁に溶けてしまうように覚えた。



◇◇◇


「どうしましょう、聖堂で会えると思っていたのだけれど……」


 ソフィアが零す。


追悼の儀式も終わり、退出する者で混雑する扉を避けしばし堂内で時間を過ごしながら、雑踏を眺める。数字で理解していたとはいえ、 実際に見る王都の貴族の多さにアンナは圧倒されていた。


「少しあちらを見てくるわ。エリクス、アンナさんとここで待っていてちょうだいな」


「それはかまいませんが母上、神のおわす教会とはいえ、女性にひとり歩きをさせるのは心配です」


「夫人、私がお供を……」


 長椅子から立ち上がったソフィアとエリクスに続こうとするも上手くいかず、アンナはぎくしゃくとした動きになってしまった。

体のあちこちが痛い。前日の己の無茶を悔やむ。


「ふふっ、いいのよ。慰霊祭の警備責任者はうちの旦那さま。この会場のどこかにはいらっしゃるのだし、たとえ不埒ものがいたって、わたくしに近づく前に成敗してくださるわ」


「しかし」


 ぱちん、片目をつむるソフィアにさらに言い募ろうとしたとき、人波から飛び出した大きな花が、エリクスの腕に飛び込んだ。


「エリにいさま!」


「おっと」


 練色の薄布の内から透ける鴇色が可愛らしくも美しい。八重咲きのラナンキュラスをそのままドレスに仕立てたような、華やかな装いの可憐な少女を受け止めるエリクス。黄金を溶かしたような金の髪と青い瞳、エリクスにもソフィアにも通じる顔立ちから親族だろうと推測する。


「ひどいわひどいわ、にいさま! わたしずっと探していたのよ! にいさまから見つけてくれないなんて、拗ねちゃうんだから!」


 淡色の花が跳ねる。


「ははっ、今日もリリアはかわいいね。露店の蜜漬けの木の実では、ご機嫌直しに足りないかい?」


 「ぜんぜん足りないわ! 飴がけの姫りんごと限定色の宝石糖。それに広場のダンスもいっしょに踊ってくれなくっちゃ!」


「なんてこった。それじゃあ、にいさまは破産してしまう」


「うそうそ! エリにいさまはリリアのお願いかなえてくれるって、わたし知ってるんだから!」


「ははは、まったく、リリアには敵わないよ」


 これまで体験したことのない量の、言葉の奔流を前に身がすくむ。それでもガルシア子爵家嫡男の婚約者として礼を尽くさねば。

アンナはゆるゆると立ち上がり、勇気をもって話しかけた。


「エリクスさま。こちらの方は」


「ああ、アンナ、彼女はね」


「あっ! エリにいさまのお嫁さん。アンナさんっていうのね! うふふ、想像してた感じとちがうからびっくりしちゃった。ねえねえ、いまからわたしたちみんなで広場のお祭りに行くのよ! アンナさんもいっしょに行くでしょう?」


 エリクスの腕にしがみついたまま、リリアが問う。断わられる想定を露ほどもしない、無邪気な笑みが美しい少女。


「あらあらリリアちゃん。まだお嫁さんじゃないわよ。まったくもう、気が早いんだから」


 ソフィアが苦笑いを浮かべた。紹介が途中で途切れたため、アンナはリリアに返事ができない。この国の慣例では、仲介者による正しい紹介がないと貴族間で知り合いと見做されない。

アンナが戸惑っているうちにも、話はどんどんと進んでいく。


「アンナさん、慰霊祭のあとは、家族で広場の露店巡りをするのよ。庶民的な催しだけど、わたくしたち、街をそぞろ歩ける機会なんてそうそうないものだから。年に一度のお楽しみなの」


「露店巡り……ですか」


「そうよ? エリクスから聞いてるでしょう?」


「いいえ……初耳です」


 顔に熱が集まる。体調管理に失敗した。今日のアンナは夏の野外を歩ける状態にない。そうと知っていれば、もっと体調回復に努めたのに。


「なんてこと! …………エリクス?」


 ソフィアにじろりと睨まれ、エリクスは気まずげに目をそらした。


「ごめんアンナ。伝えたつもりですっかり忘れてたんだ。でも、このまま一緒に行けば大丈夫だよ。これから合流するリリアの両親もいい人たちなんだ。さあ、ほら」


 掬いとられた左手に、熱さが走る。


「っ!」


「え?」


「……あ……」


 痛みに驚いて、反射的に手を振りほどいてしまった。エリクスは払われた自身の手を見て呆然としている。


「あ、あの、エリクスさま、」


 弁解をせねば。手をとられたのが嫌だったのではないのだと。なのに混乱して、うまく言葉が出ない。


「アンナさん、ひどい」


 リリアが頬をふくらませる。


「行きたくないのなら、ちゃんとそう言えばいいと思うの。なのに、にいさまの手を叩くなんてひどいわ!」


「あ……ちが……違うのです、エリクスさま……」


 焦れば焦るほど喉がつまる。宝石のような青い瞳をみつめる。エリクスはしばし口を開閉していたが、やがてふっと目をそらした。


「……うん、今日はここで解散。顔色が悪いし、アンナはこのまま帰ったらいいよ。急に無理言ってごめんね」


「エリクスさま……」


「はあ……そうね、馬車どめにうちの馬車があるから、それを使って。おうちに着いてから、馬車は戻してくれればいいわ」


「夫人……」


 連れそって立ち去る三人を慌てて追おうとする。くるり、スカートをひるがえし、リリアが振り返った。


「アンナさん、今度はいっしょに遊びましょうね!」


 手を振られて、アンナは弁明の機会を失った。

 


 かすかに聞こえる祭りの陽気な音楽が、遠ざかるような気がした。



 

明日から、毎日16時ごろ更新予定です。

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