最終回
結局、アンナ、エリクス、ソフィア、リリアの四人は国家管理資源である黎明石を私的に扱い破損させたとして処罰された。
その存在がいまだ秘中であったため公に周知されることはなかったが、あの御前会議で進行役を務めた儀典官によると『物理的に首が飛ばなかっただけ有難い』とのことだ。
彼は軍部でエリクスの直属の上司であったらしく、エリクスの処罰を告げるときには少し鼻声になっていた。
知らなかったとはいえ実際に黎明石を振り回し、直接の破損原因となったリリアは生涯の社交禁止を命じられた。
レグナリアには他国のような『問題を起こした貴族を預かる矯正施設』のようなものはない。
彼女の美しさゆえ表舞台に一切立たず、子を産むためだけに嫁ぐという道も示されたが、ロゼール男爵夫妻がそれを断った。
ソフィアは管理不行き届きの責めを負い、ヴィルヘルムと離婚して実家であるロゼール家に帰された。
黎明石の扱いは当然として、エリクスとリリアを無責任に甘やかしたつけが回ってきたのだと、悲しそうに微笑んだ。
貴族婦人としての価値を失った二人を抱え、ガルシア家の後ろ盾を失ったロゼール家のこれからの苦労は想像にかたくないが、それでも家族で支え合っていくのだと、男爵は笑っていた。
きっと、あの方々なら大丈夫なのだとアンナは信じたい。
エリクスは軍属であったため、黎明石破損時における対応のまずさが問題になった。
また、国家案件の絡む婚約者であったアンナへの冷遇が軍部、議会で糾弾された。
アンナとしてはお互いに未熟であったものと受け入れているので、そこまでの強い非難に恐れすら抱いたが、王命を軽視した部分が看過できぬとしてガルシア子爵家から除籍された。
貴族でなくなった彼は軍も退き、ひとり辺境の開拓地に向かうのだという。
せめて、そこでの生活が幸せであるようアンナは願う。
この件で妻子を失ったヴィルヘルムはガルシア家を存続させるため、後妻を娶り子を為さねばならぬのだと聞いた
その候補としてアンナの名があがったが、当のヴィルヘルムが議会でそれはそれは恐ろしい形相で拒絶したのだそうだ。
その話を聞かせてくれた父クラウスもかつて見たことのない不穏な気配を発していたので、この縁組が纏まらなくて良かったとアンナは胸をなで下ろした。
尊敬する上官、将来の義父として純粋に慕っていた方と目会うのは、アンナとしても難しい。
そしてアンナも、説明責任放棄の咎で王都所払いを申し付けられた。
今後王命もしくは議会からの命で上書きされない限り、王都に立ち入ることは許されない。
自分の罪だけが軽いのではと父に問うたが、気にするなと頭を撫でられた。
この婚約は、関わった誰も幸せにしなかったと語る者もいる。
それでも夜眠れば朝に起き、昼に働いてまた夜が来る。そうやって皆生きていくしかないのだ。
誰かを恨み憎むことは疲れる。アンナはできるだけ平穏に暮らすことを望む。
時おり発作のように泣きわめきたい気持ちになるけれど、いずれこの傷とのつきあいにも慣れるだろう。
◇◇◇
王都の陶器の板を敷いた往来と違い、土を踏み固めただけの地方の道は馬車の乗り心地が悪い。小石を踏むたびにおおきく揺れ、アンナは故郷への道のりで何度も休憩を挟むことになった。
フェルミ家の長距離移動用の馬車には窓ガラスがない。直接の風を受けながら馬車はことことと進む。
御前会議から幾ばくかの時が過ぎ、移動の厳しい冬が終わるのを待ってアンナは王都を出立した。
タウンハウスを出る朝、父とは必ず後を追うと約束して別れた。
黎明石の鉱山はすでに王家に譲り渡し、あとは残務処理を済ませれば領地に戻り、またフェルミ領で家族と過ごせるのだと父は笑った。
思い出すのは生家の冬の居間。
母がレースを編み、父はその隣で樽酒をちびりちびりと舐めていた。
暖炉の火とランプに照らされた静かな部屋。
これからはその光景の中に、大きくなったアンナと、弟レオポルドが共にいるのだろう。
成人を迎えたのだから、父にお酒の飲み方を教わるのもいいかもしれない。アンナも、柑橘を絞り炭酸水で割る飲み方を紹介したら、父はどんな顔をするだろう。グラスのふちに付けるのは砂糖か塩、どちらかで議論するのもきっと楽しい。
◇◇◇
満開にはまだ少し早いあんずの果樹園を抜けると領地のフェルミ邸が見えてくる。王都では見かけない木造の建物。
懐かしい故郷の空気を胸いっぱいに味わっていると、遠くから呼ぶ声が聞こえた。
「姉上!」
手を大きく振りながら小型馬で駆け寄る少年に、小さかった弟の面影を見る。
馬車を停めてもらい、気が急くあまり御者の補助を待たず飛び降りた。
「まあ! 見違えたわ、レオポルド!」
颯爽と馬から降りられない弟に、フェルミの血筋を感じる。
「姉上! おかえりなさい! ふふ。馬に乗れるようになったのをお見せしたくて、迎えに来てしまいました」
「まあ!」
よほど頑張って駆けて来たのだろう、額に汗を滲ませる弟の髪は、風に吹かれてくるくると広がる。
アンナはなんだかとてもうれしくなって笑った。
「姉上早く! 邸の前で母上もお待ちですよ!」
忙しい母に負担をかけまいと手紙を出すのも最小限にしていた。それこそがさらに心配をかけたのだと、今ならわかる。これからは、せめて母の仕事を手伝い楽をしてもらおう。今後のことは、父と母、弟と話し合いながらゆっくり決めればいい。
適齢期に縁談をなくし出戻った娘を受け入れてくれる家族に、心から感謝する。
「アンナ、三年間、よくつとめましたね」
「はい。おつとめは終わりです」
会わない三年間で、アンナは母の背丈を抜いていた。母の笑顔が、以前より近く見える。
母の頬に散らばるそばかすにアンナはキスをしたくなったが、理性が勝つのでできなかった。
あと一話だけ、続きます。




