エリクス
最初の日はね、僕、ふてくされてたんだ。
未来のお嫁さんなんて言われてもよくわからない。ただ、僕の将来を勝手に決められたことにむかむかしてたんだ。
けどね、彼女がとっても綺麗な礼をして、あ、この子僕より大人だって思ったら、なんだか恥ずかしくなっちゃって。
母に小突かれてあわてて取り繕ったけど、あれ、ばれてたんじゃないかな。
うん。とても優しい人だったよ。
わかりにくかったけど。
それにね、なんだかとんちんかんなんだ。
適当に合わせて笑っていればいいのに、毎回大真面目に正論で返してくる。
母の機嫌が悪くなるんじゃないかって、ひやひやしたものだよ。母は、思い通りにいかないとへそを曲げるようなところがあったから。
母の顔色ばかり伺わずに、もっと優しくしてあげたらよかった。一度逃げたら、もうどうやって戻ればいいのかわからなくなって……
うん。言い訳だね。つまらないことを聞かせてごめん。
リリア? いつもくっついてきて、かわいかったなあ。
子どもの頃からさ、僕が落ち込んでても「にいさま、だーいすき」って目をきらきらさせて。
太陽だった。
母にとっても、そうだったと思う。
あの子と結婚したら貴族に残してやれるって言われたけど、無理だよ。妹みたいなものだもの。
絶対に無理。
そうは見えなかったって?
ふふ、そうだね。
僕、これでも空気を読むのはうまい方だとうぬぼれてたんだけど、全然ちがったね。
父に小言をもらうのはいつものことだったけど、あんなに怒られたのは、最初で最後だったな。
あの、御前会議の前の日に。
目を真っ赤にしてさ。
僕のことなんかどうでもいいくせにって、今ならわかるよ。言っちゃいけない言葉だった。
そう。僕はいつもあとから気づくんだ。
父が僕を愛してくれてたこと。
彼女が傷ついてたこと。
あの美しい箱庭は、永遠なんかじゃないってこと。
ふふ、誤解しないで。
母と従姉妹の愛もほんとうだよ。
でもね、僕たちはみんなでまちがえた。
いちばん罪深いのは僕。
楽なほうに目をそらし続けた。
そうそう、その抽斗の中にある錫の高盃。僕がいなくなったら、王都のガルシア邸に届けてくれないかな。
言伝?
いらないよ。うまく、言えないんだ。うん、ありがとう。
……ふゆをこえ、はるをまち……
ふふ、懐かしいな。
秋の風が吹いて、柑橘の味がして……彼女が隣にいて…………うん、ごめん。もう眠くって……
ああ、そうか。あれは、恋だった。




