リリア
「どうして?」
状況が理解できなかった。
デビュタントのあの日、誰も着ていない最新のドレスをまとい、見たことのない装飾品を身に着けたアンナをうらやましいと思った。
リリアはもっと花色の鮮やかなドレスを着たかったのに、決まりだからと白いドレスしか許されなかった。
「今までずっとおそろいでいたのに……」
新成人はアンナとリリア、他にも何人かいたのに、アンナだけが王子さまと踊ったのもずるいと思った。
リリアも王子さまと踊ってみたかった。
「アンナさんとわたしは仲良しなのに……」
ソフィアとエリクス、リリアの箱庭にあとから入ってきたアンナを、リリアは優しく迎えてあげた。かわいいものも分け合った。
仲良くおそろいにして分け合えば、嬉しいことは倍に、悲しいことは半分になる。そう思っていた。
だからエリクスとのダンスを貰えばいいと考えた。
慰霊祭の広場のダンスのように、笑ってはしゃいで、くたくたになるまで踊れば、リリアの悲しい気持ちがアンナの楽しさとつり合うと思った。
「そうしたら、おあいこでしょ?」
ダンスをむりやり中断させられ連れていかれた部屋で事情を訊かれたリリアは一生懸命に説明したが、誰にも賛同してもらえなかった。どころか、得体の知れぬものをみるような目で見られ、リリアは大いに傷ついた。
リリアはちゃんと考えている。
何がいけなかったのかわからない。
「ひどい……ひどいわ!」
それから家に帰され二ヶ月もの長い間、出かけることも、友人を呼ぶことも禁じられた。その間、両親からあの日リリアがやったことを説明をされたが、リリアに政治の難しいことはわからない。ただ、アンナを悲しませたのだと教わったので、それは謝ろうと思った。
リリアが謝って、アンナもリリアに謝れば、いつも通りお互い様で仲直りだ。
◇◇◇
そしてお茶会当日。
謹慎中、ずっと楽しみにしていたガルシア邸での茶会に、リリアはとびきりのおしゃれをして出かけた。
◇◇◇
「はい。リリアさまの謝罪は受け取りました」
「よかった! アンナさんはわかってくれるって、わたし知ってたわ! ね、エリにいさまも早く謝って!」
ガルシア邸の居間。
香辛料のきいた甘い練乳茶とジャスミンの香り。
きらきらと輝く宝石糖。緑の地に小花の描かれた壁紙、白い猫足の家具。
大好きなソフィアとエリクスがそばにいる、いつも通りの、リリアの大好きな日常だ。
「あの……アンナ、その……ごめん……」
「はい。エリクスさまの謝罪は受け取りました」
微笑むアンナに安心して、リリアは大きく息を吐いた。
「うふふ、これで仲直りね! わたし、嫌われちゃったらどうしようって、すごくすごく不安だったの!」
緊張で渇いた喉を潤そうと練乳茶をひと口。慣れた甘さと温かさに気持ちがほぐれた。
ふと隣に座るソフィアを見ると、その金の髪に見慣れない髪飾りがきらめいている。
「おばさま、その髪飾りすてきね! いつもとは違う雰囲気だけど、とってもかわいいわ! ね、わたしにも着けさせて!」
「リリアちゃん、だめよ。これは」
「ええっ、どうして? わたし、そういう大人っぽいの着けたことないもの。お願い! 少しだけ」
「でも……」
両手を胸の前で組んでソフィアを見上げる。この角度にソフィアは弱い。
「ねえねえ、お願い! 少しだけでいいの」
渋るソフィアに、悲しくて涙がじわりとあふれてくる。
「わたし……ずっとひとりでお部屋にいて、とってもさびしかったのに……ひっく、その間に新しい髪飾り、うっ……おばさまだけずるい……」
「……ん、もう。仕方ないわね」
ソフィアがかんざしを髪から引き抜き、リリアの髪にあてがった。その瞬間、
「夫人、いけません」
ぴしゃりとアンナの声が咎めた。
「え……?」
思わず漏れた疑問符は誰のものだっただろうか。見れば、アンナの顔からいつもの薄い笑みは消えていた。
「それは、他人に貸与することを許されていません。私、お渡ししたときに説明いたしました。お忘れでしょうか」
「それは……言っていたかしら……」
珍しくソフィアがうろたえる。いつも毅然とした自慢の伯母を困らせるアンナに、リリアは腹が立った。
「はい。申し上げました。お忘れであればいま一度申し上げます。それは、他人への貸与、贈与が許されません。ここいちばんの、厳選された場のみにて着けるよう定められております」
「アンナさんひどい……他人だなんて……わたしたち、家族なのに……」
「この場合の『他人』とは、自分自身を除いたすべての人間という意味です。血縁関係の有る無しとはかかわりありません」
馬鹿にしたような物言いに、かちんときた。
「そんな、むずかしいこと言ってごまかさないでよ! アンナさんはわたしがこれを着けるのがイヤなだけでしょ!」
ソフィアの手から受け取ったかんざしを握りしめる。
「はい。嫌です。どうぞ、直ちにそれをガルシア夫人にお返しください」
「ひどい……ひどいひどい! どうしてそんな冷たいこと言うの? ひどい……ううっ」
堪えていた涙が止められずに溢れだす。
「アンナさん。気持ちはわかるけど、もう少し言い方があるでしょう?」
「言葉は選びました。そのうえで、端的に告げないと伝わらないと判断しました」
「アンナさん……」
ソフィアがなだめているのに表情ひとつ変えないアンナに、さらに苛立ちがつのる。
「ひどい! どうしてそういうこと言うの? わたし、ちょっとこれを着けてみたかっただけなのに! アンナさん、許してくれるって言ったのに!」
「……たしかに、リリアさまの謝罪は受け取りました。ですが、許すとは言っておりません」
「え?」
意味がわからない。ごめんなさいを受け取ったら、それは許しではないのか? リリアには、アンナが屁理屈ではぐらかしているようにしか思えない。
いつもにこにこしながら本心はこんなに冷たい人だったのか。悲しみと失望に今にも胸が張り裂けそうで、頬を伝った涙が膝の上にぽたぽたと落ちる。
「……夫人。これが、ここいちばんの茶会ですか?」
嗚咽をもらすリリアに目もくれず、あまつさえ優しく背中をさすってくれるソフィアにまできつい言葉を投げたアンナに、とうとうリリアの感情が決壊した。
「わたし謝ったのに!」
「どうしてわかってくれないの?」
「どうして?」
「ひどい! ひどいひどい!」
「なによ、こんなもの! こんなのがあるから……うっ……うわあああん!」
腕をめちゃくちゃに振り回した。握ったままの先のとがったかんざしは、たやすく凶器に変わる。
「リリア!」
それまで女同士の口喧嘩に割り込めずおろおろしていたエリクスが、とっさに茶菓子を並べていたトレーを盾に、髪飾りを受け止めた。
茶器と菓子が飛び散り、磁器の割れる音が響く。
「あ……」
銀のトレーにぶつかったかんざしはリリアの手から離れて飛んだ。
「うわあああん! にいさま、痛い、痛いよう」
「リリア、ごめん、痛かったね……ごめん……」
「リリアちゃん! 怪我はない?」
優しい従兄弟と伯母に抱きしめられリリアは泣き続ける。
視界の端で、アンナが静かにかんざしを拾うのを見た。




