マダム・モンテス
レグナリア王国で貴族女性が純白の衣装を纏えるのは、人生で最大四回。
命の儚い乳幼児期を越え人の世の一員として披露目される七歳の洗礼式。
成人式である十六歳のデビュタント。
結婚式。
そして人生を終え、神のみもとへと向かうときに着せられる死装束である。
時勢や各家庭の事情を鑑み、減ることはあれど増えることはない。
回数が限られるうえ、貴族子女のそれとなると家の権勢を表す指標ともなり、各家時間と費用をかけて豪勢に飾りたてるものだ。
◇◇◇
十五歳のアンナもこのたびデビュタントの衣装を仕立てることになったのだが、王都いちの人気と名高い仕立て屋を呼びつけたガルシア邸の応接間で、下着姿のまま震えることになった。
「まあまあまあ! お胸がよくひらいてお背中がまっすぐ! あらあらまあまあ! 腰の位置が高い! おみ足が長くていらっしゃるのね。え? 普段コルセットは使わない? まあまあまあ! なんてこと、あたくし、構想がふくらみますわ!」
身の丈や胴回りはおろか、首の太さ長さ、腕の径まで計られながら、意気軒昂なマダム・モンテスの勢いに圧倒され、助けを求めてソフィアを伺い見る。
「……たしかに、この子はずいぶん背が伸びましたからね、目立ちはしますでしょう。でも、少し肉付きがよろしくないから、補正が大変なのではなくて?」
「あらま!」
「顔立ちも薄い……んんっ、華やかさとは違う方向だから、娘らしいドレスが似合わないのよ。いつも着飾るのにも骨が折れて……マダムにも苦労をかけるわ」
「あらあらあら!」
ソフィアに扇子で指し示された一人がけの椅子に腰かけながら、
「奥様、たしかにこちらのお嬢様に、今様のふんわりとしたお召し物はお似合いにならないでしょう。しかしそれは個性! 系統が別なのでございます」
マダムが手早く指示を出すと、助手がいくつもの箱の中から光沢のある絹地を取り出した。
「奥様のご趣味とは遠いのですけれど、念のためお持ちしてようございました。こちら! こちらの地模様が織り込まれたハリのある生地! そう、ギャザーはあえてとらずにドレープで広がりを出して、縦の線を強調して……」
画板に向かいペンを走らせる、その速さと熱量にアンナは驚嘆してしまう。間もなくできあがった走り書きの素描に、ソフィアは眉をひそめた。
「悪くはないけれど、少し地味ではなくて? ただでさえ白一色で華やぎが足りないのだから、もっとスカートをふくらませてレースやビジューで飾らないと、よそのお嬢さんに負けてしまうわ」
「いいえ! 美に造詣の深い奥様ならおわかりになるはず。これはいわば引き算の美! 華やかな子爵夫人。美しい子爵令息。そして清楚なお嬢様。お並びになると、どんなにか引き立てあって輝きが増すことでしょう! 奥様の美意識を損ねることには、決してなりませんわ!」
閉じたままの扇子をあごに当てしばし黙考するソフィア。アンナはその隙に、もそもそとガウンを羽織った。
「……あの、私……このように肩を出すのは少し、恥ずかしくぞんじます」
「いいえ!」
マダム・モンテスが振り返る。その勢いに、風切り音の幻聴が聞こえた。
「お嬢様は首周りがお綺麗でいらっしゃるから、ここは印象づけるべきですわ! そのぶんお胸は隠しましょう。ちらりと覗く鎖骨! そこに色気を凝縮させるのです! 一点突破ですわ!」
「色気……」
「んまあ……お胸を隠すのには同意しますけれど」
「…………」
ソフィアの哀れを含んだ視線に、アンナはガウンの合わせ目をきゅっと閉じた。そんな雑談をしながらも、マダムのペンは止まらない。
「さし色はご子息の瞳の濃青に。刺繍は、お嬢様にお似合いの銀糸にいたしましょう」
「んまあ、エリクスは金髪よ。銀の隣は合わないのではなくて?」
「ご子息は大人になって、お顔立ちが涼やかに整われましたから、銀の装飾もすてきに映えますわ」
「そうかしら……」
「ええ! ええ! もちろんですわ。どうか奥様、あたくしの感性をお信じになって!」
「マダム、あなたのお手並みには全幅の信頼を置いてるつもりよ? わたくしのドレスの多くはあなたの手によるのだもの。……そうね、この意匠だと装飾品は真珠がいいかしら?」
「あ、あの、夫人……」
服飾熱に燃えるご婦人がたの間に割り込むには相当の勇気を要したが、アンナはどうにか小さく手をあげた。
「私……装飾品は、夫人のようなガラスのビジューで誂えたくぞんじます」
「んまぁ! でもアンナさん、あなた淡い色のビジューはあまり似合わな……らしくないじゃない」
「はい。青がさし色とうかがい思いついたのです。以前夫人からいただいた香油の瓶、あれを宝石のように磨いてはいけま……せん、か……」
らんらんと光る二対の瞳に、素人が愚かなことを言ってしまったと、言葉尻がすぼんでいく。
「まあまあまあまあ! 青い瓶といえば薬用の遮光瓶のことですかしら? 素晴らしい着想! ええ、あたくし、宝石研磨師に伝手がございます! どうぞこのマダム・モンテスにすべておまかせくださいな! あたくし、燃えてまいりましたわ!」
創作意欲に燃え、寸暇も惜しいと言わんばかりに帰り支度をはじめるマダム。優雅にお茶をすするソフィアに、アンナは頭を下げた。
「申し訳ありません、夫人。余計なことを申してしまいました」
「あら、いいのよ。誰も持ってない青いビジュー、わたくしも楽しみだわ」
美しく微笑むソフィアに、ほっと肩の力が抜けた。
「おそれいります。こんな素晴らしいドレスをご用意いただいて、感謝いたします」
「婚家が娘のデビュタント衣装を用意するのは当然のこと。それに、エリクスのときは軍服だったから、つまらなかったのよ」
「夫人……」
「ふふっ、返礼品、楽しみにしてるわね」
「はい!」
支度の済んだマダムを見送るため扉を開けようとした使用人を、あわててアンナが引き止める。
「あの、わがまま勝手かとぞんじますが……私……先に服を着たく……」
真っ赤になりうつむくアンナに、
「あら!」
淑女たちの、花の咲くような笑いがはじけた。




