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第二十八話 逆流

技術兵の手が。

採掘口を開く制御器を、ゆっくりと押し下げた。

部屋の奥で、重い金属が動く。

幾重にも閉じられていた採掘系統が、一つずつ開いていく音だった。


接続室の床へ刻まれた線が、淡い赤色から、強い光へ変わる。

五人の指輪も、ほぼ同時に熱を帯びた。

「第一段階、採掘口開放」

管制室から声が響く。

「最低制御値を維持」

「中心青晶石、流入待機」


五人は、同じ川を思い浮かべていた。

朝の小規模採掘で感じた。

暗く。

深い流れ。

今度も、自分達から手を伸ばそうとはしない。

掘らない。

引かない。

既に流れているものへ。

同じ大きさの器を置く。


初めに届いたのは、冷たい感覚だった。

左手の指輪から入り。

腕を伝い、胸元へ近付く。

だが、心臓へ届く直前で向きを変え。

五人の間を巡り始める。


アイラは呼吸を整えた。

レナの緊張。

カティアの警戒。

ミリアの恐怖。

ソフィアの祈るような落ち着き。

全てが、一つの流れへ重なっていく。


「同期率、安定」

「赤晶石五基、異常なし」

「身体負荷、規定範囲内」

管制室の報告が続く。

朝よりも、流れがはっきりと感じられた。

暗い川の表面へ、器の縁が触れる。

一滴。

また一滴。

冷たい何かが器へ入り。

五人の赤晶石を通って、中央の青晶石へ送られていく。

青晶石の内部で、朝から残っていた光が、大きく揺れた。


その奥へ。

新しい青い光が加わる。

「中心青晶石への流入を確認」

技術兵の声には。

抑え切れない興奮が混じっていた。

「採掘量、予定値内」

「蓄積反応、上昇」

「第一段階、安定しています」

グラウは、中央の記録盤から目を離さなかった。

朝の小規模採掘では、採掘口を閉じた後も、星の力が流れ続けた。

今回は、その時の実測値を基準に、全ての設定が修正されている。


流入量。

青晶石の蓄積上限。

五人へ掛かる負荷。

どれも、新しく定めた範囲内に収まっていた。

少なくとも、記録盤の上では。

「第一段階、継続」

グラウが命じる。


アルトは、緊急遮断装置の前から動かなかった。

五人の身体負荷。

中心青晶石の蓄積量。

採掘口の開放値。

そして、まだ何も現れていない、第六反応の記録欄。

全てを、一つずつ確認する。


「五名の状態は」

アルトが尋ねる。

「安定しています」

軍医が答えた。

「脈拍に上昇はありますが、朝の採掘時より低い値です」

「呼吸は」

「異常ありません」

アルトは、管制窓の向こうにいる五人を見た。

誰も苦痛を訴えてはいない。

膝を曲げた者も、身体を揺らした者もいない。

小規模採掘よりも、今の方が安定している。

その事実が、かえって不自然に感じられた。


◇

ミリアは夢の川へ置いた器を見ていた。

実際に目で見ているわけではない。

頭の中にあるものだった。

それでも、五人で同じものを思い浮かべているため。

自分一人の想像とは思えないほど、形がはっきりしている。

器の底へ、少しずつ水が溜まっていく。

「大丈夫?」

ソフィアの声が聞こえた。

ミリアは僅かに頷く。

「うん」

「話せるなら、状態を報告しろ」

アイラが言った。

「少し冷たい。でも、朝と同じ」

ミリアは答える。

ソフィアも続けた。

「私もです。痛みはありません」

「レナは?」

「平気」

「カティア?」

「異常はありません」

最後に、アイラ自身も左手を握る。

赤晶石は熱を持っている。

だが、腕の中を通っているものは冷たい。

相反する二つの感覚が、一定の場所で釣り合っていた。


「五名より、異常なし」

接続室の記録係が管制室へ伝える。

グラウは、青晶石の蓄積値を見る。

第一段階の目標値へ、予定よりも早く近付いていた。

だが、朝の実測値から再計算された範囲は、超えていない。

「第六反応、出現」

記録係の声が上がった。

アルトが、すぐに記録盤を見る。


五つの波形の外側。

空白だった場所へ、細い線が現れている。

初めは弱く、消え入りそうな反応だった。

それが、中心青晶石の光が強まるにつれ。

少しずつ、輪郭を持ち始める。

「第六反応の値は」

アルトが尋ねる。

「朝の小規模採掘と同程度です」

記録係が答える。

「五名への干渉は確認されていません」

「警戒値までは」

「まだ余裕があります」

アルトは、五人を止める理由になる異常を探すことが先だった。


「第一段階、目標値へ到達」

技術主任が報告する。

「中心青晶石、蓄積状態安定」

管制室の空気が。

僅かに緩んだ。

本格採掘の第一段階。

成功。

朝の小規模採掘は、偶然ではなかった。

五人の同期。

赤晶石。

採掘装置。

中心青晶石。

全てが、実際に星の力を地下から汲み上げ。

一つの場所へ蓄えるために機能している。


「第一段階を維持しますか?」

技術主任が尋ねる。

グラウは、記録を見た。

五人の身体負荷。

同期率。

採掘量。

蓄積状態。

第六反応。

どれも、停止条件へ達したものはない。


「第二段階へ移行する」

グラウが告げた。

アルトが振り向く。

「早い」

「第一段階は安定している」

「目標値へ到達したばかりだ。暫く維持して、五人と青晶石の変化を見るべきだ」

「既に予定していた維持時間を超えている」

「朝とは違う異常が出る可能性がある」

グラウは、五人の状態を示す記録を見る。

「現時点では、何も出ていない」

アルトは反論しようとした。

だが、停止を求める根拠になる数値はない。

五人も、異常を訴えていない。

「第二段階は、修正後の最低値で行う」

グラウは続ける。

「僅かに開放幅を広げるだけだ」

「想定より増えた場合は、すぐに戻せ」

「当然だ」


グラウが技術主任を見る。

「第二段階へ移行」

技術主任は、操作盤へ向き直った。

「採掘口、第二段階へ移行します」

制御器が、一つ分だけ動かされる。

部屋の奥から、再び、金属の動く音が聞こえた。

接続室では、五人が同時に息を呑んだ。

川の流れが、急に強くなった。

器の中へ入る水が増える。

ほんの僅か、採掘口を広げただけのはずだった。


だが、五人が感じた変化は、僅かとは呼べなかった。

「流れが強い」

アイラが言った。

管制室のアルトが反応する。

「身体負荷は」

「上昇しています」

軍医が答える。

「ですが、規定範囲内です」

「採掘量は」

「予定値を上回っています」

技術兵の声が硬くなる。

「増加率、算出中」

中心青晶石へ、青い光が流れ込む。


第一段階では、石の奥へ細い線となって入っていた。

それが今は、幾つもの光の筋へ分かれ。

青晶石の内部へ広がっていく。

「採掘口の開放値を確認しろ」

グラウが命じる。

「第二段階の設定値で固定されています」

「流入量が合わない」

「制御器に異常はありません」

「なら、計測器を確認しろ」

技術兵達が、それぞれの記録盤へ向かう。


接続室のカティアは。

夢の中にある器を見ていた。

器は変えていない。

大きくもしていない。

それなのに、中へ入ってくる水だけが増えている。

器の底を濡らす程度だったものが。

少しずつ増していた。

「アイラ」

カティアが呼ぶ。

「分かっている」

「私達が引いているのではありません」

「ああ」

「向こうから、流れ込んできています」

レナが歯を食いしばる。

「朝と同じじゃない」

指輪の熱が強くなっている。

腕の中を通る冷たさも。

胸元へ近付くたび、身体の内側を押し広げるような圧力へ変わっていた。


「第二段階、採掘量が予定値の二倍を超えました」

管制室へ報告が響く。

「まだ上昇しています」

アルトが緊急遮断装置へ手を掛ける。

「第一段階へ戻せ」

グラウも命じた。

「開放値を戻せ!」

技術主任が制御器を引き戻す。

採掘口の表示が。

第二段階から。

第一段階へ戻る。

だが、流入量は下がらなかった。


「変化ありません!」

「制御器は」

「第一段階へ戻っています!」

「採掘口の実開放値を確認!」

部屋の奥から、確認に向かった技術兵の声が返る。

「第一段階です! 機構は正常に動作しています!」

中央の青晶石の光がさらに強くなる。

管制室の壁が、淡い青色に染まり始めた。


「流入量、上昇継続!」

記録係が言った。

その声が、途中で僅かに掠れた。

彼は喉元へ手を当てる、息を整えようとした。

「どうした」

隣の技術兵が尋ねる。

「いえ」

記録係は首を横に振った。

「少し、息が」

言葉を続けながら、額へ手を当てる。

頭の内側を、強く押されているような痛みがあった。

別の技術兵も、何度か目を瞬かせている。

記録盤の数字が、僅かに滲んで見えた。


「照明が強過ぎる」

誰かが言った。

だが、室内の照明は変わっていない。

強くなっているのは、青晶石の光だけだった。

アルトは、管制室の者達を見回した。

一人が、鼻元を手で拭う。

白い手袋に、赤い跡が付いた。

「鼻血……?」

本人が、信じられないように手袋を見る。

その隣では、別の技術兵の手が、小刻みに震えていた。


「軍医!」

アルトが声を上げる。

「管制室の者を確認しろ!」

軍医が動く。

だが、数歩進んだところで。

軍医自身が壁へ手を付いた。

「どうした」

アルトが近付く。

「眩暈が」

軍医は答えた。

「急に……」

管制室の空気が変わる。


それまで、五人と装置だけを見ていた者達が。

初めて、自分達の身体へ意識を向ける。

頭痛。

吐き気。

息苦しさ。

耳の奥で続く高い音。

手足の震え。

同じ症状が。

一人だけではなく。

複数の者へ現れ始めていた。

「青晶石から漏れているのか?」

グラウが尋ねる。

その声にも、僅かな掠れがあった。

彼は眉間へ指を当てる。

激しい頭痛が、急に始まっていた。

「蓄積系統に、漏出反応はありません」

技術主任が答える。

「ですが……」

言葉が止まる。

吐き気を堪えるように、口元を押さえた。


アルトだけは、同じ症状を感じていなかった。

頭痛も。

眩暈も。

吐き気もない。

「これは」

アルトが。中央の青晶石を見る。

星の力は、青晶石の中だけにあるのではない。

目には見えない何かが、既に管制室の空気へ満ち始めている。


「全員、退避させろ!」

アルトが言った。

グラウが顔を上げる。

「まだ採掘を止めていない」

「ここにいる者が倒れれば、止めることも出来なくなる!」

アルトは緊急遮断装置を握る。

「五人の接続を切る。採掘口を完全閉鎖。管制室と接続室から全員を退避させろ!」

「待て」

「もう待てない!」

アルトが、緊急遮断装置を引いた。

警報が鳴る。

接続室の足元で、五人を繋いでいた赤い線が、一斉に明滅した。


「緊急遮断!」

技術兵達が、残った力で制御器へ手を伸ばす。

「赤晶石接続、切断!」

「採掘口、完全閉鎖!」

「補助青晶石へ切り替え!」

幾つもの装置が、同時に動き始める。

部屋の奥で、採掘口を閉じる、重い音が響いた。

「採掘口、閉鎖を確認!」

技術主任が叫ぶ。


アルトは、流入量を示す記録盤を見る。

針は、下がらなかった。

僅かにも動かなかった。

それどころか、ゆっくりと。

さらに上へ動き始める。

「流入量……上昇」

記録係が、震える声で言った。

「採掘口は閉じています!」

管制室の誰もが、記録盤を見ていた。

「それなのに」

青晶石が、一度、脈打つように強く光った。

「星の力が……止まりません」


接続室では。

五人の足元を繋いでいた赤い線が、何度も明滅していた。

管制室から、何かを叫ぶ声が聞こえる。

緊急遮断。

接続解除。

採掘口閉鎖。

途切れた言葉だけが。

厚い窓と、機器の音を越えて届いてくる。


だが、五人にとって。

それらは既に、遠い場所の声になり始めていた。

「止まってない」

ミリアが言った。

左手の赤晶石は、接続を切られた後も光っている。

熱は引かない。

腕の中を通る冷たさも、弱まるどころか、さらに強くなっていた。


五人が共有していた川は。

もう、先ほどまでの姿ではなかった。

静かに流れていた水面が、激しく波打っている。

器へ少しずつ入っていた水は。

既に縁を越え、溢れ出していた。

「器を外せないの!?」

ミリアが尋ねる。

「やってるわよ!」

レナが答える。

夢の中の器へ伸ばした手を、引き戻そうとする。

だが動かなかった。

見えない何かに掴まれたように。

五人の意識は、川の流れへ繋ぎ止められている。

現実の身体も、指輪から手を離せない。

指を動かそうとしても、自分の左手が、どこにあるのかさえ、分からなくなり始めていた。


「一度、意識を切り離した方がいいかもしれません」

カティアが言った。

その声は、接続室の中からではなく。

すぐ耳元から聞こえた。

五人は立っている、それぞれの位置から動いていない。

それなのに、互いが同じ場所にいるように感じる。


川の前。

溢れ続ける器を囲み。

五人全員が立っていた。

「切り離すって、どうやるの?」

ミリアが尋ねる。

「互いへの意識を閉じます。同期を意図的に崩せば、赤晶石の接続も弱まる可能性があります」

「可能性?」

レナがカティアを見る。

「今、それを試すの?」

「このまま流れへ繋がれ続ける方が危険です」

「同期を崩したら、この力が一人ずつに流れ込むかもしれない」

アイラが言った。

カティアが黙る。

その可能性もあった。


五人で受けているから。

まだ耐えられているだけかもしれない。

意識を切り離した瞬間。

行き場を失った力が、一人の身体へ集中する可能性もある。

「では、どうするのですか」

ソフィアが尋ねる。

アイラは、荒れ始めた川を見る。

答えはなかった。

訓練では、このような状況を想定していない。

赤晶石の接続は、装置側から切ることが出来ると説明されていた。

異常が出れば、管制室が採掘を止める。

だから、五人自身が、流れから抜け出す方法は教えられていない。


「大佐達は何をしてるのよ!」

レナが声を上げた。

怒りが、五人全員へ伝わる。

「止めるって言ったでしょう! 採掘口を閉じれば止まるんじゃなかったの!」

「閉じたと言っていました」

ソフィアが答える。

「聞こえました。採掘口は閉鎖したと」

「じゃあ、何で流れてくるのよ!」

誰にも分からなかった。

レナの苛立ち。

ミリアの恐怖。

カティアの焦り。

ソフィアの不安。

そして、アイラが必死に押さえ込んでいる動揺。

それらが、五人の間を巡り始める。


互いを理解するために身に付けた同期が。

今は、一人の恐怖を五人へ広げ。

五人の恐怖を、さらに大きなものへ変えていた。

「落ち着け」

アイラが言った。

自分自身へ命じるような声だった。

「感情を抑えろ。同期へ引かれる」

「分かってる!」

レナが答える。

だが、怒りは消えない。

分かっているからこそ、抑えることが出来なかった。


「呼吸を合わせましょう」

ソフィアが言った。

「今までと同じように。五人で」

「身体の呼吸が分からない」

ミリアの声が震える。

「私、ちゃんと息してる?」

「している」

アイラが即答する。

確かめる方法はなかった。

それでも、そう答えるしかなかった。


現実の接続室が、急速に遠ざかっている。

警報。

管制室からの叫び声。

機器の作動音。

青晶石の光。

その全てが、厚い水の向こうへ沈んでいく。

代わりに、川の音が大きくなった。

水がぶつかり。

砕け。

地面を削る音。

五人の足元で、川岸が崩れ始める。


「下がれ!」

アイラが叫ぶ。

五人は、同時に後ろへ下がろうとした。

だが足元には、もう地面がなかった。

川を見下ろしていたはずなのに。

いつの間にか、水面が五人の腰近くまで迫っている。

冷たさはない。

濡れてもいない。

それでも、自分達が沈み始めていることだけは分かった。

「意識が引かれています」

カティアが言った。

「どこへ!?」

ミリアが尋ねる。

「分かりません。接続の、もっと深い場所へ」


五人の意識は、川と共に沈んでいく。

水面の下。

さらに下。

光の届かない場所へ。

そこには、五人の誰のものでもない感情があった。

悲しみ。

怒り。

恐怖。

孤独。

長い時間を掛けて積み重なった、名付けることさえ出来ないほど大きなもの。

昨夜の夢で触れた。

誰かの記憶にも似ている。

だが、同じものではなかった。

夢の中にあった感情は。

痛みを抱えながらも、どこか静かだった。


今、川の向こうから来るものには、静けさがない。

全てを押し流し。

壊し。

呑み込もうとする力だけがあった。

「何か来る!」

アイラが言った。

五人が、同じ方向を見る。

川の向こう。

暗闇の中で。

水面が持ち上がっていた。

初めは、遠くにある一本の線に見えた。

それが、急速に高くなる。

川幅を越え。

岸を越え。

見上げても先端が見えないほどの高さへ膨れ上がっていく。


「波……?」

ミリアが呟く。

だが、波ではなかった。

少なくとも、水だけで出来たものではない。

持ち上がった暗い塊の中で、幾つもの形が蠢いている。

巨大な腕のように見えた。

次の瞬間には、大きく開いた口のように見えた。

翼。

角。

無数の指。

こちらを覗き込む目。

そう見えたと思うたび、形は崩れ、別の何かへ変わっていく。

一つの生き物なのか。

無数のものが重なっているのかも分からない。

怪物。

化け物。

そのような言葉では、とても形容出来ないものだった。


五人の意識が、理解出来ない力へ。

無理に形を与えているだけなのかもしれない。

だが、それが何であっても。

こちらへ向かっている。


「逃げるぞ!」

アイラが叫ぶ。

「どこへ!」

レナが言い返す。

後ろにも。

左右にも。

既に川が広がっている。

五人が置いた器は、荒れ狂う流れの中に残されていた。

小さな器。

一滴だけ受け取るはずだったもの。

巨大な影が近付くにつれ。

器の表面へ、細い亀裂が走った。

一つ。

二つ。

亀裂は瞬く間に広がる。


そして。

器が砕けた、音はしなかった。

だが五人全員に、壊れたことが分かった。

器によって形を与えられていた流れが、一度に解放される。

川が、足元から立ち上がった。

ミリアが悲鳴を上げる。

レナが、反射的に、その腕を掴んだ。

ソフィアはカティアへ手を伸ばす。

アイラが、四人へ向かって叫ぶ。

「離れるな!」

五人は、互いの手を掴んだ。

現実の手ではない。

共有された意識の中にある。

形さえ曖昧な手だった。


それでも、離せば二度と互いを見つけられない。

そのことだけは、誰に言われなくても分かった。

「絶対に離すな!」

巨大なものが、五人の前へ迫る。

波のように。

怪物のように。

山そのものが倒れてくるように。

名状し難い形をした星の力が、五人へ襲い掛かった。

視界の全てが。

暗い水と。

青い光に覆われる。

五人が最後に感じたのは。

互いの手の感触。

そして、その輪の外側から伸びてきた、もう一つの熱だった。

次の瞬間。

巨大な波が、五人を呑み込んだ。


そして、その次の瞬間。

接続室に立っていた五人の身体が。

同時に大きく震えた。

アイラの頭が下がり。

レナの膝が折れかける。

カティアの左手が、強く引かれたように前へ伸びる。

ミリアとソフィアは、声を上げることさえ出来なかった。


五人は、意識の中で互いの手を掴んだまま。

現実の身体から反応を失っていた。

「五名の意識反応、急速に低下!」

軍医が叫ぶ。

「呼び掛けに反応しません!」

「赤晶石を外せ!」

アルトが命じる。

接続室に待機していた技術兵が、五人へ駆け寄ろうとする。

だが、数歩進んだところで足を止めた。

五人の指輪から。

赤い光が伸びていた。

既に接続を切ったはずの床の線へ、細い光が食い込み。

中央の青晶石へ向かって流れている。

それは、五人から青晶石へ流れているようにも。

青晶石から五人へ戻っているようにも見えた。


「赤晶石側へ逆流!」

記録係の声が響く。

「中心青晶石から、五名の同期系統へ流れています!」

「接続は切ったはずだ!」

グラウが怒鳴る。

「装置上は切断されています!」

「なら、なぜ流れる!」

「分かりません!」

管制室の記録盤で、五つの波形が激しく乱れる。

個別の線として識別出来ていた反応が。

互いへ重なり、絡まりながら

一つの大きな波形へ変わっていく。

その外側にあった第六反応も、急激に上昇していた。


「第六反応、警戒値を超過!」

「まだ上がります!」

「五名の波形と接触!」

管制室へ満ちている何かが、呼吸をするたび、自分の中へ入ってくる。

皮膚から。

肺から。

胸の奥にある熱へ向かって。

吸い込まれていく。

アルトは、異常へ気付くより先に、五人を見た。

「接続室の扉を開けろ!」

技術兵が、緊急開放装置へ手を伸ばす。

指が、制御器へ届く前に止まった。

技術兵の身体が、力を失う。

床へ膝をつき、そのまま横へ倒れた。

「おい!」

隣にいた兵士が駆け寄る。

肩を掴み、身体を起こそうとする。

だが、倒れた技術兵の目は閉じたままだった。


「軍医!」

兵士が呼ぶ。

軍医は、別の負傷者を支えようとしていた。

その軍医自身も、足元をふらつかせている。

「脈を確認しろ!」

アルトが叫ぶ。

兵士が、倒れた技術兵の首元へ手を当てる。

すぐには答えなかった。

「脈が……」

声が震える。

「弱い。いや……」

もう一度、確かめる。

技術兵の胸は動いていない。

「呼吸がありません・・・」

管制室が静まり返る。

ほんの僅かな間だけだった。


次の瞬間。

別の場所で、記録板が床へ落ちた。

鼻血を流していた記録係が、机へ身体を預けている。

「立てない・・・」

掠れた声だった。

その隣でも、一人の技術兵が、激しく咳き込み始める。

呼吸をしようとするほど、喉と胸が強く痛んだ。

頭痛。

吐き気。

眩暈。

手足の震え。

症状は。

管制室の全体へ広がっていた。

目に見えない何かが、内側から壊し始めている。


「全員、退避しろ!」

グラウが命じた。

先ほどまで、採掘の継続を求めていた男の声ではなかった。

「動ける者は負傷者を連れて地上へ上がれ! 接続室の五名は――」

言葉が止まる。

激しい眩暈に襲われ、グラウは管制台へ片手を付いた。

視界が、青い光に染まっている。

「大佐!」

技術主任が支えようとする。

だが、その技術主任も、二人分の身体を支えられる状態ではなかった。



共に、管制台へ倒れ込む。

アルトだけが、真っ直ぐに立っていた。

周囲の者達が、次々に呼吸を乱し。

身体から力を失っていく中で。

彼だけは、意識を保っている。

「扉を開ける!」

アルトは、接続室の緊急開放装置へ走った。

制御器を掴む、力を込めて引く。

反応しない。

「主系統が落ちています!」

まだ意識を保っていた技術兵が叫ぶ。

「手動開放を!」

アルトは、接続室の横へ設けられた手動装置へ向かう。

金属製の覆いを外し、中にある大きなレバーを握った。


その時。

中央の青晶石が、再び脈打った。

一度。

二度。

光が強くなるたび。

施設の壁と床へ、青い線が走る。

配線でも、管でもない。

石材そのものの隙間を伝い。

星の力が広がっている。

採掘口は閉じている。

赤晶石との接続も切られている。

それでも、流入は止まらない。


もはや、採掘装置が星の力を引き出しているのではなかった。

一度開かれた流れが、中心青晶石を出口として認識し、自ら押し寄せている。


中心青晶石の中へ、流れ込んだ力が蓄積され、許容量へ近付く。

行き場を失った力が、五人の赤晶石へ戻る。

採掘系統へ戻る。

施設の壁へ。

地下へ。

同じ性質を持つ青晶石を求め。

さらに遠くへ広がっていく。

カルドラ山麓から。

帝国の地脈へ。

そして、帝都の第三庁舎地下に置かれた、もう一つの青晶石へ。

誰にも見えない流れが、大地の下で繋がった。


中心青晶石が、内側から強く押される。

石の表面へ、一本の細い亀裂が走った。

「青晶石に亀裂!」

残っていた記録係が叫ぶ。

「蓄積上限を超えます!」

アルトが振り返る。

「補助青晶石へ流せ!」

「切り替わりません!」

「手動で開けろ!」

返事はなかった。

操作盤の前にいた技術兵は、既に床へ倒れていた。

アルトは、接続室の扉と、中心青晶石を交互に見る。

五人を助ける。

そのためには、扉を開けなければならない。

だが、青晶石が壊れれば、何が起きるのか分からない。


「アルト・・・」

グラウの声が聞こえた。

管制台へ身体を預けたまま、辛うじて意識を保っている。

「五人を……」

息をするたび、言葉が途切れる。

「連れ出せ・・・」

アルトは、何も答えなかった。

手動開放レバーへ、再び力を込める。

動かない。

歯を食いしばり、両手で引いた。

金属が、軋んだ音を立てる。

僅かに、レバーが動く。

同時に、中央の青晶石から、青い光が溢れ出した。


始めは、石の周囲だけだった。

次の瞬間、光は接続室を満たし。

管制窓を越え、管制室全体へ広がった。

青。

さらに明るい青。

眩しさが増すほど、光から色が失われていく。

やがて、それは白い光へ変わった。

夜を、昼へ変えるほどの光だった。

地上施設の窓から。

通気口から。

崩れ始めた石の隙間から。

白い光が空へ噴き上がる。

低く垂れ込めていた雲が。

下から照らされる。

カルドラ山麓の全てが。

一瞬で、白い光の中へ浮かび上がった。


だが、爆発音はしなかった。

炎も。

衝撃波もない。

ただ、光だけが先に広がった。

その後、施設の奥深くから。

音が生まれた。

雷鳴ではない。

爆発でもない。

石が崩れる音とも違う。

低く。

重く。

言葉では表せない響きだった。

壁。

床。

機器。

人の身体。

存在する全てを、内側から震わせる音。

アルトの握っていたレバーが、小刻みに揺れ始めた。


管制台の上で、記録板が震える。

床へ落ちた金属片が、細かな音を立てて跳ねた。

「地面が……」

誰かが呟いた。

最初は、ごく小さな揺れだった。

立ってはいられる、だが、止まらない。

床の奥から伝わる震えが、一つずつ重なり、少しずつ大きくなっていく。

接続室では、意識を失った五人の指輪が、赤く光っている。


中心青晶石は、白い光を放っている。

赤と青。

二つの力が、互いを押し返し、引き合い。

施設の中央で巨大な渦を作っていた。

アルトは、接続室の中を見た。

五人の姿が、白い光の中へ沈んでいく。

その中央に、何かがいた。

五人の誰でもない。

先ほどまで、そこにはなかった人影。

白い衣を纏った、少女のように見えた。

「……誰だ」

問い掛けた声は、響きに掻き消された。

人影が、顔を上げたように見える。


次の瞬間。

大地が、下から突き上げられた。

管制室全体が跳ねる。

アルトの身体が床から浮き。

手動開放レバーから手が離れた。

壁へ叩き付けられる。

中心青晶石の亀裂が、一度に広がった。

そして、カルドラ山麓から。

帝都へ。

国境へ。

遠く離れた王国へ。

大地そのものを巻き込む。

大きな災いの渦が。

動き始めた。


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