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第二十三話 赤い指輪 後編

五人が通されたのは、会議室よりもさらに奥の区画だった。

廊下は、途中から明らかに造りが変わった。

壁は厚く。

床は硬く。

照明は白く、影をほとんど作らない。

軍施設というより、実験施設。

いや。

その二つを無理に重ねたような場所だった。


扉の前には、警備兵が二人立っている。

案内役が書類を見せると、兵士の一人が確認し、もう一人が扉の横の装置に手をかざした。

低い音が鳴る。

重い扉が、ゆっくりと開いた。

中へ入った瞬間、五人は同時に足を止めた。

「……第三庁舎と、似ている」

カティアが呟いた。

その言葉に、誰も反論しなかった。

帝都の第三庁舎で使っていた実験室。

訓練を受けた部屋。

赤晶石の反応を測り、五人の同期を確認した場所。

ここは、それに似ていた。

五人を囲むように配置された測定台。

床に刻まれた円形の線。

それぞれの立ち位置を示す印。

壁際に並ぶ計測器。

管制用の窓。

けれど、違うものが一つあった。


部屋の中央。

厚い台座の上に、大きな青晶石が置かれていた。

第三庁舎で見たものよりも、ずっと大きい。

人の背丈ほどもある青晶石は、光っていないのに、奥からこちらを見ているようだった。

その青晶石から、何本もの配線と管が伸びている。

床へ。

壁へ。

天井へ。

そして、部屋の奥の暗い開口部へ。

それがどこに繋がっているのか、五人には分からなかった。

ただ、見ているだけで分かった。


これは、訓練用ではない。

ここは、実際に力を流すための場所だ。

「各自、指定位置へ」

技術兵が告げる。

五人は、動かなかった。

一瞬だけ。

本当に、一瞬だけ。

それから、アイラが歩き出した。


第三庁舎の時と同じ位置。

アイラが前。

レナが右。

カティアが左。

ミリアが後方右。

ソフィアが後方左。

五つの印へ、それぞれ立つ。

あの時と同じだ。

だからこそ、違いが際立った。

第三庁舎では、アルト大佐が近くにいた。

説明があった。

危険があれば止めると言われた。

ここでは、管制窓の向こうにグラウ大佐がいる。

その少し後ろに、アルトもいた。

だが、距離が違う、立場が違う。

もう、同じではない。


「赤晶石反応、確認」

管制室から声が響く。

五人の手元で、新しい指輪が鈍く光った。

以前の指輪よりも、明らかに反応が強い。

指輪の熱が、指先だけでなく腕の奥へ沈んでいく。

「第一段階。基礎接続試験を開始する」

グラウ大佐の声が、部屋に流れた。

「中心青晶石への本格流入は行わない。赤晶石の出力確認、五名同時接続時の同期率、身体負荷を測定する」

本格流入は行わない。

その言葉が、逆に重かった。

いずれ行う。

そう言っているのと同じだった。


「接続開始」

短い合図。

次の瞬間、五人の指輪が同時に光った。

アイラは息を止めそうになり、すぐに整えた。

まず感じたのは、自分の鼓動だった。

次に、指輪の熱。

その次に、レナの怒りが来た。

以前よりも、ずっとはっきりと。

言葉ではない。

声でもない。

けれど、分かる。

レナは苛立っている。

この部屋に。

グラウ大佐に。

自分達を並ばせているこの仕組みに。

そして、アルト大佐にも。

その怒りの奥に、傷付いたものが隠れていることまで分かった。


アイラは僅かに目を見開く。

今までとは違う。

感情の輪郭が、あまりに明確だった。

カティアの思考も感じる。

恐怖を押し込め、構造を見ようとしている。

配線。

青晶石。

赤晶石。

同期率。

五人の位置関係。

危険性。

理解しようとするほど、不安も強くなる。


ミリアは怖がっている。

けれど、一人ではないことに必死に縋っている。

ソフィアは、全員を落ち着かせようとしている。

自分自身が怖いのに、それでも呼吸を整えようとしている。

そして、それら全てが。

五人の間を、透明な糸のように行き来していた。

「……分かる」

ミリアが小さく言った。

「みんなのことが、前より……」

「喋るな」

レナが言った。

だが、その声にも動揺があった。

喋らなくても分かる。

だから、喋る必要がない、そのことが、かえって怖かった。


「同期率、上昇」

管制室で記録係が声を上げる。

「五名間の反応、第三庁舎時の最大値を超過」

「高出力赤晶石の反応は」

グラウ大佐が問う。

「安定しています。ただし、精神反応の重なりが想定より深い」

「続行」

短い命令。

五人の指輪が、さらに熱を持つ。

アイラは、そこで奇妙なものに気付いた。

五人の感情ではない。

五人のどれにも属さない、別の揺れ。

遠い。

けれど近い。

同じ部屋の中にいるようで、もっと深い場所にいるようでもある。

それは、感情と呼ぶには曖昧だった。

怒りでもない。

不安でもない。

悲しみでもない。

ただ、何かが動いている。

地の底から水を汲み上げるように。

暗い場所へ手を伸ばすように。

まだ形になっていない何かが、五人の繋がりの端に触れていた。


「……誰か、いる?」

ミリアの声が震えた。

レナが目を細める。

「何言ってるの?」

「でも」

「私も感じます」

ソフィアが言った。

その言葉に、五人の間の緊張が増す。

カティアは中央の青晶石を見た。

「五人以外の反応……?」

「あり得ない」

レナが言う。

だが、否定する声は弱かった。

なぜなら、レナ自身も感じていたからだ。

五人の輪の外側に、もう一つ。

こちらを見ているわけではない。

話しかけてくるわけでもない。

ただ、同じ流れに触れている存在。


「接続値に異常」

管制室の声が硬くなった。

「五名以外の反応が混入しています」

アルトが顔を上げた。

グラウ大佐の目が細くなる。

「位置は」

「特定不能。中心青晶石側ではありません。赤晶石の同期系統に混じっています」

「外部干渉か」

「不明です。波形が……五名のものと近いですが、一致しません」

アルトは、管制盤に表示された波形を見た。

五つの反応。

それぞれ、アイラ、レナ、カティア、ミリア、ソフィアに対応するもの。

その横に、もう一つ。

薄い。

不安定。

だが、確かに存在している波形。

アルトの胸の奥が、微かに痛んだ。

痛みというより、熱だった。

「……これは」

彼が呟いた瞬間、五人の指輪がまた光った。

アイラは、その何かが少しだけ近付いたように感じた。

いや、近付いたのではない。

もともと近くにあったものが、ようやく輪郭を持ち始めたのだ。

その存在は、星の力を汲み上げようとしていた。

無意識に。

自分でも知らないまま。

地脈の奥へ触れ。

流れを引き寄せ。

五人の高出力赤晶石の系統に、細く混ざり込んでいる。

五人には、それが何なのか分からない。

誰なのかも分からない。

けれど、ただ一つ。

人ではないような、それでいて、人の痛みに似たものを持っているような。

奇妙な感覚だけが残った。


「気持ち悪い」

レナが低く言った。

「見られてるわけじゃない。でも、混ざってる」

「大佐」

カティアが管制窓の向こうを見た。

「この反応は何ですか」

答えは返ってこなかった。

管制室では、技術兵達が慌ただしく記録を取っている。

グラウ大佐は無言で波形を見ていた。

アルトは、その隣で立ち尽くしている。


「接続を一段落とせ」

アルトが言った。

「まだ危険域ではない」

グラウ大佐が返す。

「未知の反応が混じっている」

「だからこそ記録する」

「五人の負荷が上がる」

「現時点では許容範囲だ」

アルトはグラウを見た。

「君はまた、それを言うのか」

グラウは答えない。

記録盤に視線を向けたまま、短く告げた。


「継続」

五人の足元の線が、わずかに光を帯びた。

中央の青晶石が、薄く青く光る。

本格流入ではない。

そう言われている。

けれど、何かが確かに流れ始めていた。

五人の身体を通るほど強くはない。

青晶石を満たすほど大きくもない。

だが、細い流れが部屋の中に生まれている。

その流れの端で、もう一人の反応が揺れていた。

アイラは、息を整える。

レナの怒りがある。

カティアの警戒がある。

ミリアの恐怖がある。

ソフィアの祈るような落ち着きがある。

そして、その外側に。

名前のない何かがいる。

「……六つ目」

カティアが呟いた。

その声は、管制室にも拾われた。


記録係が顔を上げる。

「六つ目の反応、記録継続」

グラウ大佐の口元が、わずかに動いた。

笑みではない。

だが、興味を隠しきれていなかった。


アルトは、その横顔を見て、低く言った。

「試験を止めろ」

「理由は」

「理由なら今、出ている」

「未知の反応が出た。確認する必要がある」

「五人は確認器具ではない」

「その議論は終わった」

グラウの声は冷たかった。

アルトは拳を握った。

自分の胸の奥で、また熱が動く。

その熱に気付いた時、アルトはわずかに息を止めた。


同時に。

五人の指輪が強く光った。

「反応上昇!」

管制室の声が響く。

「六つ目の波形、五名の同期系統と接触!」

「切れ」

アルトが言った。

今度は命令に近かった。

「第一段階終了」

グラウ大佐が、ようやく告げた。

「接続を落とせ」

足元の光が弱まる。

赤晶石の熱が、少しずつ引いていく。

中央の青晶石も、再び沈黙する。

五人は、しばらくその場を動けなかった。

誰も倒れてはいない。

大きな痛みもない。

だが、全員が同じものを感じていた。

五人ではない、何か。

六つ目の反応。

それが何なのか分からないまま、胸の奥に残っている。

「試験終了」

管制室から声が響く。


「各自、待機室へ移動してください」

アイラは、ゆっくりと手を握った。

新しい赤晶石の指輪は、まだ熱を残している。

「……今のは何だ」

レナが言った。

誰も答えられなかった。

カティアも。

ミリアも。

ソフィアも。

そして、管制窓の向こうにいるアルトでさえ。

答えを持っているようには見えなかった。


「第一段階終了」

グラウ大佐の声が、管制室から響いた。

「接続を落とせ」

足元の光が弱まっていく。

床に刻まれた赤い線から、ゆっくりと色が失われる。

中央の青晶石も、深い水の底へ沈むように光を落とした。

五人の指輪から熱が引いていく。

けれど、完全には消えなかった。

指先の奥に、何かが残っている。

細い棘のように。

あるいは、まだ閉じ切っていない扉のように。

アイラは、ゆっくりと息を吐いた。

隣では、レナが肩で息をしている。

カティアは中央の青晶石を見つめたまま、目を逸らさない。

ミリアは両手を握りしめ、ソフィアは自分の胸元に手を当てていた。

誰も倒れてはいない。

叫び出した者もいない。

だが、全員が分かっていた。

今のは、普通の試験ではなかった。


「……今の、何だったの」

ミリアが小さく言った。

誰も答えられない。

五人の間にあった繋がり。

それは、今までよりもはっきりしていた。

互いの怒りも、不安も、痛みも。

まるで自分の中にあるもののように分かった。

それだけではない。

五人ではない、何かがいた。

声はない。

姿もない。

けれど、確かにそこにいた。

「六つ目」

カティアが呟く。

その言葉に、レナが顔をしかめた。

「やめて。気味が悪い」

「でも、記録にも出ていたはずです」

カティアは管制窓の向こうを見た。


管制室の中は、明らかに慌ただしかった。

技術兵が記録盤を確認し、別の者が計測器の値を読み上げている。

通常の試験終了後の動きではない。

予想外の何かが起きた。

そのことだけは、五人にも分かった。

管制室の中で、グラウ大佐は無言だった。

先ほどまでの冷静さは崩れていない。

表情も大きくは変わっていない。

だが、その目は記録盤から離れなかった。

五つあるはずの反応。

そこに混じった、六つ目の波形。

それは、想定していたものではなかった。


グラウにとっても。

アルトにとっても。

「原因は」

グラウ大佐が低く問う。

記録係の声が緊張している。

「不明です。中心青晶石からの反射ではありません。外部干渉とも断定出来ません」

「五名の反応の誤差では」

「違います。独立した波形です。ただし、五名の同期系統に接触していました」

「位置は」

「特定不能。赤晶石側の反応に混じっています」

アルトは、表示された波形を見ていた。

五つの線。

その隙間に、薄く現れた六つ目。

消えかけては現れ、また沈む。

だが、完全には消えない。

その波形が動くたびに、アルトの胸の奥がわずかに熱を持った。

彼は、そのことを誰にも言わなかった。

言えなかった。

自分でもまだ、理解出来ていない。

ただ、嫌な確信だけがあった。

この反応は、五人だけのものではない。

そして、施設の青晶石だけのものでもない。

「今日はここまでだ」

アルトが言った。

グラウ大佐が振り向く。

「まだ初期試験の一部しか終えていない」

「未知の反応が出た」

アルトは、記録盤から目を離さない。

「このまま続けるべきではない」

「反応が消える前に、追加測定を取るべきだ」

「五人の負荷を見ろ」

アルトの声が低くなる。

「数値だけではない。表情を見ろ。呼吸を見ろ。今の状態で続ければ、同期が乱れる」

グラウ大佐は、管制窓の向こうにいる五人を見た。


アイラは立っている。

レナも立っている。

カティアも、ミリアも、ソフィアも。

だが、全員の顔に疲労が出ていた。

それでも、グラウはすぐには答えなかった。

「明日、再開する」

アルトは言った。

「それまでに波形を解析する。赤晶石の制御幅も再確認する。六つ目の反応を説明出来ないまま次へ進めるのは危険だ」

グラウ大佐は、しばらく沈黙した。


やがて、短く息を吐く。

「本日の試験は中止する」

技術兵達が動きを止めた。

「記録を保全しろ。全波形を複製。赤晶石の反応値、五名の身体負荷、同期率の推移をまとめる。明朝までに解析結果を提出」

「はっ」

管制室に返事が重なる。

グラウ大佐は続けた。

「五名は待機室へ戻せ。明日、同時刻より再開する」

「待て」

アルトが言った。

その声は、さっきよりも強かった。


グラウ大佐が視線だけを向ける。

「何だ」

「五人を個別待機に戻すな」

「理由は」

「分断が負荷を上げている」

「それは君の見解か」

「そうだ」

アルトは即答した。

「昨日から五人は別々に置かれている。今日の対面でも不安定だった。基礎接続で五人同士の同期が深まり、さらに未知の反応まで混じった。今夜また個別にすれば、余計に不安と疑念が増す」

「それは反応を高める要因にもなる」

グラウ大佐が言った。

アルトの目が冷えた。

「今、それを言うのか」

グラウは黙った。


アルトは一歩も引かなかった。

「五人を休ませる。食事は一緒に取らせる。希望するなら、同室で就寝することも認めろ」

「ここは宿舎ではない」

「ここは実験場だ。だからこそ言っている」

アルトの声には、明確な怒りがあった。

「五人の安定を保てなければ、明日以降の試験は成立しない。君が成果を求めるなら、なおさらだ」

グラウ大佐は、アルトを見た。

しばらく、何も言わなかった。

同期。

反応。

精神状態。

負荷。

全てを数値として扱うなら、アルトの主張も無視は出来ない。

それが分かっているからこそ、グラウはすぐに否定しなかった。


「……許可しよう」

短い返答だった。

「今夜に限り、五名の同席での食事を認める。希望があれば、監視付きで同室待機も可とする」

「監視は外せ」

「不可だ」

「なら、最低限にしろ。部屋の中には入れるな」

グラウ大佐の目が細くなる。

「随分と要求が多いな」

「最低限だ」

アルトは言った。

「これ以上、五人を壊すな」

グラウ大佐は答えなかった。

ただ、記録係に指示を出す。

「待機区画を変更しろ。五名用の大部屋を用意。食事は同室へ運ばせる。警備は廊下に配置。室内には入れるな」

「承知しました」

アルトは、ようやく管制窓の向こうを見た。

五人はまだ、接続室の中に立っている。

疲れた顔で。

不安を隠せないまま。

それでも、互いの様子を確認しようとしている。


アイラが最初にこちらを見た。

管制窓越しに、視線が合う。

アルトは何か言おうとした。

だが、声は届かない。

届いたとしても、何を言えばいいのか分からなかった。

やがて、接続室の扉が開く。

案内役の軍人が五人へ告げた。

「本日の試験は中止となりました」

レナが眉を上げる。

「中止?」

「明日、再開予定です」

「また急ね」

レナの声には疲れが混じっていた。


案内役は続ける。

「本日は、五名同席での食事が許可されています。また、希望があれば同室での就寝も認められます」

その言葉に、五人は一瞬だけ黙った。

ミリアが顔を上げる。

ソフィアが小さく息を呑む。

カティアは管制窓の方を見た。

アイラも、同じように視線を向ける。

アルトが立っている。

その隣にはグラウ大佐。

どちらの判断かは、すぐには分からない。

けれど、アイラには何となく分かった。


これは、おそらくアルト大佐が要求したことだ。

だからといって、先ほどの会話が消えるわけではない。

説明されなかったことも。

仮説のことも。

信頼が利用され得るものだったことも。

何一つ消えない。

それでも。

五人でいられる。

その事実だけは、今の五人には大きかった。


「どうする?」

アイラが四人へ尋ねた。

レナは少しだけ視線を逸らした。

「別々にされるよりは、まし」

カティアが頷く。

「情報共有も必要です」

ミリアは、ほっとしたように肩の力を抜いた。

「一緒がいい」

ソフィアも静かに頷いた。

「私もです」

アイラは案内役へ向き直った。

「同室を希望する」

「承知しました」

五人は接続室を出た。

廊下へ出ると、外の雨音が微かに聞こえた。

雷は遠ざかっていない。

むしろ、さっきよりも近い。

壁の奥で、施設の機械が低く唸っている。

赤晶石の指輪は、まだ熱を残していた。


五人は並んで歩いた。

昨日から、初めてだった。

言葉は少ない。

けれど、肩の距離が近い。

互いの足音が聞こえる。

呼吸が分かる。

それだけで、少しだけ現実に戻れた気がした。

「六つ目」

カティアが小さく言った。

「明日、また出ると思いますか」

「出るでしょうね」

レナが答えた。

「嫌な言い方だけど、あれで終わる気がしない」


ミリアが自分の指輪を見た。

「誰なんだろう」

「人とは限りません」

カティアは言った。

「でも、人みたいな感じもしました」

ソフィアの声は静かだった。

「痛そうでした」

その言葉に、五人は黙った。

痛そう。

確かに、そうだったかもしれない。

六つ目の反応は、怖かった。

気味が悪かった。

けれど、ただ冷たいものではなかった。

何かを探しているような。

何かに手を伸ばしているような。

そんな感覚もあった。


アイラは、前を向いたまま言った。

「今夜、話を整理する」

「そうね」

レナが短く返す。

「大佐のことも?」

ミリアが尋ねた。

その言葉に、少しだけ沈黙が落ちた。

アイラは答えるまでに、わずかに時間を置いた。

「それもだ」

誰も反対しなかった。

大佐のこと。

グラウ大佐のこと。

赤晶石のこと。

六つ目の反応のこと。

魔王のこと。

本格運用のこと。

話すべきことは、多すぎる。

それでも、五人で話せるなら。

少なくとも、昨日の夜よりはましだった。


案内された部屋は、待機室を広くしたような場所だった。

寝台が五つ。

中央に小さな机。

食事を置くための台。

窓はない。

扉の外には警備兵が立つ。

自由ではない。

だが、一人ではない。

五人は部屋へ入った。

扉が閉まる。

外の足音が遠ざかる。

しばらく、誰も動かなかった。


次の瞬間。

ミリアが小さく息を吐いた。

「……やっと、みんなの顔をちゃんと見られた」

その声は、泣きそうだった。

ソフィアがそっと隣に寄る。

レナは顔を背けた。

「泣くなら食べてからにして」

「泣いてない」

「泣きそうな顔してる」

「レナもしてる」

「してない」

そのやり取りに、ほんの少しだけ空気が緩んだ。

本当に少しだけ。


けれど、五人には十分だった。

アイラは寝台の一つに腰を下ろし、自分の手を見た。

新しい赤晶石の指輪。

本格運用のためのもの。

五人を、星の力へ繋ぐもの。

その石は、静かに沈黙している。

だが、完全には眠っていない。

明日になれば、また光る。

そして、六つ目の反応も、おそらくまた現れる。


アイラは拳を握った。

「今夜のうちに、確認しておく」

四人がアイラを見る。

「私達が何をされたのか。何を感じたのか。何を疑っているのか」

アイラは続けた。

「明日、また同じ場所に立たされる。その前に、私達だけで整理する」

レナが頷いた。

「賛成」

カティアも静かに頷く。

「記録されていない私達側の情報が必要です」

ミリアは深く息を吸った。

「うん。話したい」

ソフィアも言った。

「私もです」

五人は、ようやく同じ場所に戻った。


それは自由ではない。

安全でもない。

信頼が戻ったわけでもない。

けれど、五人は五人でいられる。

今は、それだけが救いだった。

扉の外で、食事を運ぶ台車の音が近付いてくる。

遠くで雷が鳴った。

赤晶石の指輪が、ほんの微かに熱を持つ。

五人は互いを見た。

明日から、また試験が始まる。

その先に何があるのか、まだ分からない。

けれど今夜だけは。

一人ではなかった。


五人が接続室を出た後も、管制室の空気は戻らなかった。

試験は終了している。

接続は切られた。

中央の青晶石も、今は沈黙している。

それでも、記録盤の上には異常が残っていた。

五つの波形。

アイラ・ベルク。

レナ・クロフト。

カティア・ローゼン。

ミリア・フォークナー。

ソフィア・エーレン。

その五つの反応の隙間に、薄く、しかし確かに現れたもう一つの波形。


第六の反応。

誰も、すぐには口を開かなかった。

最初に沈黙を破ったのは、グラウ大佐だった。

「再生しろ」

記録係が慌てて操作する。

壁面の表示板に、先ほどの試験記録が映し出された。

接続開始。

五名の赤晶石反応上昇。

同期率上昇。

第三庁舎での最大値を超過。

中心青晶石、微弱反応。

そこまでは、想定より高いとはいえ、まだ説明出来る範囲だった。

だが、その直後。

五つの波形の外側に、薄い線が現れる。

五人の誰にも一致しない。

青晶石の反射にも見えない。

赤晶石の誤作動と呼ぶには、あまりにも形が整っている。

研究員の一人が、低く呟いた。

「……やはり、出ています」

「測定誤差ではないのか」

別の研究員が言う。

「五つ全ての赤晶石に同時に出ています。単一機器の誤差ではありません」

「中心青晶石からの反射は」

「反射にしては早すぎます。青晶石側の反応が立ち上がる前に、この波形が出ています」

「外部干渉か」

「施設外から赤晶石の同期系統へ直接触れるのは、通常は不可能です」

声が重なる。

記録係。

研究員。

技術兵。

それぞれが自分の担当する数値を確認し、可能性を挙げていく。

測定器の故障。

高出力赤晶石の共通不具合。

五名の同期が深まりすぎたことによる擬似波形。

中心青晶石の微弱な反射。

地脈側の揺らぎ。

どれも、完全には当てはまらなかった。


グラウ大佐は黙って表示板を見ていた。

その表情は崩れていない。

だが、いつものように結論を急がない。

それだけで、この反応が彼にとっても想定外だったことが分かった。

アルトも、同じ記録を見ていた。

驚きはあった。

警戒もある。

だが、それ以上に、妙な引っかかりが残っていた。


五人の反応ではない。

青晶石でもない。

赤晶石の単純な不調でもない。

それなのに、五人の同期が深まった瞬間にだけ、そこへ触れるように現れた。

まるで、開いた流れの端に、別の何かが引っ掛かったように。

アルトは眉を寄せた。

分からない。

だからこそ、気になった。

「ヴェルナー大佐」

研究員の一人が振り返る。

「第三庁舎で、類似の反応は確認されていますか」

「ない」

アルトは答えた。

「少なくとも、記録上は確認されていない」

「では、高出力対応の赤晶石に変えた影響でしょうか」

「可能性はある」

アルトは言った。


「試験用の指輪では拾えなかった反応が、高出力化で表に出たのかもしれない。だが、それだけで説明するには早い」

「五名側の精神反応との関係は?」

別の研究員が問う。

記録係が数値を読み上げる。

「第六反応の出現直前、五名間同期率が急上昇しています。特に、互いを認識したと思われる瞬間に反応が重なっています」

「互いを認識した?」

「接続室内の発言記録です。ミリア・フォークナー少尉が『みんなのことが前より分かる』と発言。その後、五名の波形が一段深く重なりました」

「その直後に、第六反応か」

グラウ大佐が言った。

「はい」

「五名の同期が、何かを呼び込んだようにも見えるな」

その言葉に、管制室が静まった。


呼び込んだ。

科学的な表現ではない。

だが、記録を見ている者の何人かは、その言い方を否定出来なかった。

アルトは表示板を見たまま言う。

「表現は慎重にするべきだ」

「では、どう表現する」

グラウ大佐が問う。

「五名間同期の深化に伴い、未分類反応が赤晶石系統に接触した」

アルトは淡々と答えた。

「現時点では、それ以上は言えない」

グラウ大佐の口元が、わずかに動く。

「相変わらず慎重だな」

「慎重に扱うべき反応だ」

アルトは視線を逸らさない。

「五人は、あれを感じ取っていた。カティア少尉は『六つ目』と表現した。ミリア少尉も、誰かがいるように感じていた。ソフィア軍曹も、ただの機械的な異常としては受け取っていない」

「つまり、五名の主観上も、独立した何かとして認識された」

「そうだ」

「興味深い」

アルトは、そこでグラウを見た。

「興味深いで済ませるな」

グラウ大佐は答えなかった。


研究員達の手が、一瞬だけ止まる。

アルトは続けた。

「未知の反応だ。五人の精神反応にも影響している。明日以降、同じ条件で再開するなら、最低でもこの波形の発生条件を整理する必要がある」

「本日の試験は中止した」

グラウ大佐は言った。

「明朝までに一次解析を出す」

「一次解析だけでは足りない」

「止める理由にはならない」

短い応酬だった。


管制室の空気が、再び張り詰める。

グラウ大佐は記録盤へ視線を戻した。

「この未分類反応は、暫定的に第六反応として記録する」

記録係が頷く。

「第六反応、ですね」

「そうだ。五名由来ではない。中心青晶石の反射とも断定出来ない。高出力赤晶石の異常とも、外部干渉とも現時点では判断しない。全て保留だ」

「了解しました」

記録係が書き込む。


第六反応。

その名が、正式に記録された。

アルトは、その文字を見つめた。

第六。

五人ではないもの。

だが、五人の接続を通じて現れたもの。

気に掛かる。

ただ、それだけだった。

自分の中に答えがあるとは思わない。

この場で何かを断定するつもりもない。

だが、見落としてはいけない反応だという感覚だけが、静かに残っていた。


「明日の試験では、第六反応の再現性を確認する」

グラウ大佐が言った。

「条件は可能な限り今日と同じにする。五名同時接続、高出力赤晶石、中心青晶石への微弱接続。その中で、同じ波形が出るかを見る」

アルトは表示板から目を離さなかった。

第六反応。

五人の波形の隙間に現れた、薄い線。

「再現性を確認する必要があることは認める」

アルトは言った。

「だが、同じ条件をそのまま繰り返すのは反対だ。五人は今日の時点で明らかに動揺している。未知の反応を感じ取ったことも、精神的負荷になっている」

「負荷は危険域ではなかった」

「数値上はな」

アルトは振り返る。


「だが、君も見ただろう。彼女達はあれをただの機械的な異常として受け取っていない。『六つ目』と呼んだ。誰かがいるように感じた。あの状態で再び同じ接続を行えば、反応そのものへの恐怖が加わる」

グラウ大佐は、表示板を見たまま答えた。

「恐怖が加われば、同期はさらに深まる可能性がある」

その一言で、管制室の空気が変わった。

アルトの目が、はっきりと冷える。

「それを利点として扱うなら、私は明日の試験には協力しない」

研究員達の手が止まった。

記録係も、書きかけた文字の途中で動きを止める。

グラウ大佐は、ゆっくりとアルトを見た。

「技術顧問としての職務を放棄するつもりか」

「五人を壊すための試験なら、それは職務ではない」

「言葉が強いな」

「弱く言えば聞くのか」

アルトの声は荒くない。

だが、抑えた怒りがあった。


グラウ大佐は少しだけ目を細める。

「君はいつも同じところで立ち止まる。危険がある。精神的負荷がある。説明が足りない。安全域を見直すべきだ。君の言い分は分かる。だが、その全てを待っていては、計画は進まない」

「計画を進めるために、彼女達の恐怖を燃料にするなと言っている」

「燃料ではない。反応条件だ」

「同じことだ」

アルトは即座に返した。

「君は名前を変えているだけだ。恐怖、疑念、失望。それを反応条件と呼べば、扱いやすくなる。だが、彼女達の中で起きていることは数値ではない」

グラウ大佐はしばらく黙った。

その沈黙は、納得ではない。

反論の順序を選んでいる沈黙だった。


「では聞こう、ヴェルナー大佐」

グラウ大佐は言った。

「君ならどうする。第六反応を無視するか。今日の記録を保留にして、数日かけて検証班だけで議論するか。その間に中央からの運用命令を止められると思うか」

アルトは答えなかった。

止められない。

それは分かっている。

だからこそ、余計に重かった。


「無視はしない」

やがて、アルトは言った。

「だが、条件を整える。少なくとも五人をこれ以上分断するな」

グラウ大佐の眉が、わずかに動いた。

「分断?」

「昨日から彼女達は個別に検査され、個別に待機させられている。食事も別。就寝も別。互いの顔も見られないまま、不安と疑念だけを赤晶石越しに拾っていた」

アルトは管制窓の向こう、誰もいなくなった接続室を見た。

「今日の試験で分かったはずだ。五人は互いを認識することで同期する。なら、その関係を切り離したままにすることは、安定ではなく負荷になる」

「負荷が反応を高める可能性は、先ほど言った通りだ」

「それを狙うな」

アルトは短く言った。

今度の声には、明確な警告があった。


「オスカー。これ以上そこを踏み越えるなら、私は中央への報告書にそのまま書く。第六反応発生後、責任者は候補者の精神負荷を意図的に増加させ、反応増大を狙った、と」

グラウ大佐の表情が、初めて少しだけ変わった。

怒りではない。

むしろ、興味に近い。

「君が私を牽制するとはな」

「五人を守るためなら、いくらでもする」

「その守るという言葉が、君をここまで遅らせた」

「それでも、壊すよりはましだ」

二人の視線がぶつかった。

研究員達は誰も口を挟まない。

外では雷が鳴っている。

管制室の壁が、かすかに震えた。

アルトは言った。

「彼女達には、自分達だけで話す時間が必要だ。こちらに聞かれていると分かれば、本音は出ない。表面だけの沈黙が残る。その方が明日の試験には悪い」


グラウ大佐は、少し考えた。

「君は、彼女達が本音を話せば安定すると考えているのか?」

「少なくとも、一人で抱え込ませるよりはいい」

「逆に、不信が共有される可能性もある」

「もう共有されている」

アルトは静かに返した。

「赤晶石を通して、彼女達は互いの不安も怒りも拾っている。なら、言葉で整理させた方がいい。黙らせれば、かえって形のないまま膨らむ」

グラウ大佐は、今度はすぐには返さなかった。

その理屈は、実験上も否定しにくい。

五人の同期を安定させる。

明日の再現性を確保する。

その目的に限れば、アルトの提案には意味があった。


「……いいだろう」

グラウ大佐は言った。

「ただし、明朝、五名の精神反応と赤晶石反応は通常通り測定する」

「それでいい」

「勘違いするな、ヴェルナー大佐」

グラウ大佐は声を落とした。

「私は君の感傷に譲ったわけではない。五名を同室に置くことで、明日の同期率がどう変化するかも確認出来る。これは運用上の判断だ」

アルトは、少しだけ目を伏せた。


「分かっている」

「不満そうだな」

「君が何でも記録対象にすることには、最初から不満だ」

「記録しなければ、何も残らない」

「記録しても、残らないものはある」

グラウ大佐は、その言葉には答えなかった。

代わりに、控えていた士官へ指示を出す。

「五名用の大部屋を用意。食事は同室へ運ばせる。警備は廊下のみ。室内には入るな」

「承知しました」

士官が敬礼し、管制室を出ていく。

アルトは再び表示板を見た。

第六反応。

薄い波形は、再生のたびに同じ場所で現れる。

五人の同期が深まり、互いの存在を強く認識した直後。

まるで、その隙間に触れるように。

「この反応の解析班を二つに分ける」

グラウ大佐が研究員達へ向き直る。

「一班は赤晶石系統。高出力対応品の共通波形、石ごとの個体差、制御幅の変動を洗え。二班は青晶石および地脈反応。中心青晶石の微細反応、地下流路の変動、外部観測値との照合だ」

「第三庁舎の記録はどうしますか」

研究員の一人が尋ねた。

「過去の訓練記録、赤晶石反応、五名の同期推移。全て比較しろ」

アルトが言う。

「私にも見せろ」

グラウ大佐は振り返った。

「全てか?」

「全てだ。今日の記録だけでは比較にならない。第三庁舎時の微細反応も含めて確認する必要がある」

「複製と持ち出しは認めない」

「閲覧出来ればいい」

グラウ大佐は、しばらくアルトを見ていた。


「許可する」

その返答を聞き、アルトはようやく頷いた。

研究員達が動き出す。

記録盤の複製。

波形の切り出し。

赤晶石ごとの出力比較。

青晶石の反応照合。

管制室は再び忙しさを取り戻した。

だが、先ほどまでとは違う。

第六反応。

その存在が、全員の思考の中心にあった。

グラウ大佐にとっては、新たな発見。

研究員達にとっては、説明しなければならない異常。

アルトにとっては、見過ごしてはいけない危険信号だった。


「ヴェルナー大佐」

グラウ大佐が、表示板を見たまま言った。

「君は、この反応をどう見る」

アルトは少し考えた。

「五人の同期が想定より深く開いたことで、通常なら拾えない何かに触れた可能性がある」

「何か、か」

「今はそれ以上言えない。五人由来ではないと断定するにも、外部由来だと断定するにも材料が足りない」

「君らしい答えだ」

「断定を急ぐ方が危険だ」

「材料は明日増える」

グラウ大佐は言った。

アルトは、その言葉に眉を寄せる。

「五人を材料にするな」

グラウ大佐は、少しだけ肩をすくめた。

「言葉の問題だ」

「違う」

アルトは静かに言った。

「そこを間違えたから、今の状況になっている」

グラウ大佐は答えなかった。


窓の外で、また雷が鳴る。

管制室の壁が、かすかに震えた。

外の監視兵から報告が入る。

「周辺河川、さらに増水。駐屯地北側斜面で小規模な崩落を確認。警備隊が対応中です」

グラウ大佐は表示板から目を離さずに問う。

「本実験場への影響は」

「現時点ではありません。ただし、雨量は増加しています」

「監視を続けろ」

「はっ」

報告が切れる。


アルトは、第六反応の波形を見た。

山は荒れている。

川は増えている。

空は重く沈んでいる。

その中で、五人は新しい赤晶石を嵌めた。

そして、五人ではない反応が現れた。

偶然と言い切るには、不穏なものが多すぎる。

だが、まだ何も分からない。

分からないまま、明日も試験は続く。

アルトは低く息を吐いた。

「今夜のうちに、解析に入る」

「そうしてもらおう」

グラウ大佐は言った。

「明日は、今日より多くのことが分かる」

アルトは答えなかった。


明日、分かること。

それが五人を救うためのものなのか。

それとも、さらに深く計画へ組み込むためのものなのか。

今はまだ、どちらとも言えなかった。

ただ一つだけ確かなことがある。

第六反応は、記録された。

もう、なかったことには出来ない。

そして五人は明日、再び接続室に立つ。

赤い指輪を嵌めたまま。

未知の何かと、もう一度触れることになる。


赤晶石の指輪が、五人の手元で微かに光った。

今度の熱は、先ほどよりも穏やかだった。

不安はある。

怒りもある。

疑念もある。

けれど、その奥に。

五人でいるという意志が、確かにあった。


外では、雨が降り続いている。

雷はまだ遠くで鳴っている。

本実験場の機械は、壁の奥で低く唸っている。

明日になれば、また試験が始まる。

六つ目の反応も、おそらく再び現れる。

魔王の脅威も、帝国の命令も、グラウ大佐の計画も、何一つ消えてはいない。

それでも今夜だけは。

五人は、五人でいられた。

それだけが、まだ失われていないものだった。


しばらく、誰も話さなかった。

食器は片付けられ、部屋には簡素な寝台と、小さな机だけが残っている。

五人はそれぞれ腰を下ろしたまま、考えていた。


明日のこと。

指輪のこと。

第六反応のこと。

アルト大佐のこと。

考えるべきことは多すぎて、どこから手を付ければいいのか分からない。

そんな沈黙の中で、ミリアがふと顔を上げた。

「ねえ」

四人がミリアを見る。

「すごく今さらなんだけど」

「何よ」

レナが少し警戒した声で返す。


ミリアは、自分の指輪を見ながら言った。

「採掘って、どうやるの?」

その問いに、全員が一瞬止まった。

「……採掘?」

アイラが聞き返す。

「うん」

ミリアは真面目な顔で頷いた。

「星の力を採掘するって言われたけど。採掘って、鉱石を掘ったり、地下から何かを取り出したりすることでしょ?」

「そうね」

レナが答える。

「でも星の力って、石みたいに掘れるものなの?」

ミリアは首を傾げた。

「それとも、星の力を管理している誰かがいて、私達五人で並んで『すみません、力をください』ってお願いするの?


一拍。

部屋の空気が止まった。

レナが口を開きかけて、閉じる。

カティアが瞬きをする。

ソフィアが手で口元を押さえる。

アイラも、すぐには反応出来なかった。

ミリアは慌てて手を振る。

「あ、変なこと言ったのは分かってるよ。分かってるけど、でも、どうやるのかなって」

レナが、ふっと息を漏らした。

笑いを堪えきれなかったような音だった。

「何それ。星の受付係でもいるの?」

「いるかもしれないじゃない」

ミリアが少しむくれる。

「順番札取って、五人でお願いしますって」

「星の力窓口?」

レナが言う。

「本日はどのくらいご希望ですか、って?」

ミリアがそれに乗る。

「地方都市一日分でお願いします」

「多すぎるわよ」

レナが、今度は少しだけ笑った。

本当に少しだけ。


けれど、五人の間に初めて柔らかい空気が戻った。

ソフィアも小さく笑う。

「もし受付係の方がいるなら、かなり困らせてしまいそうですね」

「帝国軍からの正式申請ですって言えば通るかな」

ミリアが言う。

「通るわけないでしょ」

レナが即答する。

「でも、グラウ大佐なら書類を用意してそう」

その一言で、ソフィアがとうとう笑った。

声に出したのは短かったが、確かに笑いだった。

アイラも、口元だけわずかに緩める。


「……確かに、グラウ大佐なら申請書を作りそうだな」

「でしょ?」

ミリアが少し得意げに言う。

「星の力採掘申請書。使用目的、帝国防衛。希望量、都市一日分」

「添付資料が多そうです」

カティアが真面目に言った。

「そこ、真面目に考えるのね」

レナが呆れたように言う。

カティアは少しだけ首を傾げた。

「ですが、ミリアの疑問は重要です」

その言葉で、空気が少し変わった。

笑いは残っている。

けれど、話の芯が別の場所へ移った。


カティアは指輪を見た。

「私達は、星の力を採掘すると説明されました。地脈から汲み上げる。私達の身体を経由する。赤晶石が通り道になり、青晶石へ蓄積する。そこまでは聞きました」

「でも、どうやって汲み上げるかは聞いていない」

アイラが言った。

「はい」

カティアは頷く。

「採掘という言葉を使うなら、本来は採掘対象と採掘方法があるはずです。鉱石なら掘る。水なら汲む。火なら燃料を入れる。でも星の力の場合、何をどこからどう取り出すのか、具体的な説明がありません」

ミリアが少し驚いた顔をする。

「私、そんなにちゃんとしたこと言った?」

「偶然ね」

レナが言う。

「偶然でも、言われてみれば確かにそうです」

ソフィアが言った。

「私達は、体を通すと聞かされました。でも、何がどこから入ってきて、どこへ出ていくのかは、まだ分かっていません」

「今日の試験では」


アイラは思い返す。

「力が流れたというより、繋がりを確認しただけに近かった」

「はい」

カティアが続ける。

「中心青晶石への本格流入は行わない、とグラウ大佐は言いました。つまり、今日はまだ本当に採掘したわけではない。接続の確認です」

「じゃあ、明日以降に本当に採掘するかもしれないってこと?」

ミリアが言う。

「その可能性が高いです」

カティアは答えた。

ミリアは、少しだけ顔を引きつらせた。

「受付係にお願いする方がまだよかったかも」

「受付係なら断ってくれるかもしれないしね」

レナが皮肉っぽく言う。

「申請内容に不備があります、って」

ソフィアが言った。

「使用者本人への説明が不足しています、とか」

その言葉に、五人は一瞬だけ黙った。


そして、レナが短く笑った。

「それで差し戻してくれるなら、いい受付係ね」

「再提出期限は?」

ミリアが聞く。

「無期限延期」

アイラが真面目な顔で言った。

その答えに、ミリアが少しだけ吹き出した。

重い話のはずだった。

実際、何も解決していない。

けれど、ほんのわずかに空気が軽くなる。

笑えることが、まだ残っている。

それが、五人には少しだけ救いだった。


カティアは、机の上に指で簡単な線を描いた。

「仮に、星の力が地脈に溜まっているとして」

「受付係はいない前提?」

ミリアが聞く。

「今はいない前提です」

「残念」

「話を戻します」

カティアは淡々と言った。

「地脈に溜まっている力を引き出すためには、地脈側に入口を作る必要があります。その入口を赤晶石が作るのか、青晶石が作るのか、あるいは私達の適性が入口になるのか」

「入口」

ソフィアが呟く。

「今日感じた六つ目も、入口と関係しているのでしょうか」

「分かりません」

カティアは正直に言った。

「ですが、五人の同期が深まった瞬間に現れました。つまり、私達が互いを強く認識することで、何かの通り道が開いた可能性があります」

レナが顔をしかめる。

「嫌な言い方」

「嫌な内容なので」

「それはそう」


アイラは、自分の指輪を見た。

「五人で並んで願うだけなら、まだ分かりやすい」

「願う?」

ミリアが聞く。

「星の力をください、と言うのと同じだ」

アイラは淡々と言った。

「だが実際には、私達の身体を通すと言われている。つまり、私達はお願いをする者ではなく、通り道として扱われている」

その言葉で、笑いの残りが静かに消えた。


ミリアは指輪へ視線を落とす。

「通り道……」

「だからこそ危険です」

カティアが言った。

「力がどれだけ入ってくるのか、どれだけ出ていくのか、私達には分からない。制御しているのが誰なのかも分からない」

「グラウ大佐は、制御する側にいるつもりでしょうね」

レナが言う。

「でも、今日の六つ目は制御出来ていなかった」

「そうだな」

アイラは頷いた。

「グラウ大佐も、アルト大佐も、予想外だった」

「そこは少しだけ安心しました」

ソフィアが言った。


レナが眉を上げる。

「安心?」

「少なくとも、全てを分かった上で私達に黙っていたわけではないのだと」

ソフィアは言った。

「六つ目に関しては、ですが」

「……甘いわね」

レナはそう言ったが、強くはなかった。

ソフィアも反論しない。

カティアは考え込むように言った。

「明日、もし質問出来るなら、採掘の具体的な方法を確認するべきです」

「質問して答えると思う?」

レナが言う。

「答えないなら、答えないことが情報になります」

「それ、便利ね」

「実際に便利です」

ミリアが手を挙げた。

「じゃあ、私が聞く?」

四人がミリアを見る。

「受付係の話も含めて?」

レナが言う。

「それは言わないよ」

「言いそう」

「言わないって」

ミリアは少し頬を膨らませる。

「でも、私が聞いた方が角が立たないかもって思っただけ」


アイラは少し考えた。

「いや、聞くなら全員がいる場でいい。誰が聞いても構わないが、質問は整理しておく」

カティアが頷く。

「では、確認項目をまとめましょう」

「紙ないけど」

ミリアが言う。

「覚えます」

カティアは即答した。

「やっぱりカティア担当でいいじゃない」

レナが言う。

「全員で覚えるべきです」

「はいはい」


アイラが指を折るようにして言った。

「一つ。星の力は具体的にどこから取り出すのか」

カティアが続ける。

「二つ。取り出す際、入口になるのは赤晶石か、青晶石か、私達の適性か」

ソフィアが言う。

「三つ。私達の身体には、どの段階で、どの程度の負荷が掛かるのか」

レナが言った。

「四つ。誰が止める判断をするのか。私達が異常を感じた時に中止出来るのか」

ミリアが少し考えてから言った。

「五つ。星の力の受付係はいるのか」

「ミリア」

アイラが名を呼ぶ。

「冗談です」

ミリアはすぐに手を上げた。

けれど、少しだけ笑っている。

レナも呆れたように笑った。


「でも、ある意味それも大事かもね」

「どういう意味ですか」

ソフィアが聞く。

「誰に対して力を取りに行くのか、ってことよ」

レナは指輪を見た。

「相手がただの力なのか。地脈なのか。星なのか。何か意思みたいなものがあるのか。今日の六つ目が出たせいで、余計に分からなくなった」

カティアが真面目に頷く。

「その点は重要です。採掘対象に反応や抵抗があるのかどうか。もしあるなら、単純なエネルギー源とは考えられません」

ミリアは小さく呟いた。

「やっぱり受付係いるかも」

「いるなら、最初に謝った方がいいかもしれませんね」

ソフィアが言った。

「勝手に蛇口を付けてすみません、って?」

レナが言う。

「それは怒られても仕方ないですね」

ソフィアが真面目に返す。

ミリアがまた笑った。

今度は、少しだけ自然だった。


アイラは、そのやり取りを見ながら、胸の奥にある重さがわずかに動くのを感じた。

何も解決していない。

明日になれば、また接続室へ行く。

グラウ大佐は止まらない。

アルト大佐も、全てを止められる立場にはない。

それでも、五人はただ流されるだけではない。

疑問を持つ。

言葉にする。

共有する。

それだけでも、違う。

「明日、聞こう」

アイラが言った。

「採掘とは何か。私達は何を通すのか。誰が止めるのか」

「受付係の有無も?」

ミリアが小さく聞く。

アイラは少しだけ考えた。

「言い方を変えれば、必要な質問だ」

レナが笑う。

「まさか採用されるとはね」

カティアが真面目に頷いた。

「採掘対象に意思、反応、抵抗がある可能性について、という形なら質問出来ます」

「ほら、受付係いた」

「まだいません」

「可能性はあるでしょ」

「可能性という言葉は便利ですが、乱用は危険です」

「カティア、真面目」

その軽いやり取りが、また少しだけ部屋を温めた。


外では雨が降り続いている。

壁の奥では機械が唸っている。

赤晶石の指輪は、まだ静かに熱を持っている。

けれど、その熱に飲まれるだけではなかった。

五人は、互いの顔を見ていた。

不安も、怒りも、疑念もある。

それでも。

明日、何を聞くべきか。

何を確かめるべきか。

それを五人で決めることが出来た。

ミリアの少しおかしな疑問は、ただの冗談では終わらなかった。


採掘とは何か。

星の力とは何か。

自分達は、いったい何に触れようとしているのか。

その問いは、五人の中に残った。

そして、その問いこそが。

明日の試験で、五人がただの媒介ではなく、人として立つための、小さな足場になっていた。



その夜、五人は同じ部屋で眠った。

寝台は五つ。

扉の外には警備兵がいる。

窓はなく、外の雨音だけが壁越しに聞こえていた。

赤晶石の指輪は、眠る前にはもう静かだった。

熱もない。

光もない。

ただ、指に嵌まっているという感覚だけが残っている。


五人はそれぞれ寝台に横になった。

しばらくは、誰も眠れなかった。

誰かが寝返りを打つ音がする。

誰かが小さく息を吐く。

誰かが毛布を引き寄せる。

やがて、その気配も少しずつ薄れていった。

雨の音が遠くなる。

機械の唸りも、壁の硬さも、寝台の冷たさも、ゆっくりとほどけていく。


ミリアは夢を見ていた。

ミリアは、川の前に立っていた。

暗い川だった。

けれど、水面には星のような光が浮かんでいる。

流れは下へ向かっているはずなのに、ミリアは上へ進んでいた。

歩いているのか、流されているのか分からない。

水に触れていないのに、足元は冷たい。


川岸には草が生えている。

でも、次に見ると石畳になっている。

その次には、焼けた土になっている。

夢の中では、それが不思議ではなかった。

ただ、遡らなければならない気がした。


川を遡る。

水の流れを逆に辿る。

それは、どこか記憶を辿ることに似ていた。

知らない記憶。

自分のものではないのに、なぜか胸の奥に引っかかる記憶。


川は上流へ行くほど広くなった。

普通なら逆なのに、夢ではそうだった。

水音は深くなり、空は近くなり、遠くで誰かの声がした。

声は聞こえるのに、言葉にはならない。


その先に、二つの湖があった。

一つは青く。

もう一つは暗い。

どちらも静かで、どちらも深かった。

ミリアは、その湖を見ていた。

怖いというより、触れてはいけないものを見ている気がした。

誰かが、小さな器を差し出した。

それが誰なのかは分からない。

器は水をすくった。

たった一杯。

それだけで、両手が震えるような気がした。

こぼしてはいけない。

壊してはいけない。

そんな感覚だけが、妙にはっきりしていた。


アイラは夢を見ていた。

アイラは、火山の麓に立っていた。

空は赤い。

けれど、夜のように暗い。

火山の頂から煙が昇っている。

その煙は上へ流れず、灰の雪のように地上へ降ってきた。


人々がいた。

大勢の人々が、火山の前に集まっている。

古い服を着た者。

膝をつく者。

両手を合わせる者。

泣いている者。

歌っている者。

兵士ではない。

だが、ただの民でもないように見えた。

何かの儀式をしているようでもあり、何かに祈りを捧げているようでもあった。

人々の輪の中心に、一人の人物が立っていた。


白い衣を着ていた。

少女のようにも見える。

大人の女のようにも見える。

顔は見えない。

けれど、その人物が中心なのだと分かった。

火山へ向かうために立っているのか。

火山から来る何かを迎えるために立っているのか。

それすら分からない。


アイラは、その人物へ歩み寄ろうとした。

しかし、足元の灰が急に水になる。

火山の麓にいたはずなのに、いつの間にか川の中にいる。

川は逆向きに流れている。

いや、アイラ自身が逆向きに進んでいる。

遠くで、火山が震えた。

そして、空を巨大な影が横切った。

翼のようなものが見えた。

鳥ではない。

雲でもない。

竜と呼ぶには、あまりにも曖昧だった。

人々が頭を下げる。

誰かが泣く。

誰かが笑う。

中心の白い人物だけが、動かずに空を見上げていた。


レナの夢は、戦場から始まった。

知らない戦だった。

いつの時代なのか分からない。

帝国軍の旗ではない。

王国の旗でもない。

見たことのない紋章。

見たことのない鎧。

それなのに、戦っている者達の恐怖だけは分かった。


剣がぶつかる音。

槍が折れる音。

馬が倒れる音。

誰かが叫ぶ声。

自分のものではない痛みが、腕に走る。


レナは剣を握っていた。

だが、自分の手ではなかった。

小さすぎるようにも、大きすぎるようにも見える。

誰かを守ろうとしている。

誰かを止めようとしている。

けれど、その誰かが誰なのかは分からない。


戦場の向こうに火山が見えた。

炎を抱えた山。

その上空を、巨大な影が飛んでいる。

影が羽ばたくたびに、戦場の音が遠ざかる。

代わりに、人々の祈りの声が聞こえる。

祈りと戦いが重なっていた。

火山の麓には、人の輪がある。

その中心に、白い衣の人物が立っている。


レナは叫ぼうとした。

行くな、と言いたかったのか。

逃げろ、と言いたかったのか。

それとも、待て、と言いたかったのか。

分からない。

声を出した瞬間、口の中に水が入った。

気付けば、川を遡っていた。

血の匂いは消え、代わりに冷たい水音が聞こえる。


上流には、二つの湖があった。

一つは青く光り、一つは暗く沈んでいる。

レナはその手前で立ち止まった。

これ以上進んではいけない。

けれど、戻ってもいけない。

そんな感覚があった。


カティアは、地図の夢を見た。

最初は机の上の地図だった。

だが、線が動いていた。

川のように。

血管のように。

大地の下を走る道のように。

その線は、山を通り、都市を通り、谷を抜け、また火山の方へ戻っていく。

カティアは、それを目で追っていた。


気付けば、地図の中にいた。

線の上を歩いている。

いや、川を遡っている。

線は水で、水は光で、光は記憶だった。

過去へ進んでいるのか。

源へ戻っているのか。

夢の中では、その違いがなかった。


流れの先には、二つの湖がある。

青い湖。

暗い湖。

その二つの間から、細い流れが生まれている。

流れは小さい。

だが、そこに含まれる力はあまりにも大きい。

カティアは、それを測ろうとした。

数値にしようとした。

けれど、夢の中には計測器がない。

代わりに、火山が見えた。

湖の向こうに。

地図の上に。

自分の足元に。


同時に、火山があった。

人々が火山の麓に集まっている。

何かの儀式のようだった。

祈りのようでもあった。

中心に白い衣の人物がいる。

その人物を囲む人々の輪は、円のように見えた。

だが、次に見ると、それは赤晶石の接続室で見た床の線にも似ていた。

五つの点。

中心。

流れ。

カティアは何かに気付けそうだった。

しかし、気付く前に景色が崩れた。

戦場の音が入り込む。

火山の煙が川の霧になる。

巨大な影が地図の上を横切る。

すべてが繋がっているようで、何一つ説明出来なかった。


ソフィアの夢は、声から始まった。

泣き声だった。

一人ではない。

たくさんの人が泣いている。

けれど、それは悲しみだけではなかった。

祈り。

感謝。

恐れ。

願い。

いくつもの感情が重なって、火山の麓に満ちている。


ソフィアは人々の間に立っていた。

誰かが手に花を持っている。

誰かが小さな器を持っている。

誰かが地面に額をつけている。

皆が、中心の人物を見ていた。

白い衣。

揺れる髪。

顔の見えない人。

その人物は、火山へ向かって立っていた。

捧げられているようにも見えた。

見送られているようにも見えた。

誰かを救うために、そこにいるようにも見えた。

ソフィアは、その人に触れようとした。

だが、近付いても近付いても距離は縮まらない。

代わりに、胸の奥へ感情だけが流れ込んでくる。


怖い。

痛い。

さみしい。

でも、逃げない。

それはソフィア自身の感情ではなかった。

知らない誰かのものだった。


火山の上を、巨大な影が飛ぶ。

人々の声が高まる。

その声が、突然、戦場の声に変わった。

剣の音。

火の音。

倒れる誰かの息。

ソフィアは手を伸ばす。

助けようとする。

けれど、手は水の中に沈んでいた。

川だった。

冷たい川を、彼女は遡っている。

上流には、二つの湖がある。

青い湖は静かで、暗い湖は深い。

その間から、細い流れがこぼれている。

誰かが器でそれを受け取っている。

一杯だけ。

こぼさないように。

壊さないように。

ソフィアは、その器を両手で支えようとした。


そこで、目が覚めた。

まだ夜だった。

雨音が聞こえる。

部屋は暗い。

五つの寝台の上で、五人はそれぞれ身体を起こしていた。

誰も、すぐには声を出さなかった。

息だけが聞こえる。

自分のものと、誰かのもの。

赤晶石の指輪は、ほんの微かに温かかった。


最初に口を開いたのは、ミリアだった。

「……起きてる?」

返事はすぐには返ってこない。

けれど、誰かが毛布を動かす音がした。

それから、レナが低く言う。

「起きてるわよ」

「全員か」

アイラの声がした。

暗がりの中で、四人がそれぞれ頷いた気配があった。

カティアは自分の左手を見ている。

ソフィアは胸元に手を当て、呼吸を整えていた。

ミリアは、毛布を握りしめたまま、少し迷ってから言った。

「変な夢、見た?」

その問いに、また沈黙が落ちた。


今度の沈黙は、否定ではなかった。

むしろ、誰から話すべきか分からない沈黙だった。

レナが、ため息をつく。

「……見た」

「私もです」

ソフィアが小さく言う。

カティアも頷いた。

「私も」

アイラは少し間を置いてから答えた。

「私もだ」

ミリアは、喉の奥がきゅっと縮むのを感じた。

自分だけではない。

それは安心でもあり、余計に怖くもあった。

「どんな夢だった?」

ミリアが聞いた。

レナはすぐには答えない。

「あなたから話せば?」

「私?」

「最初に聞いたの、あなたでしょ」

「それはそうだけど……」

ミリアは少し困ったように視線を落とす。


「川だった」

「川?」

アイラが聞き返す。

「うん。暗い川。でも、水面に星みたいな光があって。流れは下に向かってるはずなのに、私は上に進んでた」

カティアが反応する。

「遡っていた、ということですか」

「たぶん。歩いてるのか流されてるのかは分からなかったけど、とにかく上へ行かなきゃって感じがした」

ミリアは夢の感覚を探すように、ゆっくり話した。

「川岸も変だったよ。草があったと思ったら石畳になって、その次は焼けた土になって。変なのに、夢の中では普通だった」

「夢ってそういうものよね」

レナが言った。

だが、声には茶化す響きは薄かった。


ミリアは続ける。

「その先に、湖が二つあった。一つは青くて、もう一つは暗かった。すごく静かで……でも、近付いちゃいけないような感じがした」

ソフィアが、息を呑む。

「青い湖と、暗い湖」

ミリアが顔を上げた。

「ソフィアも?」

「はい。私も見ました。川の先に、二つの湖がありました」

カティアが眉を寄せる。

「私もです」

レナは顔をしかめた。

「ちょっと待って。川と湖なら、私も見た」

アイラも静かに言った。

「私もだ」

部屋の空気が、少し冷えた。

五人は互いの顔を見ようとしたが、暗くてはっきりとは見えない。

それでも、全員が同じものを見たという事実だけは伝わっていた。


「……偶然じゃないよね」

ミリアが言う。

「偶然で片付けるには、重なりすぎています」

カティアが答えた。

「赤晶石の同期が眠っている間も残っていた可能性があります。あるいは、今日の第六反応が何らかの形で影響したか」

「夢まで影響するの?」

レナが嫌そうに言う。

「分かりません」

カティアは正直に答えた。

「ですが、同じ部屋で、同じ指輪を嵌めたまま眠り、同じような夢を見た。無関係とは考えにくいです」


ソフィアは、まだ夢の余韻を抱えているように言った。

「私は、火山も見ました」

アイラが顔を上げる。

「火山」

「はい。火山の麓に、たくさんの人がいました。泣いている人も、祈っている人もいて……何かの儀式のようにも見えました」

ミリアが頷く。

「いた。人がたくさん。私の夢にも、少しだけ出てきた気がする」

レナが腕を組む。

「私は戦場の向こうに見たわ。火山と、人の輪みたいなもの。こっちは剣だの馬だの、知らない旗だのでめちゃくちゃだったけど」

「戦場?」

アイラが聞く。

「ええ。どこの戦か分からない。帝国軍でも王国軍でもなかった。旗も鎧も知らない。でも、戦っていた。誰かを守ろうとしていた気もするし、止めようとしていた気もする」

レナはそこで言葉を切った。

言いながら、自分でもうまく説明出来ないことに苛立っているようだった。


「変なのよ。自分の夢なのに、自分の記憶じゃない感じがした」

その言葉に、アイラが目を細める。

「私も似た感覚があった」

「アイラも戦場?」

「少し違う。私は火山の麓にいた。人々が集まっていて、中心に白い衣の人物がいた」

「白い衣」

ソフィアが小さく繰り返す。

「私も見ました」

カティアも頷く。

「私もです。地図の夢の中で、火山の麓に人の輪がありました。その中心に、白い衣の人物がいた」

ミリアが少し身を乗り出す。

「顔、見えた?」

「見えなかった」

アイラが答える。

「見えそうで、見えなかった。少女のようにも、大人の女のようにも見えた」

「私もそうでした」

ソフィアが言う。

「その人が捧げられているようにも、見送られているようにも見えて……でも、誰かを救うためにそこにいるようにも見えました」

「捧げられている、ね」

レナが低く言った。

部屋の空気が重くなる。

生け贄。


誰もその言葉は口にしなかった。

だが、全員が一瞬だけ思い浮かべた。

自分達の置かれている状況と、夢の中心にいた白い衣の人物。

それが無関係だと思うには、あまりに嫌な重なり方だった。

ミリアが、慌てて付け足す。

「でも、怖いだけじゃなかったよ。みんな、その人に何かを押し付けてるっていうより……必死に祈ってるみたいだった」

「祈りと犠牲は、同じ場所に並ぶことがあります」

カティアが言った。


レナが顔をしかめる。

「やめてよ。今その言い方、嫌すぎる」

「すみません」

「謝られると余計に変な感じになる」

ミリアが少しだけ笑いそうになり、すぐに口元を押さえた。

笑える場面ではない。

けれど、あまりに張り詰めていて、少しでも緩めないと息が出来なかった。

アイラが話を戻す。

「巨大な影は見たか」

ミリアは目を見開いた。

「見た」

ソフィアも頷く。

「火山の上を飛んでいました」

「鳥ではなかった」

アイラが言う。

「でも、はっきりした形でもなかった。翼のようなものは見えた」

レナが小さく舌打ちする。

「私も見たわ。戦場の上にいた。羽ばたくたびに、剣の音が遠くなって、代わりに祈りの声が聞こえた」

「祈りと戦が重なっていた」


カティアが呟く。

「私の夢では、地図の線が火山へ向かっていました。川のようでもあり、血管のようでもありました。その先に湖が二つあって、さらに火山が見えた。場所としては矛盾していますが、夢の中では全部が同じ場所にありました」

「夢の中なら何でもありね」

レナが言う。

「でも、何でもありにしては、全員で見ているものが似すぎています」

カティアは真面目に返した。

「川。二つの湖。火山。人々。白い衣の人物。巨大な影。戦いの断片。この共通点には、何か意味があると考えるべきです」

ミリアは毛布を握り直した。

「意味って、何の?」

誰もすぐには答えられなかった。


意味がある。

それは分かる。

だが、何を意味しているのかは分からない。

赤晶石なのか。

第六反応なのか。

星の力なのか。

それとも、もっと古い何かなのか。

ソフィアが静かに言った。

「誰かの記憶のようにも感じました」

「誰かの?」

ミリアが聞く。

「はい。自分のものではないのに、感情だけが入ってくるような。怖い、痛い、さみしい。でも逃げない。そんな感じでした」


レナは自分の手を見る。

「私は痛みがあった。腕を斬られたみたいな。でも目が覚めたら何もない。当然だけど」

「私も、戦いの中で命令を出そうとした感覚があった」

アイラが言う。

「自分の声ではない気がした」

カティアは少し考える。

「夢というより、断片かもしれません」

「断片?」

「記憶の断片。あるいは、記録の断片。誰のものかは分かりませんが、私達は何かを見たのではなく、何かに触れたのかもしれません」

「それって、昨日の第六反応と同じ?」

ミリアの声が少し震えた。

カティアはすぐに断定しなかった。

「可能性はあります。ただ、同じとは言えません。第六反応が原因なのか、赤晶石が原因なのか、五人の同期が深まったせいなのか、それとも本実験場そのものの影響なのか」

「全部じゃないの」

レナが言った。

「そうかもしれません」

カティアがあっさり認める。


レナは少し嫌そうに顔をしかめた。

「認めないでほしかった」

「嘘はつけません」

「真面目」

ミリアは自分の指輪に触れた。

「夢の中で、誰かが器を持ってた」

その言葉に、ソフィアが顔を上げる。

「私も見ました」

「川の水をすくってた。ほんの少しだけ。でも、すごく大事そうだった。落としちゃいけないって思った」

「私もです。こぼさないように、支えようとしていました」

アイラが考え込む。


「器か」

レナが眉をひそめる。

「私は見てない。少なくとも覚えてないわ」

「私は見えました」

カティアが言った。

「はっきりではありませんが、二つの湖の間から細い流れが出ていて、そこから何かを受け取っているように見えました」

「受け取る?」

ミリアが聞き返す。

「奪うというよりは、受け取る、です」

カティアは自分でも確かめるように言った。

「ただ、まだ分かりません。夢の中の象徴を、そのまま現実の操作に当てはめるのは危険です」

「でも、採掘って言葉とは違う感じがした」


ミリアが言った。

「採掘って、もっと掘るとか削るとか、そういう感じでしょ。でも夢の川は、掘るものじゃなかった」

「川を掘るとは言わないわね」

レナが言う。

「湖も掘るものではありません」

ソフィアが続ける。

「水なら、汲むものです」

その言葉が出ても、五人はすぐに結論へ飛びつかなかった。

ただ、それぞれが夢の感覚を思い返した。

川。

湖。

器。

こぼしてはいけないという感覚。

壊してはいけないという感覚。

「採掘ではなく、採取」

カティアがゆっくり言った。

「そう表現した方が、夢の感覚には近いかもしれません」

ミリアが小さく頷く。

「うん。バケツで汲む、みたいな」

レナが少しだけ笑う。

「バケツって」

「だって分かりやすいでしょ」

「分かりやすいけど、星の力をバケツで汲むって相当変よ」

「受付係にお願いするよりは現実的じゃない?」

「どっちも現実的じゃないわよ」

そのやり取りで、少しだけ空気が緩んだ。

ソフィアも小さく笑う。

アイラの口元も、わずかに動いた。


だが、カティアは真面目なままだった。

「ただ、イメージとしては重要かもしれません」

「何が?」

レナが聞く。

「明日の試験で、私達はまた接続室に立たされます。グラウ大佐は採掘と言った。ですが、私達がその言葉のまま、掘る、削る、引き出す、という感覚で同期すれば、精神的にも乱れやすいかもしれません」

「だから、汲む?」

ミリアが言う。

「まだ断定は出来ません」

カティアは慎重に答えた。

「ですが、川や湖の夢を見たことに意味があるなら、力を乱暴に引き出すのではなく、流れているものを少しだけ受け取るイメージの方が安定する可能性があります」

「夢に意味があるなら、ね」

レナが呟く。

「意味はあると思う」

ソフィアが言った。

レナがそちらを見る。

ソフィアは少し迷いながら続けた。

「理由は分かりません。でも、ただ怖がらせるための夢ではなかったと思います。あの器も、川も、何かを教えようとしているように感じました」

「誰が?」

ミリアが聞く。

ソフィアは首を横に振る。

「分かりません」

「そこが一番怖いのよね」

レナが言った。


アイラはしばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと口を開く。

「明日、すぐにこれを使うと決める必要はない」

ミリアが少し驚く。

「使わないの?」

「そうではない。だが、夢を見た直後に、全てを決めるのは危険だ」

アイラは落ち着いた声で続けた。

「まず、共有する。何を見たのか。何が重なっているのか。どこが違うのか。それを確認する」

カティアが頷く。

「その上で、明日の試験中に感覚が近付いたら、川や器のイメージを思い出す」

「掘るんじゃなくて、汲む」

ミリアが言った。

「必要なら、そうする」


アイラは答えた。

「ただし、向こうにはすぐに全てを話さない」

その言葉に、四人が静かになる。

ソフィアが小さく聞く。

「夢のことを、ですか」

「全て話せば、全て記録される」

アイラは言った。

「第六反応と同じように、次の試験条件として使われる可能性がある」

レナが短く笑う。

「間違いなく使うでしょうね。特にグラウ大佐は」

「だから、私達の中で先に整理する」

アイラは続けた。

「体調に関わることは報告する。指輪の熱、眠っている間の反応、悪夢で眠れなかったこと。それは必要だ。だが、火山や白い衣の人物、器の話まで全て渡すかは、慎重に決める」

カティアが少し考える。

「報告内容を分けるべきです。共通夢を見たこと自体は、体調と精神反応に関わるため隠し切れないかもしれません。しかし、細部を全て言う必要はありません」

「共通夢って言葉、もう嫌なんだけど」

レナが言う。

「他に言い方がありますか」

「あるでしょ。嫌な夜、とか」

「記録名として不適切です」

「記録しなくていいのよ、こっちは」

ミリアが小さく笑った。

その笑いはすぐに消えたが、部屋の空気は少しだけ柔らかくなった。


「じゃあ」

ミリアは指を折るように言った。

「覚えておくこと。川。二つの湖。火山。祈ってる人達。白い服の人。大きな影。戦い。器」

「多いわね」

レナが言う。

「夢だから仕方ないよ」

「それもそうね」

ソフィアが静かに付け加える。

「感情も、覚えておいた方がいいと思います」

「感情?」

「怖いだけではありませんでした。悲しいとか、さみしいとか、でも逃げないとか。そういうものもありました」

アイラが頷く。

「それも重要だ」

カティアも同意する。

「夢の内容だけでなく、感覚の一致も確認すべきです。川を遡る時の感覚。湖に近付いた時の感覚。器を見た時の感覚」

「感覚の答え合わせまでやるの?」

レナが言う。

「必要です」

カティアが即答した。


レナは諦めたように息を吐いた。

「はいはい。じゃあ私は、戦場は最悪。火山は嫌な予感。湖は近付きたくない。器は見てない。以上」

「雑です」

「正直でしょ」

「正直ではあります」

ミリアが今度は少しだけ笑った。

アイラも、少しだけ肩の力を抜く。

「今夜はここまでにしよう」

「眠れると思う?」

レナが聞く。

「眠れなくても、横にはなる。明日の試験に響く」

「真面目」

「必要だ」

ソフィアが頷いた。

「少しでも身体を休めましょう」


ミリアは毛布を引き寄せながら、自分の指輪を見た。

「また夢を見たら?」

レナが即答する。

「今度こそ受付係に苦情を入れて」

「え、私が?」

「言い出したのあなたでしょ」

ミリアは少しだけ笑った。

「分かった。採掘申請の内容が不明確ですって言っておく」

ソフィアがくすりと笑う。

「差し戻してもらえるといいですね」

カティアが真面目に言う。

「理由は、対象、方法、責任者、停止条件が不明確なため、でしょうか」

「カティアまで乗らないでよ」

レナが呆れたように言った。

だが、その声にも少し笑いが混じっていた。


アイラは四人を見た。

不安は消えていない。

夢の意味も分からない。

明日の試験も止まらない。

それでも、五人はただ怯えているだけではなかった。

見たものを話し合い、疑問にし、少しだけ笑いに変えることが出来ている。

それは、まだ失われていないものだった。

五人はもう一度、寝台に横になった。

完全には眠れない。

けれど、一人ではなかった。

赤晶石の指輪は、静かに沈黙している。

その奥で、遠い川の音だけが、まだかすかに残っていた。






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