【第99話】老魔術師たちの決起と、すれ違いの果て
エルウィンさんはこの2ヶ月間、王都や各地を奔走した。
目的は、多数の高齢で高レベルな魔術師を集めることだ。王命も取り付けてもらった。
そのお陰で、150名を超える熟練の魔術師集団が出来上がった。
……いや、それは正確な表現ではないな。
「魔界へ足を踏み入れる」「魔族と命を懸けた防衛戦をする」「その結果、世界を救う」と伝えたところ、皆さん我先にと参加を志願してきたのだ。
暇を持て余していた引退済みの老魔術師たちにとって、人生の最後に用意されたこれ以上ないほど魅力的な死に場所、もとい大舞台だったらしい。
魔法学校のグスタフ学長や、オズワルド師の姿まである。
そして、その先頭に立つのは俺の養父であるグランゼン様だ。周囲からは立場上猛反対されたらしいが、無理やり押し切ってやって来たとのこと。(汗)
豪華すぎる集団が、カルバン領へ到着したは。
カルバン領の魔法師団トップであるドノヴァン師(エルザの父親)が、少し苦々しい顔で一行を出迎える。
「まさか、こうして国中の魔術師たちと共に黄泉の門の前に立つ日が来るとはな……」
かつて国への反逆を企てていたドノヴァン師も、当然行く気満々で防衛隊の中に陣取っていた。
そこに、大剣を背負ったガルシアさんが現れた。
なんだか、いつもと纏っている雰囲気が違う。
「ガルシアさん、しばらく見ないうちに何か変わりましたか?」と俺は聞いてみた。
「ふふ。最近、君たちと過酷な使命を共にする事で、剣を振るうのが楽しくてね。昔、師匠から与えられて失敗した試練があって、それをキッカケに剣聖の道を諦めたのだが……つい先日、その試練を超えて来たのだよ」
どうりで、憑き物が落ちたような清々しい顔をしているわけだ。
「おお、おめでとうございます! ……で、その試練って何だったんですか?」
俺は軽い気持ちで聞いてみた。
「なに、剣1本でドラゴンを5匹同時に相手にすると言うものだ。辛うじて大きな怪我は負わずに済んだよ」
えええええ! そんなの、レベル90の今の俺でも勝てるかどうか怪しいぞ……。
いやはや、どうかしてるぜ、剣聖の師弟ってやつは。
◇ ◇ ◇
いよいよ明日、門が開く。
カルバン領の広間で作戦会議が開かれた。
エルウィンさんが皆の前に立って話し始める。
「門が開いたら、まずはドノヴァン師とエルザ嬢の2人に入っていただきます。魔族に対して『生贄を連れて来た』と伝え、魔術師の皆さんにはそのすぐ後に入っていただきます。この際、申し訳ありませんが、皆様にはみすぼらしく汚らしいローブを羽織っていただきます。魔族に生贄だと勘違いさせるためです」
誇り高き老魔術師たちからガヤガヤと声が上がるが、エルウィンさんは構わず説明を続ける。
「皆さんが入り切った最後に、我々4人とガルシアさんが飛び込みます。そこでクレムが皆さんに広範囲の支援魔法をかけます。そのタイミングで、奇襲戦闘スタートです」
おおおっ、と野太い歓声が上がる。
「その混乱に乗じて、私、カール、クレム、エルザ、ジャックの5名は魔王城へ向けて移動します。魔王城の奥深くで魔界の核を操作したら、急いで逃げて来ます。それまでの間、皆さんには門を破壊されずに耐え抜いていただきたい」
「何分くらいかかりそうだ?」
グランゼン様が真剣な声で質問する。
「往復に1時間、向こうでの作業に1時間。計2時間程度と考えておいてください。その間、異変に気付いた魔族が次から次へと門へ殺到してくるはずです」
日没の門から魔王城までは奇跡的に近い距離にあったが、それでも15キロもある。身体強化と風魔法を限界まで使って走っても、片道30分で行くのはかなりギリギリだ。
魔王城の内部構造については、バイゼル(憑依した魔族の記憶)から可能な限り聞き出してきた。上手く誰にも見つからずに最深部へ行ければ、コアにエネルギーを注入するだけなら1時間もかからないだろう。
「我々が門へ到着したら、皆さんは急ぎ地上界へ戻ってください。最後にジャックが魔剣の次空斬で空間を切り離し、黄泉の門から脱出します。そしてカールが、黄泉の門を物理的に破壊して完全に道を断ちます」
エルウィンさんは、そこで歴戦の魔術師たちを見回した。
「相手は、最下級の兵士ですらレベル70を超える化け物ばかりです。向こうの陣立てがどうなっているかも分かりません。皆さんには無理をお願いすることになりますが、決して死なないように防御に集中してください。そして、何とか生き残って……この世界を救う瞬間をともに迎えましょう」
エルウィンさんの静かな、しかし熱を帯びた言葉で、作戦会議は締め括られた。
◇ ◇ ◇
作戦会議が終われば、前夜の決起会だ。
明日、命を落とすかもしれない不安と、人生の最後にもう一華咲かせようとする熱烈な期待が入り混じり、皆が老人とは思えないほどのエネルギーで大いに盛り上がっていた。
あの厳格なグスタフ学長とオズワルド師が、酒の入った杯を片手に肩を組んで笑い合っている光景を見られる日が来るとは。
そんな喧騒から少し離れた場所で。
「ドノヴァン殿、ちょっといいかな?」
「グランゼン様。改まって何でしょう?」
「これは、完全なオフレコの話だ」
パチパチと燃える焚き火を見つめながら、グランゼン様が静かに語り出した。
「今回の魔界への侵入に関しては、誰もが命を落とす可能性が高い。そして、カルバン領の地下に開く門であり、カルバン魔法師団のトップであるドノヴァン殿も自ら最前線に立つと、私はアルベルト王へ報告したのだ」
ドノヴァン師が、鋭い視線をグランゼン様へ向ける。
「その報告を聞いた後、アルベルト王から『ドノヴァンに、すまなかったと伝えてくれ』と、言づてを頼まれた」
ドノヴァン師はクワッと目を見開き、焚き火の光を反射させて怒りを露わにした。
「何を今更! 愛する妻と領民を見殺しにしておいて、口先だけの謝罪など……」
「あぁ、貴殿の怒りと恨みは痛いほど理解している。ただ、冥土の土産にこの話だけでも聞いてほしい」
グランゼン様は、真っ直ぐで真剣な顔でドノヴァン師を見つめ返した。
「10年前、セレスティア国とはアルベルト王とルシウス王の個人的な確執で仲違いしていると思われていたが、実は違うんだ。密かにルシウス王から『自国の中枢に内通者がいる。それを炙り出すために、リディア国と国境争いがあるように偽装してほしい。協力してくれ』と極秘の依頼があったのだ。そして、まさに黒鱗病が流行したあのタイミングで、内通者の炙り出しは後1歩のところまで来ていた。結果として、セレスティアとの共通の隣国であるグランツ国の内通者を洗い出し、国の崩壊を防ぐことができたのだ」
グランゼン様はふぅ、と一息ついた。
「国を巻き込む戦争で負けるリスクと、病気が蔓延するリスクを天秤にかけ……王は戦争で負けるリスクを回避した。カルバン領という、確かな力を持つ地を犠牲にしてな……」
パチ、と薪が爆ぜる音が響く。
「ふははははっ」
ドノヴァン師が、突如として夜空を見上げて大笑いした。
これには、さしものグランゼン様もキョトンとした顔で彼を見た。
「いや……つい先日、長年すれ違っていた娘と和解してね。その時に娘から『自分が浅はかだった。最初からお父様とちゃんと話し合っていれば良かった』と泣かれましてね。ふふっ、本当に人というのは、言葉が足りずにすれ違う生き物だ……」
そう言うと、ドノヴァン師は手元の酒を一気に煽った。
「明日は、死んでもこの門と、愛する娘を守り抜く」
彼は焚き火の炎を見つめながら、静かに、しかし絶対の決意を込めてそう誓うのであった。




