【第98話】次空斬の魔剣と、決死の作戦会議
シャリーク国での長きにわたる潜入調査と工作を終え、我々はついにガバレリア領へと帰還した。行きと帰りを含めて、およそ7ヶ月にも及ぶ過酷な長旅だった。
疲労は骨の髄まで染み込んでいたが、ゆっくりと休んでいる暇はない。残された時間は少ないのだ。
我々は息つく間もなくゼレナ山脈を登り、銀の城へと向かった。さっそく、バイゼルへ事の顛末を報告する。
「おぉ、それはすごい。まさかこんなに早く黄泉の門の場所を特定し、魔界へ到達するとは」
広間に響くバイゼルの声には、確かな驚きと称賛が混じっていた。
そう言うと、彼はこれからの最終局面の具体的な流れを詳細に説明しはじめた。
我々に課せられた残りの課題は、大きく分けて2つ。
1.魔界の核への、テンパメントによる次元の狭間のエネルギー注入
2.特殊な術式と武器を用いた、魔界と地上界を切り離すための時空の切断
コアへのエネルギー注入についてだが、操作そのものは驚くほど簡単だった。
俺が直接コアに触れながらテンパメントを発動させ、「己の魔力を押し出す感覚」を念じるだけで良いらしい。そうすればシステムの補助が働き、勝手に次元の狭間のエネルギーがコアへと注入されるのだという。
「……アン・セラは、こういう悪辣なシステムを構築する技術力だけは無駄に高いからな」
バイゼルは吐き捨てるように言った。事あるごとにアン・セラへの深い憎しみが感じられる。とんでもない皮肉だ。
次に、魔界をこの世界から引き剥がしやすくするための『時空の切断』だ。
これには、かつてヴォルクが魔族を両断した強大な光の剣のような、絶大な切断力を持つ特別な武器を使う必要があるらしい。
「この銀の城に配備されている銀騎士が持つ5つの武器を融合して、1つの特別な魔剣を用意する。そこに、空間そのものを断ち切る『次空斬』という技が一度だけ撃てるように、私の力で魔力を注入しておこう。準備するから、少し待ってくれ」
バイゼルがそう言うと、しばらく広間は静寂に包まれた。
数分後。
「剣の準備が出来た。……この大役は、ジャック殿が担うと言う事で良いか?」
剣といえば、生粋の騎士であるジャック兄さんだ。かつてこの城で最初に魔剣を手に取り、死闘を演じたのも兄さんだし、適任だろう。
我々が全員で頷くと、バイゼルの声がジャック兄さんを呼んだ。
「ジャック殿、少し奥の台座の近くへ来てくれ。剣の扱いと、技を発動するための細かい説明がある」
ジャック兄さんは促されるままに奥へと進み、しばらく何やら真剣な顔でバイゼルからのレクチャーを受けていた。
やがて、淡い光を放つ1振りの魔剣を手にして戻ってきた。ジャック兄さんは、その剣が担う世界の命運という役割の重さを肌で感じているのか、これまでに見たことがないほど引き締まった顔つきだった。
さすがに気合いが入っているな。
「ジャック、問題なく行けそうですか?」
エルウィンさんが尋ねると、ジャック兄さんは力強く頷いた。
「えぇ、問題ありません。いけます」
準備が整ったところで、バイゼルが忠告するように重い声を出した。
「さて。この一連の計画において、最大の難関となるのは、魔王が直接管理している魔界の核へとたどりつくことだ。……君たちのことだから、イグリスと約束した生贄500人など、どうせ用意しないのだろう? 約束が破られたと分かった時点で、魔族たちとは完全に戦いになるはずだ」
たしかにな。それは俺もずっと気にしていた。
「いいか、よく聞け。普通の魔族の兵士であっても、君たちの世界の基準で言えばレベル70から90程度の力を持っている」
なんだと……。普通の魔族で、俺やカルバン領のドノヴァン師並みの強さがあるというのか。
それはヤバいなんてもんじゃない。
「そして、魔界を統べる魔王に至っては、レベル120は確実に超えているはずだ。まともに正面から戦って勝てるような相手ではない」
レベル120。完全に異次元の強さじゃないか……。
そんな規格外の化け物を相手にして、隙をついて核にエネルギーを注入することなど、果たしてできるのだろうか。
さらに、この作戦には圧倒的なスピードが要求される。
日没の門を出て、北に15キロほど行った荒野の先に、コアを管理している魔王城があるらしい。
門が開いたらすぐにそこへ到着し、コアにエネルギーを注入して、急いでこちらの世界へと戻って来なければならない。
時間がかかればかかるほど、異変を察知した魔族が大量に集まってくる。そうなれば、帰還するための門を破壊されずに守り抜く時間が長くなり、全滅のリスクが跳ね上がるからだ。
「さて……またしても頭の痛い難問ですね」
エルウィンさんは腕を組み、深く考え込んだ。
しばらくの沈黙の後、彼は覚悟を決めたような鋭い目つきで口を開いた。
「門が開く約束の日まで、後2ヶ月あります。まだ、こちらで戦力を準備する期間は残されている」
エルウィンさんは我々を見渡し、厳しい口調で言った。
「正直、やりたくはない非道な手段なのですが……ここは人海戦術を取りましょう。我が国や他国のつてを頼り、なるべく高レベルで、かつ高齢な歴戦の魔術師たちに事情を話し、門の防衛隊に参加してもらいます。もちろん、ガルシアさんにも加わっていただきます」
それは凄い。先が短くとも絶大な力を持つ老魔術師たちと、世界最強の剣士による部隊か。
「その方々には、黄泉の門を守りつつも派手に戦闘をしてもらい、魔族の軍勢を惹きつける陽動を担ってもらいます。そして我々5人は、その隙を突いて魔王城の奥深くにある核を目指すのです」
エルウィンさんは真剣な顔つきになり、力強く宣言した。
「強大な魔王の相手は、我々5人で何とかしましょう」
その言葉に、我々は皆、無言で深く頷き、来たるべき決戦への覚悟を固めるのであった。




