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スライム食ったら世界を救うことになった【完結済】  作者: エリト


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【第94話】狂気の魔物潜水艦と、開くはずのない扉

俺たちは、準備を整えて再びあの不気味な地底湖へと舞い戻ってきた。

巨大な横穴から地底湖の脇にある平坦な陸地へと降りる際、今度はコウモリのパペットに頼るのではなく、俺たち自身が直接下へと向かう必要があった。


暗闇の中、垂直に近い切り立った崖を降りるという難業だったが、ここでエルウィンさんの魔法技術が冴え渡った。彼は土魔法で崖の表面に絶妙な間隔で階段状の足場を次々と隆起させ、さらに風魔法で俺たちの身体をふわりと包み込み、落下時の負担を完全に消し去ってくれたのだ。

まったく、この人の魔法の引き出しの多さと応用力にはいつも舌を巻く。莫大な魔力で強引に押し切る俺とは違い、マジで「魔法使い」と呼ぶに相応しい洗練された技だった。


さて、無事に陸地へと降り立った俺たちは、さっそくエルザのパペットを使って巨大魚を呼び寄せることにした。

先ほどは不用意に近づいた瞬間に速攻で飛び出してきたが、今度もうまく釣れるだろうか。


だが、そんな心配はまったくの無用だった。

パペットを湖面に近づけた次の瞬間、地底湖の静寂を切り裂いて、凄まじい水柱が立ち上がったのだ。

現れたのは、先ほどコウモリ越しに見た時よりもさらに巨大に感じられる、凶悪な牙を持った超巨大魚だった。大型モンスターを見慣れ、数々の死線を潜り抜けてきた俺たちでさえ、一瞬たじろいでしまうほどのデカさだ。


とはいえ、所詮はただの大型モンスター一匹である。

俺は冷静に右手を前に突き出し、飛び出してきた巨大魚の額を正確に狙って、光の貫通魔法『ア・レイ』を放った。


キンッ!


「なっ!? 弾かれた!」


俺は思わず声を上げた。

この後、この巨大魚の死骸を「潜水艦」代わりに使うという狂気の作戦が控えているため、激しい損傷を与えると潜水時に水漏れすると思い、威力をかなり手加減して撃ったのは事実だ。

とはいえ、レベル90の俺が放ったア・レイを、いとも容易く弾き返すとは。あの分厚くぬめり気のある鱗は、異常なまでの硬度と魔法耐性を誇る強力な装甲らしい。


「やれやれ。レベル90という伝説の領域に達しておきながら、この程度のモンスターの処理に手こずるとは……まさに宝の持ち腐れですね」


背後から、エルウィンさんの呆れ果てたような冷たい声が降ってきた。

ぐぬぬ。手加減した結果だというのに、そこまで言わなくてもいいじゃないか。俺は少し涙目になった。


「そこで見ていなさい。エルザ嬢、パペットを巧く使って、ヤツを陸地の方へ深くおびき寄せてくれ」


「任せて」


エルザが指先を優雅に操ると、パペットは巨大魚の鼻先を掠めるようにして陸地へと逃げ込んだ。獲物を逃がすまいと、巨大魚が猛烈な勢いで陸地へと巨体を乗り上げてくる。


そこへ、エルウィンさんが風魔法を用いてすかさず空へと舞い上がった。


「フラクトフラッシュ!」


彼が短く詠唱した次の瞬間、強烈な閃光が巨大魚の額をゼロ距離で撃ち抜いた。

本来、フラクトフラッシュは壁を透過して視界を得るための特殊な光魔法だ。だが、それを極限まで収束させて攻撃に転用することで、強固な物理装甲や魔法耐性を『透過』し、脳などの内部組織だけを直接破壊するという恐ろしい暗殺魔法へと昇華させられる。


巨大魚は声にならない断末魔を上げ、ビクンと一度大きく跳ねた後、地響きを立てて陸地に沈み込んだ。見事な一撃必殺だった。


最近、俺やエルザにレベルを抜かされたことを密かに気にしていたらしく、執務の合間を縫って相当無茶なレベル上げの訓練をしている……と、副官のベルモンさんからこっそり聞いてはいた。

だが、まさか彼がそこまで得意としていなかったはずの光魔法、しかも俺の得意技の応用であるフラクトフラッシュで、超大型モンスターを一撃で沈めるまでに至っているとは。

努力を惜しまない、本物の天才の意地を見た気がした。


「さて、エルザ嬢。これで乗り物の確保が出来ましたよ」


エルウィンさんは静かに着地すると、余裕の笑みを浮かべてそう言った。

く、悔しい……。完全に良いところを持っていかれた。


◇ ◇ ◇


そして、俺たちは地獄を見た。

巨大魚の口をこじ開け、酸を防ぐ結界を張り巡らせてから、その口腔内へと乗り込んだのだが……。


想像した通りだった。臭い。

いや、「臭い」なんていう生易しい言葉で表現できるような次元ではない。魚の生臭さと、酸の刺激臭と、内臓の腐敗臭を煮詰めたような、まさに生き地獄の悪臭が充満していた。


俺、クレム、ジャック兄さん、そしてエルウィンさんの四人は、死んだ魚の中で、自分たちも完全に死んだ魚のような眼をして壁にもたれかかっていた。息をするだけで精神力がゴリゴリと削られていく。


だが、この狂気の作戦を提案した当のエルザは、まったく気にもしていない様子だった。


「何よ、みんなしてだらしない顔をして。こんなの、ただの血と肉の匂いじゃない。普通よ、普通」


彼女は扇子で軽く空気を仰ぎながら、心底呆れ気味に俺たちを見下ろしている。

いやいやいや、幼い頃からアンデッドの扱いに慣れ親しんだ、生粋の死霊使いとして育ったあなたと一緒にしないで欲しい。俺たちは普通の人間なんだ。


とは言え、運用自体は極めて上手く行った。

外側の鱗が強酸の湖水を完全に防いでくれるため、安全な潜行が可能となったのだ。

広い地底湖の探索は、エルウィンさんの風魔法による音の反射を活用して行われた。空洞内に特殊な音波を放ち、その反響音を読み取ることで、暗闇の水中でも正確な地形を把握していくという高度な探知魔法だ。


悪臭に耐えながらかなり深く潜ったところで、エルウィンさんが「ふむ」と声を上げた。どうやら、明らかに地形が不自然で怪しい場所を見つけたらしい。


俺やエルザも、エルウィンさんの探知結果を共有してもらい、下手なりにその場所の魔力的な気配を確認してみた。


「この重苦しくて冷たい空気……カルバン領の地下で見た、あの祭壇の雰囲気と少し似てる気がするね」

「ええ、間違いないわ。空間の魔力がそこだけ不自然に歪んでいるもの。たぶん、ここであってそうね」


どうやら、俺たちはついに探し求めていた二つ目の「黄泉の門」の隠し場所を見つけたらしい。


◇ ◇ ◇


「さて。場所は特定できましたが、問題はここからです。黄泉の門をどうやって呼び出し、そして開けてもらうか……ですね」


エルウィンさんは真剣な顔になり、一呼吸置いた。


「正直に言いましょう。門の正確な場所を見つけるまでなら、我々の知識と魔法で何とかなると思っていました。ですが、二百年以上も封印され、システムが眠りについている門を強制的に呼び出して開かせる案など、私にはまったく思いつきません。これが、この潜入作戦における最難関の課題です」


……でしょうね。

正直なところ、俺も「いやいや、無理じゃんそんなの!」と内心で突っ込んでいた。相手は次元を繋ぐ神話級のアーティファクトだ。物理的に叩いて出てくるような代物ではない。


しばらくの間、悪臭に耐えながらみんなで知恵を絞り、いくつかアイデアを出してみたが、どれもピンとくるものでは無かった。


「……仕方ありません。だいぶ時間はかかってしまいますが、一旦地上へ戻りましょう。そこから数ヶ月かけて銀の城に戻ってバイゼル師に直接相談するか、あるいはカルバン領に引き返して、もう一度ドノヴァン師に封印解除のヒントを貰いに行くか……そうする他ありませんね」


エルウィンさんの苦渋の決断に、みんな複雑な顔になった。

ここから三ヶ月かけて戻ったとして、彼らに相談すれば必ず解決策が見つかるとは限らないのだ。だったら、ここで今年やってくるはずの『開門の刻』まで、あと数ヶ月だか半年だかをのんびり待っていたら、向こうから勝手に開くのではないか? という希望的観測すら抱いてしまう。


いやいや、マイナス思考になってどうする!

分からないなら、今できることを手当たり次第に試して動くしかない!

よし、気持ちを切り替えていこう!


重く沈んだ空気を和ませ、地上への帰還に向けて気持ちを切り替えさせるために、俺はあえて軽い冗談を言うことにした。


「じゃあ、帰る前に最後に一回だけ、俺の魔法で『開けゴマ』みたいなおとぎ話の呪文でも試してみるよ! もし駄目だったら、きっぱり諦めて一度帰ろう!」


俺は両手を前方に突き出し、手のひらにありったけの莫大な魔力を込めながら、冗談まじりに大声で叫んだ。


「うーーーん、お願いだから開いてくれ! 『テンパメント(調律)』ーーー!!!」


俺が放ったのは、攻撃魔法でもなんでもない。ヴォルク師から与えられ、バイゼルが「次元を操る力」だと語ったあの魔法の名前を、ただ魔力に乗せて唱えただけだった。

本来なら、何も起きるはずがなかった。


――ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!


「「「「!!!!!」」」」


その直後だった。

分厚い肉の壁に覆われた巨大魚の中に居てもはっきりと聞こえるほどの、地底湖全体を揺るがす凄まじい轟音。

水流が激しく渦を巻き、底なしの暗闇の奥底から、圧倒的で禍々しい魔力の光が膨れ上がるのが見えた。


冗談で放った俺のテンパメントに呼応するように、二百年の眠りから覚め、念願の『黄泉の門』がその巨大な姿を現したのであった。


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