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スライム食ったら世界を救うことになった【完結済】  作者: エリト


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【第92話】禁書庫の秘密と、近づく開門の刻

階段を下りた先、強力な魔法障壁をすり抜けて魔力体となった俺が足を踏み入れたのは、冷たい石造りの巨大な空間だった。

指先に灯した微弱な光魔法であたりを照らすと、天井まで届くほど巨大な本棚が、まるで迷宮のようにずらりと並んでいるのが見えた。紙とインク、そして長い年月が発する独特の古びた匂いが鼻をつく。


ここは間違いなく、シャリーク国の中枢に触れる情報が隠された禁書庫だ。

しかし、さすがに広すぎる。俺が魔力体を維持できるのは、長くても10分足らず。この膨大な蔵書の中から、お目当てである「黄泉の門」関連の書籍をピンポイントで探し出すのは、至難の業に思えた。


実際、棚の分類をざっと見渡してみても、それらしい題名の本はパッと見では見つからなかった。

そこで俺は思考を切り替え、「魔力草」関連の書籍を調べてみようと思い立った。シャリーク国の最大の強みであり、莫大な富を生み出している魔力草。それが、何らかの国の根幹に関わる秘密、つまり黄泉の門と繋がっているのではないかと考えたからだ。


だが、残念ながら今度は関連する書籍が膨大過ぎて、時間内に有益な情報を絞り込むことができなかった。

考えてみれば当然だ。国家の礎となる魔力草の栽培法やその真実などは、最高機密中の機密である。たとえ禁書庫であっても、「これだ」と分かるような一般的な書籍の形でポンと表に出されているわけがないのだ。


「さて、どうしたものか……。時間が惜しいし、さすがに今回は諦めて出直すか」


俺がそう心の中で呟き、魔力体を反転させようとしたその時だった。

薄暗い本棚の片隅に置かれた、一冊の古ぼけた本が妙に目に留まった。厳重に保管された魔導書や歴史書に囲まれる中で、その本だけがひどく事務的で、異質な空気を放っていたのだ。


『ヌール孤児院:入退院記録簿』


俺は素朴な疑問を抱いた。

なんで、ただの孤児院の入退院の記録簿なんかが、わざわざ強力な結界で守られた地下の禁書庫に隠されているんだ?

不審に思った俺は、魔力の手を伸ばしてその重い表紙をそっと開いてみた。


そこには、ずいぶんと古い時代から記録された「年間入院者数」と「退院者数」の推移が、年ごとに几帳面な文字で記されていた。

パラパラとページをめくっていると、ある奇妙な偏りに気がついた。

今から360年前、288年前、そして216年前。

この特定の年に限って、孤児院からの「退院者数」が異常なまでに跳ね上がっているのだ。さらに恐ろしいことに、それぞれの年の数年前から、計画的としか思えないほど「入院者数」が不自然に増やされていた。


「こ、これは……」


俺の魔力体が、ぞわりと粟立った。

間違いない。これは孤児たちの自立や巣立ちの記録なんかじゃない。まさに、カルバン領でドノヴァン師たちがやっていた「生贄」の記録そのものじゃないか。


街の規模に合わないほど巨大な孤児院があるとは思っていたが、二百年以上前までは、あそこに集めた身寄りのない孤児たちを、黄泉の門を開くための生贄として捧げていたのだろう。


おお、これは一つの大きな収穫だぞ。

俺は、シャリーク国の闇の深さと、黄泉の門が存在する直接的な証拠となりそうな発見に内心で歓喜した。


ん?

そこまで考えて、俺はある重大な法則に気がついた。


360年前、288年前、216年前……。

あれ? もしかして、この生贄の儀式が行われる周期は『72年ごと』なのではないか?

だとするならば、216年前の次は、144年前。その次が72年前。

……ということは、今年がまさに「黄泉の門の開門の年」じゃないか。


カルバン領の黄泉の門が開く周期とは、ちょうど16年ズレている。あちらの門より、こちらの門の方が16年早く開く計算になるともいえる。

俺たちがこの国に潜入した今この年が、偶然にも開門の年と重なっているだなんて。

もしかして、これは凄まじいタイミングで来たんじゃないだろうか。まるで、我々が何者かの意志によって魔界へ導かれているかのような、奇妙な運命を感じた。


もっと詳しく記録を調べようとしたその時。

俺の視界の端に、閃光のような光が弾けた。クレムが放った、緊急事態を知らせるフラクトフラッシュの合図だ。


上で何かあったらしい。戻らなきゃ。

俺は即座に魔力体の意識を切り離し、地上にある自分の本体へと意識を飛ばした。


◇ ◇ ◇


「君たち、こんな人気のない階段の陰で何をしているんだ!」


意識が肉体に戻り、視界が鮮明になった瞬間。

耳に飛び込んできたのは、図書館の司書と思われる壮年の男性からの、強めで咎めるような声だった。


俺は壁にもたれかかったまま、まだ魔力酔いで頭が少しぐらぐらしていた。

すると、隣にいたクレムが俺の肩を支えながら、ひどく心配そうな顔を作って声をかけてきた。


「カイル、顔色が悪いけど……体調はどうだい?」


俺は瞬時に状況を察し、苦しそうに顔を顰めてみせた。

「クレン、すまんな……。少し休んだから、もう大丈夫だよ」


俺がそう答えると、クレムは司書の男性に向かって深々と頭を下げた。


「司書の方、本当にすみません。友達が急に目眩を起こして体調を崩してしまったので、他の方の邪魔にならないよう、こちらの人が来なそうな場所で少しだけ休憩させていました。ご迷惑でしたら、すぐに移動します」


クレムのその堂に入った演技と、申し訳なさそうな態度に、司書の男性も少しだけ毒気を抜かれたようだった。

「……そうか。ここは立ち入り禁止区域の近くだからな。休むなら風通しの良い上の階に行きなさい」

「はい、ありがとうございます」


そう言って、クレムは俺の腕をしっかりと支えながら、そそくさと図書館の出口へと向かい、なんとかその場を逃れ去るのだった。


◇ ◇ ◇


その日の夜。

俺たち五人は、街の裏通りにある目立たない宿屋の一室に集まっていた。

周囲に念入りな防音の結界が張られたのを確認すると、エルウィンさんが静かに状況の整理を始めた。


「まずは我々の成果から話しましょう。エルザ嬢と共にこの街の裏側を調査した結果、黄泉の門はやはり、シャムス領の背後にそびえる山脈の地下深くに存在している可能性が高いと思われます」


エルウィンさんの言葉を引き継ぐように、エルザが扇子を片手に説明を加える。

「色々なところから情報を拾い集めたのだけれど、莫大な富を生む魔力草は、ただの土じゃ育たないみたいなのよ。どうやら、魔硝石を細かく砕いて混ぜ込んだ特殊な土壌で栽培されているわ。そして、その魔硝石の供給源は、間違いなく山脈の地下ね」


魔力草の栽培所の大体の位置も特定できたため、その周辺にある搬入用の洞穴から、地下へと降りて行けるのではないかという話になった。

ただ、当たり前の話だが、魔力草の栽培所はこのシャリーク国にとっても国家の命運を握る最重要拠点である。周囲の警備は、カルバン領の比ではないほど厳重に敷かれているらしい。

険しい山の裏手からこっそりと侵入しようにも、結界や見張りの数が多すぎて、現状ではかなり難しいとのことだった。


……この人たち、たった数日でよくそこまで国の最高機密を丸裸にできるもんだ。俺は心底感心してしまった。


続いて、ジャック兄さんからも周辺の地理に関する報告があった。


「街と山脈の間に小さな森が広がっているのですが、そこはエルウィン団長の言う通り、正規の警備兵が相当数配置されていて、容易には近づけません。……ですが、例の野盗たちに話を聞いたところ、一つ面白い情報が手に入りました。街や山脈の正規ルートからはだいぶ離れた荒野に、警備が手薄な巨大な洞穴がぽっかりと空いているらしいのです」


その洞穴は、中が複雑に入り組んでいてモンスターも出るため、誰も詳しく調べたことは無いという。だが、規模が相当巨大であるため、地下の深くで山脈の方までつながっているのではないか、と裏社会の者たちの間では噂されているらしい。


「なるほど。正面や裏手からの突破が困難であれば、その巨大な洞穴から地下水脈などを伝って侵入してみるのも、十分にアリな選択肢ですね」

エルウィンさんが頷き、進軍のルートが一つ見え始めた。


そして最後に、俺とクレムからの報告の番だ。

俺は図書館の地下にある禁書庫へ魔力体で潜入したこと、そこで見つけた孤児院の入退院者数の不自然な記録のこと、そして、計算上、今年がまさに「黄泉の門の開門の年」に当たるという事実を包み隠さず伝えた。


「君たちは勝手にそのような危険な真似を……はぁ」


エルウィンさんは額に手を当て、やや呆れ気味に深いため息をついた。

見つかれば国際問題どころか即座に命を狙われる行為だ。怒られるかと思ったが、彼はすぐに表情を戻した。


「……まぁ、君たちにしては、よく頭を使い、致命的な情報を見つけ出しましたよ。お手柄です」

一応褒めてくれた。なんだか手放しで喜べず悔しい気もするが、役に立てたのなら良かった。


だが、エルウィンさんはすぐに鋭い目つきになり、考え込むような仕草を見せた。


「しかし、一つ非常に気がかりな点がありますね。カールが見つけた記録によれば、216年前を最後に、黄泉の門が生贄のために利用された形跡が途絶えている。そして、第三の世界のバイゼルも言っていました。魔族の記憶を読み取った限りでは、残りの二つの門は現在使われておらず、深い封印の底にあるはずだと」


エルウィンさんは、珍しく不安げな色をその声に滲ませて、誰にともなく呟いた。


「……なぜ、二百年以上も前に、シャリーク国は突如として生贄の儀式を止めてしまったのでしょうか。なぜ、門を封印する必要があったのか。そして何より……我々はその固く閉ざされた門を無事に開き、魔界へと辿り着くことができるのでしょうか」


その場に重い沈黙が落ちた。

開門の年という好機に恵まれたとはいえ、相手は二百年以上も封印され続けた未知の領域だ。

果たして俺たちは、無事に黄泉の門を突破し、魔界へと足を踏み入れることができるのだろうか。得体の知れない不安が、俺たちの胸の内に静かに広がっていった。


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