【第91話】シャリーク国と禁書庫への潜入
シャリーク国へ入国するには、本来であれば周辺諸国との調整や厳格な身元確認など、それなりに煩雑な手続きが必要となる。しかし、今回はリディア国の魔法師団副団長であり、俺の現在の義父でもあるグランゼン様が裏で手を回してくれたおかげで、国内の面倒な手続きはすべてスキップすることができた。
問題は、肝心のシャリーク国側が我々の入国を受け入れてくれるかどうかだ。
もちろん、最終的には密入国してでも強行突破する予定だが、入国後にある程度自由に動くことを考えると、できることなら正規ルートで堂々と入っておきたい。
そこで、まずは外交の書状だけを先触れとして送ることにした。とはいえ、辺境の国からの許可をのんびりと待っていると時間がかかり過ぎてしまう。我々は書状を送ると同時に、すぐさま東へと向けて出発した。
シャリーク国までは、馬車を乗り継いでもおよそ二ヶ月半ほどかかる長旅になる予定だ。入国後のシャリーク国内での調査期間も考慮すると、最低でも半年以上の長期遠征になるだろう。
旅の途中の宿場町で、先に出した申請に対するシャリーク国からの正式な返答を受け取る予定だったが……どうやら結果は「不可」だった。
こちらが提示した訪問の理由としては、「ガバレリア領魔法師団の団長にして12魔術師であるエルウィンと、一応リディア王家の俺が、今後の友好関係構築のために視察させて欲しい」という、かなり手堅いものだった。
しかし、返ってきた答えは「不要」の一言。
近隣諸国との決まった商団による定期的なやりとりや、必要最低限の国交は維持しているようだが、それ以外は基本的にどこの国とも積極的に交流しないという、極端な鎖国方針を貫いているらしい。
いくら距離が遠いとはいえ、ここまで頑なに国交を拒むのは不自然だし、これだけの要人が名を連ねた視察の打診をあっさりと無下に扱うのもおかしな話だ。国全体で何か重大な秘密を隠しているんじゃないか、と疑いたくもなる。
いや、今の俺たちからすると、その「怪しさ」こそが黄泉の門が存在するかもしれないという「希望」そのものだった。
旅の途中、運悪く野盗の集団に襲われたりもしたが(もちろん一瞬で殲滅した)、それ以外は極めて順調な旅路だった。
そして二ヶ月半後、我々はついにシャリーク国の国境へと辿り着いた。
通常であれば関所が設けられている国境の街から入るのだが、正規の入国許可が下りていない今回、それは出来ない。
我々は街道を大きく外れ、険しい山脈を越えて密入国することにした。
山中には中型モンスターがたまに出没するため、一般の旅人や商人には到底通れない危険な道だ。だが、今の我々である。ゼレナ山脈の過酷さに比べれば、近所の裏山を散歩するようなものだった。
ここから先、シャリーク国内の移動は基本的に徒歩になることを覚悟していたのだが、思わぬ幸運が舞い込んだ。
先頭を進んでいたジャック兄さんが、山中で野盗の隠れ家を偶然見つけたのだ。これは朗報だ! まぁ、見つかった野盗たちにとっては人生の終わりを意味する悲報だろうが。
我々は野盗たちを「説得」し(主にエルザの精神魔法による物理的な洗脳だ)、彼らの馬車やアジトをそのまま接収することで、シャリーク国内での移動手段や拠点をあっさりと確保することに成功した。
しかし……国境の山から堂々と密入国し、現地の野盗を精神魔法で奴隷化して足代わりにする。やってることだけを客観的に見ると、我々の方がよっぽど完全な悪党集団だ。だが、これもすべては次元の崩壊を止め、世界を救う正義のためなのだ……と、無理やり自分を納得させることにした。汗。
◇ ◇ ◇
確保した拠点を足場に、エルウィンさんたちがシャリーク国内で本格的な事前調査を行った結果、ある特定の領地が極めて怪しいという事が分かってきた。
『シャムス領』。
シャリーク国の魔法師団長や、国の実務を取り仕切る宰相など、国の中枢を担う重要な役職は、すべてこのシャムス領の出身者が独占しているらしい。
また、シャリーク国教の総本山や、最高峰の魔術師の教育機関、さらには巨大な孤児院等もすべてこの領内に集約されているとのことだった。
シャリーク国は広大な乾燥地帯に位置しており、決して資源が豊富な有利な国ではない。だが、それでも東側の大陸においては間違いなく一番の大国として君臨している。
その強大な国力の大きな理由が、このシャムス領から大量に産出・提供される『魔力草』の存在だ。この魔力草が、国に莫大な利益を生み出している。
基本的に、魔力と言うものは生命に宿るものだ。銀騎士が持っていたような、それ自体が青く光って魔力を放つ鉱物系の武器などは、現在の技術では製造することは不可能とされている。よって、生命活動の過程で魔力を蓄えた植物や、モンスターの素材を利用するのが一般的な魔道具の形になる。
以前、俺たちがゼレナ山脈で使った『リープ草(短距離転移の魔力草)』もその一つだが、魔力草の用途はそれだけではない。簡単な治療薬や、火起こし、水の確保、さらには空調の魔道具の動力源としても機能させることが出来る、まさに生活の必需品であり、万能のエネルギー資源なのだ。
シャムス領は、その魔力草の栽培と輸出で莫大な富を生み出しており、国教の総本山等もある。本来ならば、この領地が「シャムス国」として独立し、首都になっていてもおかしくないほどの影響力だ。
だが、どうやらシャムス領自体は険しい山脈地帯の奥深くにあり、人が住める平坦な場所は非常に限られているらしい。そのため、隣接する比較的肥沃な土地に現在の首都が置かれているようだ。
だが、正直なところ、俺にはそうは思えなかった。
これだけの中枢機能と富を独占しながら、敢えて首都という表舞台から退き、険しい山脈の奥に引き籠もっているとしか思えない。
こんなの、どう考えても怪しいよなぁ……。
◇ ◇ ◇
我々は、その疑惑のシャムス領が誇る最大の街『カスル・シャムス(通称:カスル街)』へと足を踏み入れた。
さすがは、東側最大の国の首都に次ぐ規模を持つ大都市だ。これまで様々な国の街を見てきたエルウィンさんたちでさえ、少し驚くくらいには活気があり、栄えていた。
さっそく、街での本格的な情報収集と調査が始まった。
ここでは、エルウィンさんの恐るべき情報収集能力と、エルザのパペット魔法(無数の極小パペットによる広域盗聴)が大活躍だった。
カスル街について、怪しそうな施設や、裏の顔がありそうな人物等を片っ端からピックアップし、その秘密を丸裸にしていった。
この二人、諜報活動に関してマジでえぐい。敵に回したくない人間ツートップだ。
ジャック兄さんは、性格的にもじっと隠れていられるタイプではないため、街周辺の森を接収した野盗たち(もちろん精神魔法の支配下だ)とともに散策し、地理の把握やモンスターの分布などを調べ始めた。
そして、残された俺とクレムはというと。
「君たち二人は目立つ。下手に動いてシャリーク側の目に付けられると厄介なので、おとなしく街の観光でもしていなさい」
とエルウィンさんに言い渡され、完全に戦力外通告を受けてしまったのだ。
うぅ……こういう重要な局面に限って、裏方の役に立てないのが辛い。
「ねぇ、カール。あそこに大きな図書館があるよ。一般人でも誰でも入れるみたいだ。シャリーク国特有の、珍しい光魔法の文献があるかもしれないし、入ってみようよ」
手持ち無沙汰にしていたクレムが、巨大なドーム型の建物を指差して提案してきた。
「まぁ、暇だしな。そうするか」
俺たちは、時間潰しも兼ねてその図書館へと入っていった。
館内は想像以上に広く、天井まで届く本棚に無数の書物が収められていた。
こうやって図書館で昔の魔法の文献を調べていると、学生時代に『アトミックブレイク』の記述を求めて、禁書庫へ入って調査していたころを思い出す。
あれも、言ってしまえば黄泉の門を破壊するための調査の一環だったんだよなぁ……と、懐かしく思い出していた。
その時、ふと俺の頭にある考えがよぎった。
(もしかして、ここの図書館にも『禁書庫』みたいな隠し部屋があるのかな?)
急に思い立った。
観光しろと言われたが、せっかくだし、俺たちもやれるだけやってみるか。この国が隠している黄泉の門の秘密が、その手の禁書に記されているかもしれない。
俺は声を潜め、隣で本をめくっていたクレムに相談してみた。
「なぁ、クレム。ここの巨大な図書館の『禁書庫』を探して、中に入ってみないか?」
以前のクレムなら、間違いなく「えっ!? そんなの絶対に無理だよ、見つかったら退学……じゃなくて捕まっちゃうよ!」というパニック反応になっていただろう。
でも、共に数々の死線を潜り抜け、レベル30の壁を越えた今のクレムは違った。
「……たしかに、やってみようか。今の僕たちには、『あの魔法』があるしね」
クレムは少しだけ悪戯っぽく笑い、頷いてくれた。
俺とクレムは、図書館の構造をこっそりと調べ、一般の利用者が立ち入れない地下の入り口を発見した。
扉の先には、ビリビリと肌を刺すような強力な魔力の障壁が幾重にも張られているのが分かる。そのかわり、障壁自体が絶対の防壁となっているためか、物理的な見張りの兵士は誰も立っていない。
これは俺たちにとって、非常に好都合だった。
俺はレベル90という規格外の領域に達してから、「今の自分の莫大な魔力で、どんな魔法が可能なのか?」と、クレムと一緒に様々な魔術実験を繰り返してきた。
その中で、光魔法の『フラクトフラッシュ(壁を透過を魔力を送る魔法)』を応用し、極限まで魔力を練り上げることで、短い時間、かつ短い距離であれば『自分の魔力体そのものを壁の向こうに送り込める』という離れ業ができることが分かったのだ。
もちろん、魔力体を飛ばしている間、こちらの肉体(本体)は完全に意識を失い無防備になる。そのため、誰か信頼できる人間に本体を守ってもらう必要がある。
クレムも既にレベル30を超え、立派な高位魔術師だ。もし俺の本体に何か危機が迫った場合、彼もフラクトフラッシュを使って、壁の向こうにいる俺の魔力体に警告を送ることも出来る。
と言うわけで、俺とクレムのペアで、この疑似的な幽体離脱魔法を実戦投入しようと話していたのだ。
まさに今、これを利用するときが来た。
「それじゃあ、頼むぞクレム」
「うん、任せて。制限時間は10分だよ。何かあったらすぐに戻すからね」
さてさて、この国の地下には、一体どんな秘密が隠されているかな。
俺は少しの緊張とドキドキを胸に抱きながら魔法を発動させ、強力な魔法障壁をすり抜けて、厳重に閉ざされた禁書庫の奥へと魔力体を滑り込ませていったのだった。




