【第88話】欺瞞の調律と、世界が支払うべき代償
「……以上が、アン・テラ(第1の世界)が裏で行ってきた悪行の真実だ」
あまりのスケールの絶望に、我々が言葉を失い呆然としていると、バイゼルは淡々と言葉を継いだ。
「もっとも、この話も全て私が口頭で語っているだけで、今ここで証明出来る物理的な証拠は無いのだがね。……信じてもらえるかな?」
「……いくつか、質問をしたい」
常に冷静沈着なエルウィンさんですら、さすがに声に隠しきれない驚きと疲労の色が滲んでいた。
「あぁ。納得するまで何でも聞いてくれ」
エルウィンさんは、深く一つ深呼吸をしてから口を開いた。
◆第一の疑問:トロワ・テラによる事前回避
「トロワ・テラ(第3の世界)の技術で、今回の世界の衝突を未然に防ぐ方法はないのですか?」
「あるにはある。……ただし、大昔にアン・テラがキャトル・テラ(第4の世界)を崩壊させた時と、全く同じやり方を用いることになる。つまり、どちらかの世界を物理的に切り取り、ぶつけて崩壊させるという野蛮なやり方だ。仮に、対となる『ガンズ・テラ(第15の世界)』に文明が全くなければ、その非道な選択もできたかも知れないが……残念ながら、向こうにも我々と同等かそれ以上のちゃんとした文明と命がある」
「ふむ。では、衝突前に我々の世界の一部を切り取って、ガンズ・テラへぶつけて破壊して欲しい……とあなたに依頼したら?」
「当然、断る」
バイゼルは即答した。
「まぁ、でしょうね」
(さすがはマッドサイエンティスト……!)
俺は冷や汗を流した。エルウィンさんも半分は相手の倫理観を試すための冗談だろうが、このシリアスな流れで「自分たちの一部を弾丸にして相手の世界を滅ぼしてくれ」とサラッと質問できる神経が恐ろしい。
◆第二の疑問:対となる世界の現状
エルウィンさんは真面目な顔に戻り、質問を続ける。
「我々と衝突する表の世界、ガンズ・テラは現状どうなっていますか? あちらも既にアン・テラの干渉を受けているのですか?」
「既にされている。彼らにも、君たちとは違った形だが似たような『試練』が用意されており、ガンズ・テラ側には『世界の一部を切り取って裏世界へ送り込む魔法』が渡される予定だ。あちら側にあるこの銀の城のようなシステムが、あと260〜270年後くらいに起動されるはずだ」
「……それであれば、カールに与えられた『テンパメント(調律)』は、一体何をするための魔法なのですか?」
たしかにそうだ。ヴォルク師はテンパメントを「世界同士の融合と反発」と言っていたが、ただぶつけられて消滅する側の世界であれば、そんな大層な魔法は不要のはずだ。
「いい質問だね。そしてそれは、後ほど君たちに協力して欲しいことにも直結してくる」
(俺が、何かやるのか……?)
ゴクリと息を呑む俺に、バイゼルは残酷な真実を突きつけた。
「テンパメントの真の力は、次元を操る力だ。この銀の城のシステムを操作して、次元の狭間のエネルギーを吸い上げ、ガンズ・テラから送られてくる表世界の一部を『一時的に受け止めて制御する』ためのものだ。
衝突の瞬間にこのテンパメントを使えば、しばらくの間、世界は崩壊に耐えることができる。……しかしそれは救済ではない。耐えれば耐えるほど、莫大なエネルギーが一点に蓄積され、圧縮されていく。そして限界に達した結果、セーズ・テラ全体を『チリひとつ残さず綺麗に』崩壊させることが出来るらしい」
「な、なんてことだ……」
俺は絶望で目の前が真っ暗になった。
調律は、世界を救う魔法なんかじゃなかった。
アン・テラの観客たちが、モニター越しに派手な花火(滅び)を楽しむため……この世界を最高に美しく、綺麗さっぱり消し飛ばすための「起爆装置」だったのだ。
「私は、君にこのテンパメントを使い、次元を操ってもらうつもりだ」
◆第三の疑問:トロワ・テラの目的と代償
バイゼルの答えの淀みの無さに、エルウィンさんは嘘がないと判断したのか、いよいよ核心の質問に移った。
「では、我々に何を手伝って欲しいのですか?」
バイゼルは、しばらくの沈黙の後、かつてなく真剣な口調で語りだした。
「セーズ・テラの一部を切り離すことで、次元の狭間への干渉が可能になる。
君たちには、あの黄泉の門の先にある『魔界』に次元の狭間のエネルギーを極限まで注入し、その魔界ごと切り離して捨ててもらう。
魔界を切り離した際に生じる莫大な反発エネルギーを利用すれば、世界の衝突の連鎖そのものを根本から止めることが出来るのだ」
その後、バイゼルは技術的な理論も話し始めた。
「次元のさざ波に対して逆位相の波をぶつけて相殺する」だの、「空間切り離しの反作用で世界同士の距離を強制的に離す」だのと説明していたが……マジでもう何を言っているのか俺には分からなかった。(汗)
(でも、まぁ……『魔界を切り離す』だけなら、別に良いんじゃないのかな?)
俺は少しホッとしていた。そもそも魔界なんて、今回の一件があるまで一部の人達を除いて認識すらされていなかった危険な場所だ。無くなって困るようなものではない。
「なるほど……」
エルウィンさんは顎に手を当て、しばらく深く考え込んでから、鋭い視線で虚空を睨んだ。
「……魔界を失ったセーズ・テラには、現実的に『どのような影響(代償)』があるのですか?」
「…………」
バイゼルは一瞬だけ躊躇うような間を置き、静かに宣告した。
「セーズ・テラから、『魔力』が完全に失われることになる。それが、この世界が生き残るために支払うべき代償だ」
「――――ええええええええっ!?」
俺の口から、情けない悲鳴が漏れた。
魔力が無くなっちゃうの!?
マジかよーーーー!!!
もちろん、世界が崩壊して全滅するよりはよっぽどマシだとは思う。命あっての物種だ。
でも、世界の根幹をなし、人々の生活や文明を支えている「魔力」がなくなるなんて……。
10歳で洞穴に落ちるまで、俺は魔法なんて見たこともない「御伽噺や別の世界の話」だと思っていた。
それがこの8年間、貴族になり、魔法学校に通い、様々な人たちと交流する中で、魔法がいかにこの世界において無くてはならない力なのかを骨の髄まで実感していたのだ。
それが、全て失われる。
当然、思い入れが深いエルザの魔法も、クレムのバフも、俺の光魔法も……。
次々と襲い来る衝撃の事実に、俺は今度こそ完全に言葉を失い、呆然と立ち尽くすのであった。




