【第82話】狂気のクーデター計画と、親子の和解
「ふむ。……カルバン領の『領主様』への確認は不要ですか?」
エルウィンさんが、顎に手を当てながらいつも通り冷静な顔つきで尋ねた。
たしかにそうだ。魔硝石の譲渡、そしてその後にリディア王家を失脚させるという計画は、領地を揺るがすどころか国を巻き込む超巨大な判断だ。ドノヴァン師がいくら謀反の実質的なリーダーだったとしても、さすがに魔法師団トップの一存だけで下せる決定ではないはずだが……。
「問題ない。現在の領主は、すでに私の『精神魔法』の完全な支配下にある。本件に関して言えば、私が下した判断に彼が反対することは絶対にない」
(こわー!! この人、マジで怖〜っ!!)
俺は内心で盛大にツッコミを入れた。涼しい顔でトップを洗脳して操り人形にしてるじゃん! やっぱ、エルザのあの腹黒さと容赦のなさは、完全にこの父親譲りだわ!
「それに、私は『追放(失脚)』と言ったのだ」
ドノヴァン師は静かに言葉を続ける。
「お前たちが黄泉の門や一部の魔硝石を吹き飛ばしたおかげで、謀反や国家転覆のような武力による一斉制圧は、すでにその力を失っているので不可能だからな」
リディア国では、4年に一度、国のトップである師団長(国王)、副師団長、そして最高位の12魔術師が一堂に会する『大会議』が開かれる。魔法師団の大きな人事や方針は、すべてこの場で決まるのだという。次の開催は「1年半後」だ。
「それまでに、私は残った魔硝石で自身のレベルを限界まで引き上げるつもりだ。そして1年半後の大会議で、アルベルト王やクラウス宰相に直接強力な精神魔法をかけ、思考を操る。その後、時間をかけて合法的にリディア家を失脚させよう……。これの邪魔をするな。それが条件だ」
「……次の王は、どうするつもりですか?」
エルウィンさんが、まるで明日の天気を聞くようなトーンで尋ねる。
「まだそこまで細かく考えてはいないが……国内の混乱を極力起こさないことを考えれば、王家に次ぐ権力者であるフェルト家にでもやらせれば良い。カルバン家は、その新体制の中で大貴族として確固たる地位を築ければそれで良いのだ」
「ふむ。フェルト領主のオットー様や、副師団長のヴァルター様は、非常に厳格で実直な方々だ。それであれば国も荒れないであろう。……現リディア王と比較して、決して悪い話ではないですね」
(ちょっと! この人、マッドサイエンティストなだけじゃなくて超不敬じゃん!!)
国王の失脚計画に「悪くないですね」と相槌を打つ1ガバレリアの師団長。そして、俺の義父であるグランゼン様(現リディア家)の存在は見事にスルーかよー! 涙
俺が冷や汗をかいていると、ドノヴァン師がふと俺の方を見た。
「安心しろ。グランゼンのことは俺も嫌いではない」
彼は少しだけ表情を緩めた。
「あいつが15年前に副師団長に就いた際、わざわざ私の元へ来て『本来なら、ドノヴァン殿が就くべきだった』と謝罪してきたからな。リディア家は失脚させるが、グランゼン個人は領主として残れるように調整しようではないか」
(お前はそれで納得しろ)、と言わんばかりの顔だ。
まぁ、正直言うと、俺は今のリディア家にそこまで強い思い入れはない。
もし許されるなら、エルウィンさんの「アークライト家」に戻れる方がよっぽど良いとすら思っている。絶対に恥ずかしくて本人には言わないが、俺はエルウィンさんのことを、実の親父と同じくらい『第2の父親』だと思っているからだ。
さて、魔硝石の交渉も、今後のクーデター計画(?)も、ある程度話がまとまったかな……と俺が息を吐いたときだった。
「……エルザ」
ドノヴァン師が、ずっと俯いていたエルザに向かって、静かに、そしてひどく優しい声で呼びかけた。
「私が父親として失格だったのは、十分に理解している。お前を孤独にし、重い荷物を背負わせてしまった。……ただ、ソフィアのことと、お前のことを、誰よりも愛していることだけは……信じて欲しい」
厳格な魔法師団トップの顔から、一人の不器用な父親の顔へと戻ったその言葉に。
エルザの目から、せき止めていた大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「私も……浅はかだったわ……ッ。お父様を信じて、最初から……ちゃんと話し合っていれば良かったのね……」
彼女は両手で顔を覆い、子供のように声を上げて泣き崩れた。
ドノヴァン師もまた、痛ましそうに目を伏せている。
(……これで、エルザの心のわだかまりも解けたかな)
俺は静かに二人を見守った。
お互いにすれ違っていた10年間。すぐに元通りとはいかないだろうが、あとは時間が解決してくれるはずだ。
――なんか、すごく感動的で「良い感じの終わり」を迎えた空気が応接室に流れている。
だが、よくよく冷静に考えてみれば。
「残った魔硝石でドーピングして、国王を精神魔法で洗脳して合法的に国を乗っ取る」という、とんでもない極悪クーデター計画をたった今、全会一致で承認したところなのだ。
(まぁ、世界が消滅する危機に比べれば、国のトップが洗脳で入れ替わるくらい、大したことないよな!)
スケールがバグりすぎて、もはや倫理観のネジが完全に吹き飛んでいる俺たち(主に俺とエルウィンさん)なのであった。




