【第81話】父の予感と、カルバン領の復讐
重厚なオーク材の扉が開かれ、俺たちはドノヴァン師の待つ応接室へと足を踏み入れた。
「よくぞ参られた、エルウィン殿。貴殿は相変わらずのようだな。……グスタフ殿も息災か?」
ドノヴァン師は静かに紅茶のカップを置きながら、当たり障りのない挨拶から始めた。
その後、貴族同士の探り合いのような、たわいの無いやりとりが続く。
そして、ようやく話が本題へと動いた。
「さて。今日は何が目的でこのカルバン領へ来たんだね?」
ドノヴァン師はしばらく黙り、鋭い視線をエルウィンさんに向けた。
「そして……。娘が私のやっていることに以前から反感を抱いていたことは知っているが、その娘の無垢な正義感を煽り立て、彼女の目を曇らせたのは……その『目的』のためかね?」
「カルバン領がやろうとしている件や、エルザ嬢の反抗は私とは関係ない。彼女自身の意志だ」
エルウィンさんは冷静に言葉を返し、単刀直入に切り出した。
「今日伺った目的だが……貴殿らが蓄えている『魔硝石』を譲渡していただきたい」
その言葉を聞いた瞬間、ドノヴァン師の目つきが氷のように冷たくなった。
「ふむ。……あれだけ盛大に我が領の魔硝石保管庫を破壊しておきながら、今度は『譲渡しろ』と?」
じろりと、ドノヴァン師が俺を睨みつける。
「家門に背いた娘や、保管庫を破壊した実行犯の坊主を同席させておきながら、『それは関係ない』と抜かすか。……喧嘩でも売りに来たのかね。ずいぶんと舐められたものだな」
ゴッ……! と、室内の空気が重く沈んだ。
レベル60を超えるドノヴァン師から、圧倒的な魔力の波動が放たれ、肌をピリピリと刺す。
だが、エルウィンさんは微塵も動じずに答えた。
「そうではない。我々は、世界を救いに来たのだ」
そこから、エルウィンさんはここに至る経緯を詳しく説明した。
銀の城の存在、第3の世界からの干渉、世界の崩壊を止めるための調律……そして、黄泉の門を破壊しなければならなかった真の理由。
「……なるほど」
ドノヴァン師は深くため息をつき、椅子の背もたれに体を預けた。
「では、あの黄泉の門の破壊は、カルバンの邪魔をするためではなく、第3の世界の侵入を阻止するため……。そして、あの時現れた魔族は、その第3の世界のヤツと融合し、混乱して暴走した魔族だったと……」
「そうだ」
「……あの規格外の魔族を見ていなければ、到底信じられんおとぎ話だったがな。……なるほど、あれはそういうわけだったのか」
ドノヴァン師は静かに納得した。
彼が読んだ黄泉の門に関する過去の文献には、魔族の存在自体は観測されていたものの、「こちらと敵対するような雰囲気はなく、会話が可能そうな知性体であった」と記載されていたらしい。
だからこそ、今回現れた凶暴な魔族を見て「文献は間違いだった」と判断していたのだが、「イレギュラーで暴走していた」という説明で合点がいったようだ。
「エルザが魔硝石の破壊に走った理由は分かっている。その結果、地上の保管庫はもう残っていないが……心配せずとも、魔硝石は『半分以上』残っている」
「「……え?」」
俺とエルザは、思わず素頓狂な声を上げた。あんなに盛大に消し飛ばしたのに!?
「エルザ。お前が魔硝石を使って強引にレベルを上げたがった時から、いずれ何かをしてくる予感がしていた」
ドノヴァン師は、驚くエルザを見つめて淡々と語った。
「そして、お前が『アトミックブレイク』を再現したがっていたのは知っていた。その破壊魔法を、黄泉の門か、あるいは保管庫の破壊に使うのではないか? とな。だから、魔硝石はダミーの保管庫とは別に、領内の各所に分散して隠匿保管しておいたのだよ。……私はお前の父親だからな。お前の考えることくらい、何となく分かってしまったよ」
(なるほど……)
だからあの時、通常なら『メビウス・ゲート』で十分なところを、わざわざ極大の『ウロボロス・ゲート』を習得し、待ち構えていたのか。すべては、娘がアトミックブレイクを撃ち込んでくる日を想定しての準備だったのだ。
「……なら、どうして!」
エルザは、その視線に耐えられなくなり、声を震わせて父親を詰問した。
「そこまで分かっていて……なんで『謀反』なんて恐ろしいことを考えたのよ!!」
その悲痛な叫びに、ドノヴァン師はゆっくりと目をつむり、苦悶の表情を浮かべた。
「……お前の母は。……私の愛したソフィアは、リディア王家に殺されたのだ。これは、その復讐のためだ」
「……ど、どういう、こと……」
エルザは絶句し、その場にへたり込みそうになった。
ドノヴァン師は、重い口を開き、過去の真実を語り出した。
「10年前、ソフィアは重い病に侵されていた。だが、決して治らない病ではなかったのだ。……とある『薬』さえ手に入っていればな」
「なるほど」と、隣でエルウィンさんが静かに呟いた。
「10年前の……『黒鱗病』ですね」
「そうだ。10年前に、このカルバン領を中心に大流行した致死の病だ。我が領では、何人もの何の罪もない民が亡くなった」
ドノヴァン師は遠い目をして、虚空を見つめた。
「当時、私はソフィアと民を助けるため、治療法を必死に探した。そして見つけたのだ。隣国『セレスティア』にある特効薬を使えば治せるという事実を。……だが」
彼の瞳に、どす黒い怒りの炎が宿る。
「当時のアルベルト王(リディア国王)と、セレスティアのルシウス王は、何年も前から国境問題で一触即発の緊張状態にあった。
16年前、私はそれを諌め、和平の道を王に強く進言した。だが、王はその意見を疎ましく思い、結果として、私に約束されていた副師団長の座を与えなかった」
そして10年前、黒鱗病が流行した際。
リディア王家は体面を保つため、敵対するセレスティアに頭を下げて治療薬を融通することを拒否したのだ。
「セレスティアから治療薬を手に入れることは、ついぞ叶わなかった。結果、カルバン領の多数の民と……ソフィアが亡くなったのだ」
俺たちは、重すぎる沈黙に包まれた。
16年前の降格も、10年前の薬の件も、決してカルバン領に対する直接的な嫌がらせや、明確な悪意で行われたわけではないだろう。国家間の政治的な事情があったはずだ。
だが……これだけの不遇と悲劇が重なれば、彼らがリディア王家を深く恨み、国をひっくり返そうとする理由は、痛いほど理解できてしまう。
「……世界を救うという貴殿らの大義には賛成だ。銀の城に注入するための魔硝石は渡そう」
ドノヴァン師はエルウィンさんを真っ直ぐに見据え、冷徹な当主の顔に戻って宣言した。
「ただし、リディア王家の追放を邪魔するな。……それが、魔硝石を渡す条件だ」
そう言って、彼は決して譲らぬ決意を込めて、俺たちを鋭く睨みつけるのであった。




