【第79話】魔族の強襲と、白銀のグランド・パラディン
地下の大空洞が、圧倒的な恐怖に支配されていた。
皆、その禍々しい気配に威圧され、指一本動かすことができない。
「あれが……魔界の魔族か」
カルバン領の魔法師団トップであり、この恐るべき計画の首謀者の一人であるエルザの父親が、額に冷汗を浮かべて呟いた。
「想定外の出来事だ……」
先ほどまで俺たちの究極魔法を逸らして余裕を見せていた最高峰の魔術師が、完全に沈黙し、後ずさりしている。
「ウォォォォォォォォォォォッ!!!」
突然、魔族と呼ばれたその人型モンスターが、空間を震わせるほどの鼓膜を破る咆哮を上げた。
(こいつはヤバい……!)
人間としての本能が、全細胞レベルで警鐘を鳴らしている。
コイツは言葉が通じる相手ではない。対話すれば何とかなると言うような、生易しい次元の存在ではなかった。
「や、やれぇっ!!」
我に返ったカルバン領の魔術師たちが、一斉に強力な攻撃魔法を放った。炎、氷、雷の豪雨が魔族へと降り注ぐ。
だが――謎の人型モンスターが全身からドス黒い魔力の波動を放つと、全ての魔法は紙屑のように弾け飛んでしまった。
そして、激しい戦いが始まった。
いや、これを「戦い」と呼ぶのは間違っている。これは一方的な虐殺である。
シュンッ……!
人型モンスターが素早く動いたかと思うと、分厚い防壁を張っていたはずの魔術師たちが、片っ端から文字通り八つ裂きにされていく。阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられた。
(このままだとマズイ!!)
俺は迷わず、魔力切れでまだ膝をついているエルザの元へ駆け寄った。
まさにその絶望のタイミングで、俺たちのすぐ背後に『赤いゲート』がパッと開いたのだ。
「ナイスタイミングだぜ、ヴォルク師!」
俺はエルザの体を強引に抱き抱え、帰還ゲートへと勢いよく飛び込んだ。
これで一時的には逃げられる!
――そう安堵した瞬間だった。
人型モンスターはカルバン領の魔術師たちの虐殺をピタリと止め、俺たちの飛び込んだ赤いゲートめがけて、一直線に飛んできたのである。
「うそだろ!?」
俺とエルザと共に、あろうことか人型の魔族まで『銀の城』の広間へと転移してしまったのだ。
◇ ◇ ◇
「な!?」
台座にいたヴォルク師が、信じられないものを見るように声を上げた。
「トロワ・テラ(第3の世界)のやつと魔界の魔族が融合し、暴走しているじゃないか!」
ヴォルク師は一瞬だけ忌々しそうに舌打ちをして考えた後、両手を大きく広げた。
「仕方あるまい。『ジョーカーズ・ロンド(道化師たちの円舞)』!」
ヴォルク師が魔法を唱えると、広間に控えていた5体の銀騎士たちが一斉に起動し、動き出した。
銀の城の全魔力を直接注入され、ヴォルク師が直々に操作する銀騎士たちは、かつて俺たちが戦った時よりも遥かに洗練され、絶望的なほど強くなっていた。
銀騎士たちと、暴走した魔族との激しい攻防が始まる。
先陣を切ったのは『魔槍』と『魔剣』の騎士だ。
神速の刺突と斬撃が、左右から魔族の急所を的確に狙う。だが、魔族はその凶刃を素手で弾き返し、逆に鋭い爪で銀騎士のオリハルコンの装甲に深い傷を刻み込んだ。
そこへ、頭上から『魔斧』と『魔鎚』の騎士が地響きと共に重撃を振り下ろす。万物を粉砕するはずのその一撃を、魔族は両腕をクロスさせて真正面から受け止めてみせた。激しい衝撃波で城の床がひび割れる。
死角から『魔鎌』の騎士が魔族の首を刈り取ろうとするが、魔族が全身から放った漆黒の衝撃波によって、5体の無敵の銀騎士たちがまとめて後方へ吹き飛ばされてしまった。
強い。圧倒的すぎる。
強化された5体の銀騎士が完璧な連携で囲んで戦っているのに、魔族に完全に押し負けているのだ。
(このままだとマズイ……!)
アトミックブレイクの消耗で疲れているとはいえ、俺もまだ戦える。
相手の隙を見て、レベル90の最大出力『カール・スマッシュ』でも叩き込んでやろうと、俺が拳を握りしめて構えたときだった。
「ゔ……ヴォ、ル、クぅぅぅ……」
突然、暴走していた魔族の動きが止まったかと思うと、人間の言葉を話し出したのだ。
「き、貴様らに……滅ぼされた……キャ、キャトル・テラ(第4の世界)と、ぉお、同じには……させ、ない……ッ!」
な、なんだ? 今話しているのは、魔族の中に取り込まれた第3の世界のヤツの意識か?
それに、第4の世界を「滅ぼされた」だって?
「ちっ。意味の分からん妄言を吐きおって」
だが、ヴォルク師はそれを冷酷に一蹴した。
魔族は憎悪の咆哮を上げ、標的を銀騎士からヴォルク師本人へと変え、台座めがけて一直線に襲いかかった。
ヴォルク師は怒りに満ちた顔で、天高く右手を掲げ叫んだ。
「『グランド・パラディン』!!」
その号令と共に、5体の銀騎士が瞬時にヴォルク師の元へ集結した……いや、違う。光となって一つに吸収・融合されたのだ。
目も眩むような強烈な光が弾け、そこには、身長3メートルはあろうかという、神々しい装甲を纏った1体の『巨大な銀騎士』が立っていた。
「魔族よ、滅べ。『エクシード・キャリバー』!」
巨大な銀騎士がそう低い声で告げると、手にした純白の光の巨大剣を、襲い来る魔族に向けて無造作に振り下ろした。
――ズバァァァァァァァァァァンッ!!!
空間そのものが、魔族ごと両断されて真っ二つに裂けた。
一瞬の完全な静寂。
その直後、耳をつんざくような激しい轟音と共に、魔族が凄まじい断末魔を上げる。
真っ二つにされた魔族は、為す術もなく床に崩れ落ち、黒い塵となって消滅していった。
ヴォルク師(巨大銀騎士)の、圧倒的な圧勝だった。
「ふぅ……」
散りゆく魔族の残骸を呆然と眺めていると、魔族の塵の中から、1つの黒い虫のようなカケラが、物陰へ逃げて行くようにササッと動いたのが見えた……。
だが、目を擦ってもう一度見ると何もいない。激しい戦闘による一瞬の見間違いだったのかも知れない。
光が収まり、ヴォルク師は合体を解いて元の半透明な老人の姿に戻った。
だが、その体は以前よりもさらに薄く、今にも消え入りそうにノイズが走っている。
「マズイことになった……」
ヴォルク師は苦しげに膝をついた。
「先ほどの合体と空間切断で、この城に蓄えていたエネルギーがほとんど残っておらん。……このままでは、予定していた280年後までの完全なスリープ機能(時間凍結)を維持することが出来ん……」
「そんな……!」俺とエルザは息を呑んだ。
それでは、世界を救う手段が完全に途絶えてしまう。
ヴォルク師はしばらく目を閉じて考え込んでいたが、やがて顔を上げ、俺たち二人に告げた。
「お前たち二人には、大至急カルバン領に残った『魔硝石』を集めてきてもらおう。……あの石の魔力エネルギーをこの城のシステムに変換・代用すれば、スリープを維持できるはずだ。急げ!」
そういうと、ヴォルク師の魔力体は限界を迎えたのか、フッと虚空へ姿を消してしまったのだった。




