【第78話】逸らされた究極魔法と、絶望を砕く拳
地響きと共に、巨大な空間の裂け目から『黄泉の門』が現れた。
想像はしていたが、そのあまりに異常で禍々しい光景に一瞬目を奪われる。
赤黒い岩で構成された巨大な門扉には、苦悶に満ちた無数の顔が浮き彫りにされており、見ているだけで正気を削られそうな邪悪な瘴気が立ち込めている。
だが、ある意味で好都合だった。
祭壇の前に集まっていたカルバン領の面々(護衛の騎士や術師たち)も、みな「おお……」と感嘆と畏怖の声を漏らし、完全に門の出現に集中してしまっている。
――門がほぼ完全に出現し終わった。今だ!
俺は隣のエルザと目を合わせ、両者同時に深く頷いた。
エルザが静かに、しかし決死の覚悟で詠唱に入る。俺も己の魔力のタガを外し、彼女の闇の魔力に、俺の光の魔力を完璧なタイミングで融合させていく。
さすがは伝説の究極魔法『アトミックブレイク』だ。
銀の城で、発動の一歩手前までは何度か寸止めの練習をしてみたが、実際に放つ直前まで魔力を練り上げると、相変わらず空間自体が悲鳴を上げるような凄まじい力の波動だ。
隠密行動だったが、さすがにここまでの異常な力の波動が巻き起これば、カルバン領の人間たちも気が付く。
「な、なんだこの魔力は!?」
「あそこだ! 誰かいるぞ!!」
各所から怒号が上がる。だが、遅い――。
「「『アトミックブレイク』!!!」」
俺とエルザの口から放たれた言葉と共に、光と闇が融合した究極の破壊魔法、すべてを無に帰す破壊光線が解き放たれた。
さきほど俺が地上の保管庫を消し飛ばした特大のア・レイも尋常ではない威力だったが、これはそんなチャチな次元の比ではない。
空間そのものを削り取り、歪めながら、目も眩むような激しい光の波が黄泉の門のど真ん中めがけて突き進む。
(いける! 完全に破壊しただろ!!)
俺が勝利を確信した、その瞬間だった。
「――『ウロボロス・ゲート』!!」
絞り出すような、ひどく重く、威厳のある男の声が響いた。
直後、アトミックブレイクが直撃する寸前の黄泉の門の眼前に、空間がさらに激しく螺旋状に歪む巨大な穴が出現した。
ズガァァァァァァァァァァァッ!!!
なんと、究極の破壊光線はその歪みに吸い込まれ……黄泉の門の軌道を完全に逸れ、遥か上空、巨大な地下ホールの分厚い岩盤の天井を真っ直ぐにぶち抜いて消え去ってしまったのだ。
「し、失敗した……!?」
俺は驚愕に目を見開いた。
レベル90の俺とレベル50のエルザが放った究極魔法だぞ!? それを防ぐどころか、軌道を逸らすなんて芸当ができる人間が、この時代にいるはずが……!
パッとエルザの方を見る。
「お、お父様……」
エルザは扇子を取り落とし、顔面を蒼白にして絶句していた。
彼女の視線の先。祭壇の前に立ち、黄泉の門を背にして立っていたのは、「はぁ……はぁ……ッ」と激しく肩で息をする、初老の男――カルバン領の魔法師団トップ、エルザの父親だった。
「エルザ……まさか、私に刃を向け、本当に裏切るとは……」
父親の眼には、実の娘に向けられた悲しみとも、当主としての怒りともとれない、ひどく複雑で重い色が渦巻いていた。
後でわかったことだが、彼が放った『ウロボロス・ゲート』は、空間を捻じ曲げる究極の空間魔法らしい。
そんな魔法を使うには、最低でもレベル50を遥かに超えるような力が必要だ。
どうやらエルザの父親は、娘の不穏な動きや違和感に薄々気づいており、来るべき決戦に備えて、禁忌である『魔硝石』を自らの身体に大量に取り込み、自分のレベルを強引にしこたま上げていたらしいのだ。
そんな絶望的な状況の中、ギギギギギギッ……と悍ましい音を立てて、ついに黄泉の門の扉が開き始めた。
俺は焦って叫んだ。
「え、エルザ! もう一発だ! もう一度アトミックブレイクを撃つぞ!!」
だが、エルザは力なく首を横に振った。
「……残念ながら、無理よ。超特大の魔力を持つカールはまだやれるでしょうけど……私の魔力は、たった今の一撃でほぼ完全に尽きたわ」
(なんてことだ……!)
エルザは膝をつき、呆然としている。
実の父親に見つかり、命懸けの魔法は逸らされ、魔力が底を尽き、無情にも門が開き始めている。
彼女が一人で背負ってきた今までの苦労が、覚悟が、全て水の泡と消えてしまったのだ。
(どうする? どうする!?)
俺の心臓が警鐘を鳴らす。
(落ち着け、俺! 俺が焦ってどうする!! 今動けるのは、俺だけだ! 絶対に諦めるな!)
俺は、自分の拳を強く握りしめた。
そうだ。俺の持ってる最大最強の技と言えば、いつだってアレしかない。
すでに見つかった今、こそこそ隠れる必要はない。
それに……レベル90を超えた俺の全力を、正面から止められるやつなんて、人間にも魔物にもいるはずがないだろう!
(俺の最大出力『カール・スマッシュ』なら……あの黄泉の門だって、物理でぶっ壊せる気がする!!)
俺は、体内に残る全ての魔力を『身体強化』と『光属性の拳』に振り切り、大地の岩盤を砕き割って一気に跳躍した。
ダンッ!! という爆発音だけが遅れて響く。もはや、カルバン領の誰も目で追えない次元の速度だ。
「な、なんだ貴様は――!?」
父親が驚愕の声を上げるが、それすらも置き去りにする。
一気に祭壇の門へと到達した俺は、開きかけた分厚い扉と、それを支える巨大な門柱の境目めがけて、全身全霊の力を込めた右拳を全力で振り抜いた。
「うおおおおおっ!! カール・スマッシューーーッッ!!!」
俺の拳が、黄泉の門に激突する――。
ドゴォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
激しい轟音と共に、地下空間全体を揺るがすほどの凄まじい衝撃波と土煙が巻き上がる。
「どうなった!?」
土煙が晴れていく中、俺は目を凝らした。
そこには、粉々に砕け散り、崩落していく赤黒い岩の残骸があった。
黄泉の門は、俺の狙い通り完全に破壊することが出来たのだ。
(や、やったぞ!)
当初のスマートな計画からは大きくズレてしまったが、力技で何とかやり切った!
俺は安堵の息を吐き、膝をついているエルザの方を振り返って、ニカッと笑いかけた。
「ん?」
だが、エルザは俺の笑顔には応えず、俺の背後の一点を見つめて顔を強張らせている。
いや、エルザだけではない。父親であるローゼンベルク卿も、周囲でへたり込んでいるカルバン領の護衛たちも、みな一様に顔を青ざめさせ、同じ一点を凝視していた。
(な、なんだ?)
背筋を冷たい汗が伝う。俺も急いで後ろを振り向いた。
崩れ去った黄泉の門の残骸の奥。魔界へと繋がっていたはずの次元の亀裂の前に――。
そこには、今まで見たこともないような、圧倒的で禍々しい気を放つ『人型のモンスター』が、静かに立っていたのだった。




