【第77話】三つの成功条件と、黄泉の門への潜入
赤い転移ゲートを抜け、俺とエルザが辿り着いたのは、カルバン領の中心都市「アルテン」の手前にある鬱蒼とした森の中だった。
そのまま都市へ入れば、エルザの顔を知る者が多すぎてすぐに素性が割れてしまうため、俺たちは期日(黄泉の門が開く日)までこの森で野宿をして身を潜めることになった。
焚き火の光が揺れる中、俺とエルザは今回のミッションの『成功条件』について、事前に入念な打ち合わせを行った。
1.黄泉の門が開く前に完全破壊する(第3世界からの侵略と干渉を阻止する)
2.カルバン家に大量に貯蓄されている『魔硝石』を破壊する(リディア国への謀反の火種を絶つ)
3.無事に逃げ切る(出来れば、俺たちの存在を完全に隠匿したまま終わらせる)
この3つをすべて満たさなければ、真の成功とはいえない。
事前の準備が決定的に不足した状況で行うには、あまりにも厳しすぎる条件だ。
だが、今さら嘆いていても仕方がない。俺たちは手持ちのカードで現状を整理した。
「黄泉の門が出現する地下最深部の場所と、魔硝石の保管庫の位置は完全に把握しているわ」
エルザが地面に木の枝で地図を描きながら言う。
「ヴォルク師の話では、黄泉の門を破壊したその直後、またカールの近くに『帰還用の赤いゲート』を出してくれるそうよ」
「なるほど。逃げ道は確保されてるわけだ」
「ええ。それに……私が放った極小の『パペット(諜報用の蟲)』が拾ってきた盗聴情報によると、今、お父様と側近たちが『予定より早く黄泉の門が開きそうだ!』と屋敷で騒いでいるわ。門の起動は間違いないわ」
俺の隣にいる腹黒令嬢は、レベル50に至ったことで、情報収集能力まで恐ろしい次元へと進化していた。
これらの情報を元に、俺たちはざっくりとした計画を立てた。
1.黄泉の門が現れる直前に、カールが魔硝石の保管庫を襲撃し、可能な限り破壊する。(レベル90の光魔法の力技で強行突破)
2.破壊後、カールは黄泉の門へ向けて人目を避けて爆速で移動する。(合流ポイントまで約15分)
3.黄泉の門が開く直前、合流した二人で門の後方から『アトミックブレイク』を撃つ。(カルバン領の人間たちを魔法の直線上に巻き込まないための位置取り)
4.門の破壊後、出現したゲートへ飛び込み即時撤退
正直、ツッコミどころ満載のがばがばな計画だ。
本来であれば、事前に数週間かけて隠れて下見を行ったり、クレムやエルウィンさんやジャック兄さんを呼んで同時多発的に対応できたのだが……時間がない今回は、俺の武力とエルザの魔法で強引に押し通すしかない。
「エルザ。先に言っておく……」
俺は焚き火越しに、彼女を真っ直ぐに見つめて真剣な顔で言った。
「計画通りに進まず、もしカルバン領の人間が邪魔に入った場合。……俺の力や、あのアトミックブレイクの威力では、手加減は出来ないかもしれない」
それはつまり「お前の父親や身内を殺してしまうかもしれない」という残酷な確認だ。
「…………ええ、分かっているわ」
エルザは揺れる炎を見つめたまま、微かに震える声で、しかしハッキリと答えた。
「仮に、お父様が邪魔に入っても……構わず破壊して」
俺のレベル90の暴力的な力や、アトミックブレイクという究極魔法の絶望的な威力を完全に理解しているエルザからすれば、それは身内の死を容認するということだ。
彼女は自分の魂を削るような、相当の覚悟でこの作戦に臨んでいる。絶対に成功させなければならない。
◇ ◇ ◇
そして、三日後。黄泉の門が前倒しで現れる『当日』。
エルザがパペット魔法で盗聴した側近たちの会話と、周囲の異常な魔力濃度の膨張から推測するに、あと1時間程度で門が完全にこの世へ現れるらしい。
あと40分後(開門20分前)に行動開始だ。
エルザは黄泉の門へ続く地下通路の直前で待機。俺は地上にある魔硝石の保管庫の前で待機する。
俺は5分間、保管庫を魔硝石もろとも力の限り破壊し尽くす。その後、身体強化で爆速移動し、地下の黄泉の門でエルザと合流する。
そして、開く直前の門に向かって二人でアトミックブレイクを撃つ。
シンプルだ。大丈夫、今の俺たちなら絶対にやれるはずだ。
――行動開始まで、あと30秒。
俺の心臓は、警鐘のように早鐘を打っていた。深く深呼吸をして、昂る気持ちを落ち着かせる。
(よし、やるぞ!!)
俺は身を隠していた物陰から飛び出し、堂々と保管庫の正面へ姿を現した。
今日に限って異常事態への対応で警備が手薄になっている巨大な石造りの保管庫へ向けて、俺は掌を突き出した。
「『ア・レイ』!!」
レベル90の魔力が圧縮された、純白の極太レーザーが放たれる。
ズガァァァァァァァァンッ!!
防壁ごと保管庫の壁面がドロドロに溶解していく。
自分で放っておいてアレだが、こんな規格外の攻撃をされたら、防衛設備などどうしようもないだろう。
当然、この大爆発に気づいて止めようと向かってきた警備兵たちがいた。
だが、一瞬にして建物を溶かした俺のヤバすぎるア・レイにビビって近づけないか、あるいは勇気を出して突っ込んできた数名の足元を、俺が並列で出した『極小ア・レイ』で正確に撃ち抜いて無力化し、動きを止めた。
結果。わずか5分間で、俺は建物を『8割がた』破壊することに成功した。
全部をゼロにする必要はない。カルバン領が国に対して謀反を起こすための戦力を削げれば、それでOKだ。
「よし! 移動だ!」
俺はすぐさま踵を返し、身体強化を全開にして地下の黄泉の門へと走った。
合流してすぐにアトミックブレイクを撃つため、魔力と体力の余力はしっかりと残しておかなければいけない。
複雑な地下通路を駆け抜け、想定通りのタイムで合流ポイントに到着した。
想定通りに事が運んでいる。これはイケる。
はやる気持ちを抑え、荒い息を整える。
「時間通りね! そっちはどうだった?」
暗がりで待機していたエルザが、安堵したように声をかけてきた。
俺は言葉の代わりに、親指を立てるサムズアップと満面の笑顔で答えた。
ここからが、本当の本番だ。
魔界へつながる『黄泉の門』との対面、そしてアトミックブレイクによる完全破壊だ。
俺はエルザと共に地下最深部へ向かいながら、ふと、この8年間の激動の日々を思い返していた。
10歳の時に洞穴へ落ちて、巨大スライムと出会い、バグに巻き込まれ……気づけば18歳。俺もすっかり大人に成長した。
そして、レベル90という伝説級の力を持つに至った今、俺は1つ思うことがあった。
(第3の世界の人……いや、干渉してくる存在がどんな奴らなのか、少し気になるな。もし会って話ができるなら、対話してみたい)
相手が破滅的な原理主義者だとは聞いているが、もし対話で解決でき、互いの世界が生き残る道を見つけられるなら、本当はそれが一番良いと思うのだ。
……まぁ、言葉も通じないだろうし、叶わない想いなんだけどな。
俺がそんな平和ボケしたことを考えていると、エルザがスッと歩みを止め、俺の腕を強く引いた。
「着いたわ。身を隠して……!」
エルザに制止され、俺はハッと我に返った。
余計なことを考えてはダメだ。対話なんて甘い考えは捨てろ。
「黄泉の門が現れたら、問答無用で破壊する」
今はただ、それだけに集中しよう。
俺たちは巨大な岩陰に身を潜め、地鳴りと共に異常な魔力の渦が巻き起こり、空間が裂けて『黄泉の門』が現れ始めたその中央の祭壇を、鋭く睨みつけた。




