【第75話】黄泉の門の真実と、エルティア国の歴史
あの衝撃的な告白の後、俺たちが何を会話しながらゼレナ山脈を登ったのか、実はあまりよく覚えていない。
それに、銀の城付近は城から漏れ出る魔力に引き寄せられた大型モンスターの溜まり場になっており、その迎撃や対応に追われてバタバタしていたことも理由の一つだ。
何とか銀の城のエントランスに辿り着き、俺たちは短い別れの挨拶を交わした。
「俺はこれから1年、またあの光るスライムを食ってほとんど寝てばかりの生活だ」
俺が苦笑いしながら言うと、クレムが少し寂しそうに肩を落とした。
「それじゃ、今度は1年後だね」
「ふふふ。その頃には、私はとうに『超級(レベル45以上)』の領域に至っているわよ」
エルザが、相変わらずの強気な笑みを浮かべて扇子を広げた。その瞳の奥には、焦燥感ではなく、確かな覚悟の光が宿っている。
「なんだか、僕一人だけ置いてけぼりの気分だよ……とほほ」
光属性のバフ魔法に全振りしているクレムが、冗談めかしてぼやいた。
「「「じゃあ、またね!」」」
三人は手を振り合い、エルザとクレムは山を下っていった。
エルザが新たに習得したパペット魔法で動かす『ミスリルの騎士』を護衛につけているため、大型モンスターがうろつく帰り道も安全だそうだ。
◇ ◇ ◇
二人の後ろ姿が見えなくなった後。
俺は修行用の光るスライムを飲み込む前に、ずっと気になっていたことを台座の上のヴォルク師に尋ねた。
「ヴォルク師。もしかして……以前、エルザに『アトミックブレイク』のやり方を教えました?」
「ああ、教えたぞ」
半透明の老人は、あっさりと肯定した。
「……やっぱりか」
「あの『黄泉の門』とやらはな、我々が警戒している異世界とは別の、このセーズ・テラ内に元から存在する異界……いわゆる『魔界』と呼ばれる場所と繋がった門だ。放置すれば調律の邪魔になる可能性がある。破壊しておいた方が良い。あれはそういう危険なものだ」
ヴォルク師は、苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てた。
「今から18年後。黄泉の門が完全にこの世界に現れた時に、お前とエルザ嬢の『二人』で放つアトミックブレイクで、あれを跡形もなく破壊することになっている」
「え? 俺とエルザの二人で?」
「そうだ。その頃のお前とエルザ嬢のレベルと魔力量を合わせれば、問題なく撃てる計算だ。必要な詠唱と魔力構築の術式は彼女に伝えてある。伝説にある『ドラゴンの心臓』などといった大仰な触媒は不要だ」
なるほど、そういうことか。
俺をスリープさせるのを「10年後」ではなく「20年後」に出来ないか? とエルザが食い下がったのは、俺と一緒に黄泉の門を破壊するそのタイミング(18年後)を見越してのことだったのか。
「この驚異的なペースなら、エルザ嬢もあと2年もあればレベル50の壁を超えるだろう。そこから3~4年かけて、私から直接、スリープシステム起動に必要な特殊なパペット魔法や城のシステムを覚えてもらう予定だ」
俺はふと疑問に思い、聞いてみた。
「……なぜ、そこまでしてエルザの支援をしてくれるのですか?」
単に邪魔になる可能性がある程度なら無視しても良かったはずだ。
「ふむ。そうだな……」
ヴォルク師は少し考え込んだ後、静かに口を開いた。
「お前たちが後世の歴史として知っている、『エルティア国』について説明しておこう」
――エルティア国。
それは、本来の歴史において、まさにここゼレナ山脈の中腹にある『銀の城』を中心に建国されるはずだった国の名前だ。
「このエルティア国が誕生する直接のキッカケになったのは、他でもない『カルバン領の謀反』なのだよ」
ヴォルク師の語った「本来の歴史」は、壮絶なものだった。
今から18年後、カルバン領は黄泉の門から得た絶大な力で謀反を起こし、王都を陥落させてリディア国を滅ぼす。
周到に準備をしていたカルバン領は、有り余る魔硝石を外交カードとして使い、近隣諸国とは良好な関係性を維持して干渉を防ぐ。
その際、カルバン領と敵対していた一部の領主や民たちは、国を追われ、そのまま軍の追撃によってすり潰される想定だった。
「しかし、その敗残兵や難民たちは、何とかこの魔境ゼレナ山脈へと逃げ延び、生き残ることになる。……あの規格外の剣聖の弟子、ガルシアの身を挺した助けがあってな」
その後も血みどろの激しい争いがあったが、最終的に、難民たちはこの見捨てられた山脈の中腹に辿り着き、そこに『エルティア国』を建国したのだという。
「……つまり、エルティア国とカルバン国(旧リディア国)とのいざこざは、その後も何十年、何百年と泥沼のように続くことになる。世界の調律という大事業を前にして、可能であれば、そのような無用な争いが無く、世界が平和な状態に越したことはない」
ヴォルク師はこちらを真っ直ぐに見た。
「お前も、そう思うであろう?」
「ええ……それは勿論です」
ヴォルク師のいた第1の世界では、異世界からのシグナルと魔力の流れを元データとして、超高度な演算を行うことで、未来の事象をある程度『予測』することが出来るらしい。
「まぁ、外れることの方が多いんじゃがな……。現に、第3の世界の介入せいで私のスリープは300年も早く解除されてしまった。まさに今回がその大外れのケースだ」
ふぅ、とヴォルク師は深いため息をついた。
「ゆえに、黄泉の門という予測を狂わせる可能性がある異分子は、調律の前に完全に排除しておきたい。……だから、あのお嬢さんに協力したのだ」
理由はどうあれ、ヴォルク師の演算結果は、エルザの悲願と合致している。彼は間違いなくエルザの味方だ。
「ヴォルク師、ありがとうございます。……エルザの事も、よろしくお願いします」
俺は台座に向かって、深く頭を下げたのだった。
◇ ◇ ◇
――そして、さらに1年後。
俺の「超高濃度の光るスライムを食ってひたすら寝る」だけの過酷な睡眠修行が、ひとまずの区切りを迎えた。
あの日、銀の城が浮上してヴォルク師と最初の会合を行ってから、すでに3年半の月日が経とうとしている。
俺が目を覚ますと、広間にはクレムやエルザだけでなく、久しぶりにエルウィンさん、ジャック兄さん、そしてガルシアさんの姿もあった。
どうやら、ヴォルク師が彼らを招集したらしい。
「皆、よく集まってくれた。君たちを呼んだのは他でもない。頼みたいことがあるからだ」
台座の上のヴォルク師が、かつての仲間たちを見回して口を開いた。
「私の魔力体が存在していられる残りの6年半。カールとエルザ嬢には、この城で直接指導し、色々と高度な訓練をしてもらうことがある。そのため、2~3ヶ月に1回、数日間はこの城に滞在してもらう。……だが、それ以外の時間は、基本的に『自由』とする」
(おぉ……!! ついにこの半監禁生活ともおさらばか!)
俺は内心でガッツポーズをした。
「また、私がすでに魔力切れで消滅しているであろう『17年後』。エルザには、カールをスリープさせるシステムの全権を握ってもらう必要がある」
17年後の黄泉の門の問題(アトミックブレイクでの破壊)が終われば、俺はすぐに調律直前の未来へ向けてスリープに入る。これが、俺とエルザの間で交わされた、絶対の約束になった。
「その間、何事も無いとは思うが……他の4人は、どうか外の世界でこの2人を助け、守ってやって欲しい。この2人に何かあれば……それすなわち、この世界の崩壊が決定するからだ」
ヴォルク師の重い言葉に、エルウィンさんも、ガルシアさんも、ジャック兄さんも、クレムも、力強く無言で頷いた。
「よし。それでは、カールとエルザよ。次は3ヶ月後にこの城へ来なさい」
そう言い残すと、ヴォルク師の半透明な姿はフッと消え、銀の城の照明が一段階暗く落ちた。
来たるべき日に備え、城もろとも深い省電力状態へと入っていったのだ。




