【第74話】黄泉の門と、腹黒令嬢の消えない罪
王都での(色んな意味で)忘れられない卒業式を終え、俺たちはゼレナ山脈の麓の森――銀の城へと向かう帰路についていた。
今回はガルシアさんの同伴はない。俺、クレム、エルザの三人だけで、学生時代のたわいない思い出話をガヤガヤと語り合いながら山道を歩いていた。
「二人とも、今日は卒業式に誘ってくれてありがとな。俺は壇上で大恥かいたけど……でも、ああいうのにちゃんと参加するのって、やっぱり良いもんだな」
俺がしみじみと笑うと、クレムが「あ!」と何かに気づいたように声を上げた。
「そうだ! 思い出した!」
「急にどうした?」
「エルザに謝らないと……。僕たち、卒業までに『アトミックブレイク』を完成させるって約束してたのに……結局、出来なかったね。エルザ、本当にごめんね」
あぁー、たしかにそうだ。
そもそも、俺とクレムが腹黒令嬢であるエルザと深く関わるようになった最初のキッカケが、「究極魔法探しを手伝う」というその約束だったのだ。
「そうだった。すまないな、エルザ。俺が銀の城にかかりきりになっちまって」
俺も立ち止まり、素直に頭を下げた。
「……なによ、今更。別にいいわよ」
エルザはフイッと顔を逸らし、扇子で口元を隠した。
「それに……」
彼女はしばらく言い淀んだ後、静かに告げた。
「見つけたわ。『アトミックブレイク』の再現方法」
「「えっ?」」
俺とクレムは素っ頓狂な声を上げた。その話、全然聞いてない!
「当初考えていた方法とは別でね、再現の方法が見つかったのよ」
彼女がそう言った後、山道にしばらく沈黙が続いた。
俺は、ずっと気になっていた核心に触れるべきか迷い……意を決して口を開いた。
「なぁ、エルザ。もし、どうしても嫌じゃなければ……お前がアトミックブレイクを使いたい『本当の目的』を教えてくれないか? もしかして、ヴォルク師が言っていた『黄泉の門』ってやつが関わってるのか?」
エルザは無言だった。
扇子を強く握りしめ、伏し目がちに山道の先を見つめている。
やがて、「……卒業式ってダメね。無駄にしんみりした空気になるわ」と自嘲気味に息を吐くと、彼女はぽつぽつと、その重すぎる真実を語り出した。
〜アトミックブレイクが必要な理由〜
「私の実家がある……大貴族カルバン領は、ある恐ろしい秘密を抱えているの」
エルザの口から語られたのは、おとぎ話でも冗談でもない、血生臭い現実だった。
カルバン領の地下深くには、72年に一度だけ開く『黄泉の門』と呼ばれる異界の門が存在するという。
「この門が開くと、大量の『魔硝石』が手に入るわ。魔硝石は、いわば超高密度の魔力貯蔵庫。あなたが洞穴で食べた光るスライムと同様に、人間のレベルアップにも使えるし、兵器の動力源にも使える代物よ」
だが、当然そんな都合の良いだけの魔法石など存在しない。
それを手に入れる代償として、門に『大量の生贄』を捧げる必要があるのだ。生贄を入れたら、入れた命の分だけ魔硝石が吐き出されるという、悪魔の取引である。
「この狂った取引がいつから始まったのかは知らないわ。でも、カルバン家はその交換取引で、代々魔硝石を貯めに貯め込んできた。……すでに、リディア国全土を武力で手中に収められるほどの魔力量を保有しているわ」
「国を、手中に……」クレムが青ざめる。
「ええ。今から約18年後、再び門が開くわ。その直前に門は姿を現し、取引が終了すると同時にまた消え去る。……カルバン領は、次の取引が終わり次第、その大量の魔硝石を持って国に『謀反』を起こす計画を立てているの」
今回も大量の命を取引に使い、その強大な力をもって、謀反後の国内調整や他国との交渉を力技でねじ伏せる目的だという。
「だから私は、その前に『黄泉の門』そのものを完全破壊しようと考えているのよ」
ただ、黄泉の門は並の破壊魔法ではビクともしない。
過去に一度、カルバン領内にこの狂った凶行を止めようとした裏切り者が出て、超強力な魔法で黄泉の門を破壊しようとしたらしい。
結果的にそれは失敗に終わったが、それでも黄泉の門に『傷をつけること』には成功したそうだ。
「だったら、もっと強力な魔法があれば壊せるはず……。これが、私が世界最高の破壊魔法『アトミックブレイク』を求めている理由よ」
エルザの語ったあまりにも重い事実に、俺とクレムは強い衝撃を受けて立ち尽くした。
「……ね? 他人には絶対に言えないことでしょ?」
エルザはニコリと笑いながら話し終えたが、その顔はどこか酷く寂しげで、今にも泣き出しそうだった。
しばらく、冷たい風の音だけが響く沈黙が落ちた。
「お、驚いたけど……」俺は無理に明るい声を出して笑ってみせた。「でも、エルザは自分の領地を止めて、国を救うような『良いこと』をしようとしてるじゃないか!」
「そ、そうだよ! エルザは間違ってない!」クレムも慌てて同調する。
だが、エルザは悲しげに首を横に振った。
「……生贄にはね、重犯罪者や病気で余命いくばくも無い人を使っていると計画を少しだけ知っている人たちには伝えているけれど、それだけじゃないの」
彼女は言葉を詰まらせ、懺悔するように目を伏せた。
「……大多数は、『奴隷』を使っているらしいわ。あなたたちが昔、森で戦って捕まえたあの野盗……あいつらも、生贄集めの一味だったみたい」
「なっ……!」
あの時、俺たちが助けた子供たちは、裏社会で奴隷として売りに出される予定だった。だから門の生贄に直行することはなかったが……門が開く『10年前』くらいからは、捕らえられた奴隷はすべて生贄として地下に集められるのだという。
そのために、カルバン領は野盗たちに裏から資金や武器を支援しているのだ。
「だから……カルバン領が、あなた達の命を狙って犯罪をしたのと同じことになるわ」
エルザは苦しそうに、自分の腕を強く抱きしめた。
「いやいや! そりゃ間接的にはそうかもしれないけど、お前がやったわけじゃない! だからこそ、エルザはそれをやめさせたいんだろ!?」
俺が一歩踏み出して叫ぶと。
エルザは、自暴自棄になったような、脆く悲しい声で言った。
「ねぇ? なんで私が、こんなカルバン領の最深部の機密を詳しく知っていると思う? 私が普通の学生ではあり得ない『レベル38』になれたのも、その魔硝石の恩恵を受けたからなのよ……」
「え……?」
「この非道な計画の首謀者の一人が……私の『父』なのよ」
エルザの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「そして……計画を首謀している時点で、もしこのことが国にバレたら、一族郎党すべて『反逆罪で死刑』だわ。……もちろん、私もね」
俺とクレムは、ただ呆然と立ち尽くした。
彼女が一人で背負っていた十字架のあまりの重さに、なんと言って声をかければ良いのか分からず……ただ、冷たい山道で固まってしまうのだった。




