【第70話】黄泉の門と、試練の祠の真実
「レベル90……」
俺がその途方もない数字にショックを受けて固まっていると、これまで黙っていたエルザがスッと一歩前に出て、ヴォルク師に質問をした。
「……カールをコールドスリープさせるのは、『10年後』じゃないとダメなのですか?」
「いや、そういう訳ではない。スリープ自体はいつでも良い。問題はカールのレベルの方だからな」
「それでは、例えば『20年後』ではダメですか?」
エルザの思いがけない提案に、俺はハッとして彼女を見た。20年後なら、俺は34歳。もっと長くこの時代で生きられるということか。(何だったら30年でも40年後でも良いが)
「ふむ……。機能として出来なくはないが、リスクが非常に高い」
ヴォルク師は少し難色を示した。
「なぜなら、そのタイミングでは『私』がこの世にいないからだ」
ヴォルク師は自身の半透明な身体を見下ろして、理由を説明してくれた。
「私は皆が想像している通り、闇魔法使いだ。銀の城のスリープシステムは、簡単に言えば高度な『パペット魔法(操り人形)』の応用なのだが……これを外部から安全に使いこなせるのは、現状私だけなのだよ」
「……と言うことは」
エルザの目の色が、鋭く変わった。
「そのシステムと魔法のやり方を『私』が覚えれば、20年後でもOKと言うわけね?」
「まぁ、そうなるな……。私の補助なしではリスクが高すぎるから、オススメは出来ないがね」
ヴォルク師はしばらく考え込むようにエルザを見つめていたが、やがて、何かを読み取ったように目を細めた。
「……『黄泉の門』か。なるほど」
ヴォルク師が意味不明な単語を呟いた瞬間。
あの常に冷静で腹黒いエルザが、扇子を落としそうになるほど激しく動揺した。
「な……なぜ、それを……!」
エルザは血の気を引き、それ以上言葉を続けることができずに黙り込んでしまった。
「君がこの残された10年間に、私からスリープシステムを完璧に引き継ぎ、使いこなせる様になれば……君の手で彼を眠らせることを許可しよう。だが、少しでも懸念があれば、10年後に私が彼をスリープさせる。最初に伝えておくが、このシステムを使うには最低でも『レベル50』は必要だ。何とか越えて見せなさい」
「……分かったわ」
エルザは震える声で短く答えた。
(『黄泉の門』? 一体何の話だ?)
俺は首を傾げた。たしか、エルザが「どうしてもアトミックブレイクを使いたい理由」があると言っていたが、それに関わる話だろうか?
あとでこっそりエルザに聞いてみるか……。
「さて、他に質問はないかね?」
ヴォルク師が視線を移す。
すかさず、エルウィンさんが手を挙げた。
「別の世界から、改めて介入されることはありませんか?」
「完全にないとは言えないが、その可能性は極めて低いだろう。他世界からは、このセーズ・テラの状況を細かく把握するのは難しい。大雑把な観測だけで言えば、ヤツらは『我々の計画が失敗した』と思っているはずだからな」
「そもそも、その『介入』とは何をしたのですか?」
「……エルウィンくん、君は科学者かな? とことん理屈を知らないと気が済まないタイプの様だね」
ヴォルク師が苦笑いした。エルウィンさん、ずばり言い当てられている(笑)。
「介入を説明するには、まず『試練の祠』について説明する必要がある。よいかな?」
ヴォルク師の語った『試練の祠』の真の機能の要点をまとめると、以下のようになる。
• 『テンパメント(調律魔法)』の授与装置である。
• 調律者がテンパメントの反動に耐えうるための『レベルアップの装置』でもある。
• 内部の自己修復や環境改変が可能(ダンジョンの自動生成や、モンスターの回復など)。
• これら膨大なシステムを、あの『光るスライム』たちが端末として管理している。
• 一定以上の素質(魔力レベル)がある人間だけが参加可能。
「これらを実現するには、莫大な『次元の狭間のエネルギー』を利用するしか無いのだ」
ヴォルク師はため息をついた。
「本来の計画では、世界が重なる10年ほど前に、次元の狭間からエルティア(この銀の城)へシステムを繋ぐ仕組みを用意していた。だが、その計画を察知した別世界のヤツらが、システムを破壊しに来たのだ。『世界の崩壊は自然の摂理だ』などとほざく、破滅的な原理主義者たちだよ。まったく」
その襲撃の結果、システムは中途半端な状況でこの世界へ繋がざるをえなくなってしまったらしい。だからこそ、介入者から見れば「ヴォルクたちの計画は失敗し、システムは自壊した」様に見えただろうとのことだ。
「加えて説明するならば……」
ヴォルク師が、俺の方を見た。
「本来は、銀の時代に各所に隠しておいた『5つの武器(遺物)』を見つけ出し、この銀の城に集めて銀騎士を倒し、認められるのが『第1の試練』だった。そして、武器が揃ったこの城を目掛けて、次元の狭間から『試練の祠』を繋ぐ予定だったのだ。……だが、ヤツらの介入によるバグのせいで、祠は隠していた武器の場所へ『細切れになって』繋がってしまったのだよ」
(なるほど……!)
俺は全てを理解した。まさにその細切れになったバグダンジョンの1つ(故郷テルト村の近くの洞穴)に、俺は10歳の時に落ちてしまったわけだ……。
そして、ここまで話を聞いて、俺の頭の中でもう一つのパズルが解けた。
以前、エルウィンさんが王都への帰路で指摘していた「ヴォルク師の矛盾と疑念」が、大体解消された気がするのだ。
• なぜ自分たちで調律しないのか?
→彼らにはテンパメントに耐えうる肉体がなく、素質のある現地人を利用するしかないから。
• なぜ2つの試練という周りくどい方法を取るのか?
→素質があるメンバーに調律者候補を絞り、生き残れるまで強制的にレベル上げをさせるため。
• なぜ介入者は、崩壊による自分たちへの影響を無視できるのか?
→彼らが「自然の摂理」を重んじる、破滅的な選択も辞さないヤバい原理主義者だから。
エルザのスリープ時期の延長にも協力的だったし、案外、エルウィンさんやエルザの考えすぎだったのかも知れないな。
俺は少しだけホッとしていた。
さて……となると。
諸々の謎は解けたが、俺はこれから本気で『レベル上げ』をしなければいけない訳だが……本当にできるのか?
だって、今のレベル36から、目標レベル90だよ?
常人なら一生かかっても、いや、何回生まれ変わっても到達できるか分からないような神話の領域だぞ。
(……どうすんだよー、これ……)
俺は迫り来る過酷な修行の日々を想像し、盛大に頭を抱え込んだのだった。




